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職場で気心の知れた仲間と手慣れた仕事を続けているほうが、居心地がよくて、能率も上がるように思えます。しかし、そこには落とし穴があるのです。
唐の南泉禅師に「すべからく異類中に行くべし」という言葉があります。異類とは経典にさまざまな形で登場する人間以外の存在です。私たちは、いつも同類の中にばかりいると自分の癖や好き嫌い、愛憎にとらわれて、かたよった見方から離れられないのですね。それを矯(た)め直すには、勇気をもって未知の世界へ、新しい出会いを求めていくことが大切だという意味にもとれましょう。
慣れは甘えを生み、自分の癖をむきだしにしてしまいがちです。それが自分の成長を妨げ、小さく固まらせてしまうのです。自分の内に眠る可能性を開花させるには、新しい出会いが必要です。学校の新学期や会社の新年度は、その出会いのときです。「異類」との出会いは、緊張を強いられ、ときには苦しみを伴うこともあります。しかし、新しい出会いには必ず新しい幸せが待っているのです。そう信じきっていると、幸せのほうからこっちへ近づいてきてくれるのです。
立正佼成会開祖 庭野日敬師 世界宗教者平和会議主導者 テンプルトン賞 ローマ教皇より「大聖グレゴリウス賞」 1999年92歳入寂 『新釈法華三部経』10巻ほか
@安心して慣れた環境では革新は出来ない。知らない人や未知の境遇を自ら求めるファィトが、新たなる境地を約束するのです。小さな安心に眠り込むより、見ず知らずの出逢いを求めてゆきましょう。
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2011/1/28(金) 午後 3:22 [ mityoshiimiwa3 ]