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☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡 現在、久留米市の石橋美術館で、久留米市東合川町出身の「高島野十郎・里帰り展」が開催中だ。 以前は無名の画家であったが、ここ最近、高島野十郎ブームである。彼は、「からすうり」・「菜の花」 「蝋燭」・「すいれんの池」・「月」・「雨の法隆寺」などの絵を残している。 ちなみに、それらはこんな絵だ。 「からすうり」 「菜の花」 「蝋燭」(ろうそく) 「すいれんの池」 「月」 「雨の法隆寺」 高島野十郎 高島野十郎を語る場合、久留米市東合川町出身と温石温泉を忘れてならないし、特に後者の温石温泉は キーポイントに当たる。 本「野十郎の炎」(多田茂治著)によれば、当時宮崎在住の彼の実姉・中島スエノが千葉県柏市の野十郎のアトリエを訪ねたとき、野十郎は「温石に帰りたい」と言った。 このシーンは実にいいシーンで、私は自分のノートに書き写した。 姉・中島スエノは当時88歳。野十郎は当時84歳。二人とも、これが今生の別れと思い定めていた。 「温石に帰りたかねぇ」と野十郎は言った。 「どこね和泉ね」 姉の中島スエノは訊ねた。和泉は生家の土地の古名。 「いんにゃ、和泉にゃ帰らん。……温石に帰りたかと。あすこで死にたか」 事実、高島野十郎は一年後、85歳の生涯を閉じた。本当にあのときが今生の別れであった。 温石温泉は高島野十郎ばかりでなく、天才画家・青木繁もかの地で遊び、また写生している。 ちょうど旧制中学・明善校に在学中の出来事である。青木は温石温泉に親しみを込めて歌も作って いる。 『 うら若き恋や ささやく真清水の 岩ばしる声など むつまじき』 青木繁の本を読んで、30年来、温石温泉のことが気になっていたが、その温泉は永遠に幻の 温泉で、いつも霞がかかっていた。 だが、今回、初めて温石温泉に行ってきた。もう温泉は出ていなくて、廃屋だけがそっと建っていた。 道順は久留米市千本杉から右手に入り、久留米大学・御井学舎の横を通り抜け、しばらくして高良内の三叉路に出て、高良山の南麓に着く。一瀬親水公園の手前。高良川べりに足を進め、途中で左方の坂道を登る。車で10分くらいだろうか。そこが温石温泉。今は新緑がきれいだった。秋は紅葉が見ごろだろう。 久留米の秘境なり。 二人の画家が愛した温石温泉は、今後どのようになるだろうか。 幕末から続いた温泉は枯れ果て、今は鬱蒼とした木々が生い茂り、辺りには静寂が漂っている。 「高島野十郎・里帰り展」 温石温泉にて 温石温泉にて 温石温泉にて 温石温泉にて。案内板のみが、かって栄光を知るのみ。 ☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
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美しくて、哀しい絵ですね。
2011/8/3(水) 午後 10:12 [ ドロシーみきこ ]
すべて友達に贈ったという「蝋燭」(ろうそく)は、ハガキ大の大きさですが、中々趣のある絵でした。
2011/8/6(土) 午前 1:30 [ - ]
温石温泉、もったいないですね。
いま掘ってもやはり冷泉は出ないんでしょうかね〜。
2011/8/6(土) 午後 2:55 [ ドロシーみきこ ]