レムリアからの転生旅行者

連休疲れと孫疲れが重なったところに、孫にうつされた風邪まで加わって、不調が続いています。

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予知通り、晴れて京大生になった一郎君、背こそ高くはありませんでしたが、顔はまずまずで、運動能力にも優れ、小さいころからアメリカ流レディーファースト精神を叩きこまれたため、紳士的で、女性に親切な男性でしたから、女子大生たちが放っておきませんでしたが、相変わらず、サヴァン予知で、周りには恋人になる女性はまだいないと、2年間は全くその気になりませんでした。
でも、何もしなかったわけではなく、所属していた某運動部の1年後輩木村恵子さんと1年先輩の木下亜美さんの二人に対しては、周囲の男性たちがみんな「恋人だ。」と断言したぐらいの仲でした。
京大生って、こと女性の扱いにかけては関西最低のイモ大の評判は伊達ではなく、友達はいらない、人間関係などくそくらえの一郎君をしてさえ、女性の扱いに関しては、呆れるような大学生が多かったのです。
ですから、普通に親切で、しかも女性を蔑視しないというだけで、彼は、そこそこ人気者になれていたのです。
しかも彼、両親の浪費の最後で、大学の入学祝に車を買ってもらえましたから、それも一つの売りになっていました。
その車、最初は中古のスカイラインGTX(いわゆる箱スカ)でしたが、1年で2万キロ乗って、走行が10万キロを超えたため、贅沢な成人祝いにと新車で買ってもらえたのが、同じくスカイラインの特別仕様車GTX−EタイプSだったのです。(いわゆるケンメリタイプ。)
車の運転は、彼に別の感覚を与えました。
彼、幼少期ほどではなくとも、まだまだ普通の人には見えないものが見え、聞こえない音が聞こえていたのですが、車の運転でも、五感を動員して道路と対話するのだと言いました。
昔、木に触れることで、その土地の過去から未来までを透視したように、車の運転でも、調子のいい時には、ハンドルに伝わる手ごたえと、シートから伝わる振動の感覚から、路面の状況だけでなく、その先の道路がどうなっているかまで透視したのです。
そんなことができたものですから、免許取って1年半の間に、よく事故らなかったなと思うほど無茶をしました。
しかし、その無茶で、極限状態の車をコントロールする技術が身に付いたので、2年たった時には無茶は全くしない、テクニックの裏付けのある落ち着いた運転になっていました。

そして彼、元々、女性は尊敬され、大切にされるべき存在と考えていましたから、知らない女性を口説こうなんて気が全くありません。
ですから、車で女性を釣ろうなんて気自体がないのです。
しかし、運転は好きでしたから、頼まれれば男女を問わずホイホイと乗せて行った結果、ついたあだ名が「送り猫」で、本人笑っていました。

そんな感じで、彼自身は全く女性と付き合う気がなくとも、親切にされた女性の方が放っておきませんでしたから、後輩の木村恵子さんとも、先輩の木下亜美さんとも、傍からは、恋人同士のように見える関係になったのです。
この時彼は、彼女たちを傷つけないように注意しつつ、その心の中を冷静に覗いていました。
人間の心情は理解できなくてもそんな芸当ができるのがサヴァンで、結果的には一郎君、その二人と付き合っていた2年間は、戸惑うペリカン(井上陽水)に終始することになりました。

