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人間性善説で

「人間なんて、当てになるもんじゃない」とか、「いくら教育したって、しょせん人間なんて変わるものじゃない」と、なにごとにつけても、ひねくれた見方をする人がいるものです。そういう人は、「人間というものは、どうにも救いようのないものだ」と決め込んでしまい、そういう一面しか見ようとしません。そんな人を見ると、私は気の毒で仕方がないのです。
仏教では、人はみな仏になれる性質を持っていると教えます。貪欲(とんよく)によって表面が垢(あか)で覆われているだけで、煩悩(ぼんのう)の垢(あか)の奥に、磨けば光るすばらしい素質がそなわっているのだと見るのです。だからこそ、その素質を磨き出す修行に意味があり、そこに宗教の存在価値があるわけです。
人間が生まれつき救いようのないもので、決して変わることのないものであるのならば、教育とか教化(きょうけ)活動はなんのために行なわれるのでしょうか。人間は教育により、磨き方によってよりよくなるものだと信じているからこそ、教育に情熱を注げるわけです。信頼は相手が善なるものと思えばこそ成り立ちます。私たちは、すべての人の仏性(ぶっしょう)を信じて、それを育て上げる努力を惜しまずに続けてまいりましょう。
 立正佼成会開祖 庭野日敬(にっきょう)師
 
 @人間不信からは建設的な行動は生まれない。グチからは前進は生まれない。
今日からお盆、終戦の8月15日まで自分の肉体のDNAに宿る膨大な数のご先祖に合掌して暮らしましょう。目に見える世界だけが存在するのではありません。肉眼では見えない世界が重なっております。
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