鹿児島のイチロー

鹿児島のサングリーンバッティングセンターでホームラン記録に挑み続ける満山一朗(70歳)。人生フルスイング。

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61歳の夏、糖尿病にかかったことから何か運動をして早急に血糖値を下げるように指
摘を受けて始めたバッティングセンター通いも七年目に入って早くも半年が過ぎた。
 通い始めてしばらく後にセンターの職員の方から 「ケガを防ぐ為に打席に入ったら少
しでもいいから素振りをして身体をウォーミングアップしてから打たれたほうがいいです
よ。それとやはり家でも毎日やられたらいい運動になるはずです。」と言われ、その日の
から即、実行にうつした。
 やり始めてみると、これが結構汗をかく上に本当にいい運動になることが分かった。打
席に入った時は三、四回。家では毎日25回欠かさずやるようになったところ、目に見え
てセンターでの空振りの回数が減ってきた。

 この空振りについては何もわからずに、ただやみくもに力一杯振り回す為にダメージも
ひどく始めての日は二ゲームで50球を四つかすった以外は全て空振りに終わった為にモ
ノも言えないほど疲れ切って、“こりゃ駄目だ、俺には向いてない。何か別な長続き出来
る運動を探そう”と思ったほどだった。
 だが、父をこのサングリーンドームの近くの病院につれて行かねばならなかったことか
ら、仕方なく時間つぶしという感じで再び行ったことが大きな突破口となったのである。

 やはり完全な初心者であっても「空振り」というのは嫌だったので足取り重く入ってみ
ると入口の近くの打席に多くの人達が群がって中を見ていた。
そこには、「松坂140km新登場」と書いてあって、入れ替わり立ち代り入っていくバッ
ターは全て空振りのオンパレードという有り様だった。
 “あ、この打席なら空振りしても恥ずかしくないわ、よし、今度はこの打席でバット振っ
て汗を流せばいいや”と思って、たまたま打つ人が途切れたので入ろうとしたら、若い人が
“えっ、おじさんも打つの、危ないよ、大丈夫ね”と声を掛けたので周りの人達も又、打席
の前に集まってきた。
 
 センター通いを始めて二日目にして「人に見られながら打つ運命」が始まったのだ。

 そしてなんと、誰も前に飛ばすことが出来なかった140kmを、当時よぼよぼしていた
年寄りの私が二球バットの芯で捉えて前方に飛ばしたのだ。“スゲエッ、あんな大根切りで
も当たるんだ”とか、“大根なんてもんじゃないよ、あれはきこり打ちだよ”と、大騒ぎに
なったが、皆なんとなく尊敬してくれてヒーロー気分になれた。
 そうなると父を病院に連れて行く日が楽しみになってきた。
 そして四回目に行った時、なんとまぐれ当たりの打球がホームラン的を直撃した。
“松坂140kmでの第一号ホームランですよ”と言われてもう急激にバッティングという
ものが好きになりだした。
 でも空振りの回数が半分以上なのは相変わらずなので、スタミナの消耗は激しく週二回の
センター通いが精一杯で、帰る際には とぼとぼと歩く感じだったらしく、センターの人達
は”あのおじさんはいつまで持つかね”と言っていたそうだ。

 二年目くらいまでは二ゲームしか出来なかったのが三年目からは三ゲーム、四年目からは
四ゲームと体力もスタミナもついて来て、五年目は五ゲームが可能になった。そして五年目
の半ばで66歳になった。
 三年目に入ってしばらく後から打球が強いとホームランになるケースが多いことから段々
重たいバットを使うようになっていたが、この66歳の秋を期に、一気に1200gの重さ
のバットを使うようになった。
 これが大成功。ホームランは増えるわ、体力、スタミナはうなぎ上りになるわで、あれよ
あれよと言う間に一日に10ゲームや15ゲームくらいは平気でこなせるようになり、長年
私を見てきた人達もびっくりするくらい腕や胸回りが大きくなり、かつ若者顔負けのスタミ
ナがついてきた。
 そして1200gで打つようになって丸二年が近づいている68歳の昨今「一日に40ゲ
ーム、一千球打ちに挑戦しようか」というほどに、自分でも全く信じられないほどのタフさ
が身について来ているのである。
 全ては「一日50回のフルスイングの素振り」を毎日欠かさず行って来たことの「努力×
2」の結果であると思っている。

サングリーンホームページ内 満山日記2007年7月20日分より転載


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