最初に一郎君に近づいた木村恵子さんですが、彼は、恋人になる気はないし、予知でその相手でないこともわかっているのです。
それでも、すりよられると、彼女を傷つけないように、微妙な距離を取りつつ、恋人にはならないと伝えるのですが、彼女、言葉ではわかったと答えましたし、親切でも何を考えているのかわからないような一郎君とは性格的に合わないと自覚もしていたのです。。
しかし、一方では、自分でも魅力的な女だと思っている私が抱き着いたらキスぐらいしてくれるかしらとか、更には、色仕掛けで迫ったら、セックスしてくれるかしらとか、セックスさせてあげたら、結婚して幸せにしてくれるかしら、なんて妄想していることもわかったのです。
彼女の心のなかのその矛盾自体は、むしろごく普通のものであることも彼は理解していましたから、恵子さんに対しては、小さな幸せを提供することで妥協することにしました。
何が小さな幸せかというと、「今日は食事をおごって欲しいな。」と思っている時には、さりげなく誘っておごってあげたり、「どこかに行きたいな。」と思っていると、車で連れて行ったりしたのです。
すると、贅沢なというか、もっと欲しくなるのが人間で、恵子さん、「うーん、一郎さん、私を恋人にはしないって言ってたけど、本当に、本当に、付き合ってくれる気はないのかしら。」と考えてしまうのです。
また、「一郎さんとは絶対性格の不一致になると思うんだけど、結婚って、別物なんじゃないかしら。正直、信じられないほど誠実な彼と結婚する人は、絶対に幸せにしてもらえると思う。でも、優柔不断な男は許せないとも思うから、私はダメなのかな。」と堂々巡りを始めるんです。
一郎君、恵子さんの妄想に、女性って、矛盾した考えでも、生活の安定で正当化しようとするものなのかな、と思い当たるふしはあるし、生活の安定が欲求上位に来るだけ、彼女は不幸な生い立ちも抱えていたので、自分が予知している結婚相手ではないものの、彼女を幸せにできるなら、やってみる価値はあるかなと思って、さらっと、しかし単刀直入に迫ってみました。
「僕と結婚して、神坂恵子になるかい。」
事実上のプロポーズだったわけですが、いくら親しくても、キスさえしたことがなかった一郎さんから突然言われた恵子さん、最初何を言われたのかわからず、二度三度聞き返してしまいました。
そして、即断即決がモットーの彼女でも、この時だけは、丸一日悩みに悩んだ末、母親にも相談しました。
一郎君とは何度か面識があった恵子さんの母、「あの誠実さはお勧めだけど、彼、心が全く読めないのが不気味ね。何よりも、よくもまあ、キスさえしたことのないっちゅうあんたに、プロポーズしたわね。その度胸は意外だったわ。ただ、それができるだけ、一郎さん、苦労もしているんだと思うわ。結婚相手としては悪くはないと思うけど、結局はあんた次第よ。」と答えました。
恵子さん、彼と結婚したら、幸せかもしれないけど、自分が自分でなくなってしまうとの結論に達し、プロポーズを断りました。
すると一郎君、にこっと笑って答えました。
「それが正解だと思うよ。ただ、僕から一言言わせてもらうと、自分が自分でなくなってしまうなんて考えていたら、一生一人でいることになりかねないから、最適と思える妥協はすることだね。」
散々悩ませておいて、微笑んでいる彼に腹が立った恵子さん、つい、からんでしまいました。
「全然驚いてないし、一郎さん、最初からこうなることがわかっていてプロポーズしてません。」
一郎君、表情一つ変えずに即答しました。
「いや、君が受けるなら、最善の努力はするつもりだった。運命なんて、どうとでもなるものだ。」
つまりは、運命の相手ではないこともわかっていたんだと、恵子さん更にむかっときました。
「一郎さんは、私みたいな凡人には理解不能なところがあります。一つ確かめていいですか。」
「何なりと。」
「これからの私は、あなたにとってどんな存在になるんですか。」
普通なら、プロポーズを断ったのですから、気まずいはずですが、彼ならどう答えるのだろうと、彼女は好奇心から突っ込みました。
「ああ、君さえよければ、今までどおりのお友達だな。」
この言葉をさらっと言えるのは、彼が大人物なのか、それともなんとも思っていないのか、理解に苦しんだ恵子さんでしたが、しゃくでもありましたから、頼みました。
「じゃあ、今までどおりのお友達でいてください。」
「了解。」

その後恵子さん、優しくて、しかし一郎君と違って普通で、まとも?な、2年先輩の青木孝一さんに、自分から迫ってみました。
それで、相思相愛から、深い仲になったのですが、男女を超えた友人に戻っていた一郎君、恵子さんが青木先輩と仲睦まじい恋人しているのを見ると、心配になって注意したのです。
「青木先輩はとってもいい人だから、無茶するなよ。」
はて、どういう意味かしらと考えていると、ほどなく謎が解けました。
恵子さん、孝一君とのセックスに飽きてきて、なおざりに相手するようになると、彼は、浮気しているのではと疑い出したのです。
そして、恵子さん本人から一郎君とのことも聞いていましたから、僕のことなんか愛していなかったんだ。きっと、まだ一郎の方が好きなんだ。と考えたのです。
これ、結構露骨に伝わりましたから、そんなつもりではなく、彼となら結婚してもいいと思っていた恵子さんは唖然としましたが、呆れて黙っていると、思い余って彼が発した次の言葉に衝撃を受けました。
「俺と死んでくれ。」
なるほど、無理心中ってこんなパターンもあるんだと納得しましたが、自分の愛を理解してもらえなかった恵子さん、激怒しました。
「バカ言ってんじゃないわ。そんな弱っちい男だったなんて、だまされたわ。もう、孝一さんとはおしまいよ。」
それで、二人の恋愛は3か月で終わりました。
一郎君とはなにもなしに1年近く続いたのですから、対照的でした。

自分と別れても、一郎君とよりを戻す風でもないし、どうなっているんだろうと理解できずに呆然としていた青木先輩に、一郎君、ぼそっと一言アドバイスしました。
「恵子さんは、私やあなたの手に負える女じゃありませんよ。身近に感じられる、優しくて普通の女性を選ぶことですよ。」
これ、一郎君が当時連発した見事な未来予知なのですが、言われた孝一君、恵子さんは手に負えないことは納得できたものの、後半の言葉の意味がわかりませんでした。

続く。

画像は、ジュリエットのニャーンに恋するロミオのシロチャです。
枯れ木を登って、ニャーンに会いに来たりするのですが、どちらも雄なのです。
猫にもLGBTってあるのかなあ。

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前回の一郎君の特異体質について、一つ補足しておきます。
彼、カフェインに対しては、最初の1回だけ効いたのです。
父の常夫さんが、幼稚園児の彼にコーヒーを飲ませたところ、一晩中騒いだのです。
しかし、効いたのは最初のその1回だけでしたから、彼、カフェインにも強かったと言えるでしょう。

さて、サヴァンで一番問題となるのは人間関係なのですが、一郎君の場合、小学校1〜3年生の担任だった大橋先生に救われました。
彼女、一郎君をしばきまくりながらも、彼の対人関係を、許容範囲に近づけることに成功したのです。
本人の感想では、「ふーん、他の同級生たちって、そんな風に僕のことを見ているものなんだ。」の一言でしたが、彼、協調性と共感性は皆無でも理解力は大人並ですから、大橋先生の愛情の鞭の連打をともなう文字通りのご鞭撻により、かなり普通に近づいたわけです。
それでも、友達なんて全く必要ないことには変わりはありませんから、普通の友達はできませんでした。
では、彼なりの人間関係構築はどんな風だったかと言えば、一つは母親の影響により、頭のいい子に対しては、興味を覚えることでした。
ですから、上品な知性派の同級生の女の子二人に対しては、普通のお友達に近い関係を築くことができました。
もう一つは、後に人を見抜く眼につながるものでしたが、特異な才能を見抜いてそれに興味を覚えることがありましたから、同級生の男の子一人とは仲良くなったのです。
その同級生、勉強はできませんでしたが、スポーツはまずまず得意で、絵に対する異才を持っていたのです。
ただ、彼の絵、今ならサイケデリックとでもいうのでしょうが、当時は何と表現したらよいのか戸惑ったもので、ほとんどの人はこう言いました。
「気味悪い。」
しかし、一郎君は、こう言いました。
「面白い。素晴らしい絵だ。」
また、大多数の人たちは、一郎君にこうアドバイスしました。
「君みたいに頭のいい子は、あんな、勉強のできない、気味悪い絵を描く子と付き合わない方がいいよ。」
それに対して、彼ははっきりと言い返しました。
「絵は気味悪いかもしれないけど、とてもいい子だよ。勉強なんて、どうでもいいし。」
確かに彼、勉強の方は、小学生を超越していましたから、他人ができようができなかろうが全然気にならなかったので、その子は、中学卒業までの期間、普通の友人関係を保った唯一の男子となりました。
そして、スポーツ嫌いだった一郎君、その子と遊ぶことでスポーツにも興味を覚え、中学生の時にはスポーツもそこそこできる男子に変身していました。

その期間に、一郎君には大きな変革がありました。
10歳の時に、祖父の死がきっかけとなって、本来の一郎君の自我というよりも人格が明確になると、サヴァンの超越的才能の元になっていたと思われる複数の前世人格の影響が薄れることになりました。
その結果、絶対音感の一部や、超越的演算能力は失われましたが、どちらもそれほど影響はなく、むしろ自分の心臓の音が気になる絶対音感は、なくなってほっとした彼でした。
それで、人間の心情が理解できないことと、友達を必要としないことの二点は相変わらずでしたが、それを除くと、見かけは普通の小学生に進化(退化?)しました。
ただ、突然いい子ちゃんになってしまった面もあり、言動は小学生ばなれした紳士的なものとなり、力持ちでも暴力はふるわないおとなしい小学生となりましたから、女の子たちの人気は高まりました。

彼ぐらいいろいろなことを考えることができる人間なら、人格形成をきっかけに、恋愛感情が芽生えても不思議はないのですが、ここは、サヴァンの超越的分析能力が別の方向に発揮されました。
一種の未来予知で、彼、周囲の女の子たちを見て、こう感じました。
残念だけど、今自分の周りにいる女の子たちには、僕の恋人になる子はいないよ。
それが、中学、高校と続きました。
実はこの期間、彼にとっては試練の時でもあり、両親のアホとしか思えぬ茶番劇により、祖父の莫大な遺産が失われていくのを目の当たりにすることになり、最終的には、桜やオガタマノキ、モチノキの巨木が並ぶ庭園を含む広大な邸宅が失われることになったのです。
不思議なことに、木々や動物たちの悲しみを感じることができる一郎君なのに、自分自身の悲しみは感じませんでしたから、途中から割り切りました。
大学卒業までの教育さえきちんと受けさせてもらえば、あとは自分で稼いで財産を作って行こうと。
神坂家の財産って、祖父孝直が一人で築いたものだし、どうなろうが知ったこっちゃない。
財産は、自分で築くもので、他人の財産を当てにした段階で失格だし、事実、身に付かないことも両親から学んだわけです。
それから、これも彼の未来予知の一つだったのですが、彼、普通の公立高校ではなく、私立の少し変わった進学校に進んだのです。
入学時の成績では、1000人中6位、実際に入学したメンバー内では3位でしたから、高校が是非うちに来てくれと言ったほどの好成績でした。
如何せん、家庭の方が更にむちゃくちゃになってきた時代でしたから、可哀そうに一郎君は、勉強にも私事にも集中できるような状況ではありませんでした。
その可哀そうな高校時代に特筆すべきは、スポーツが良くできるようになったことと、友人を作る気のない彼でしたが、いじめは嫌っていて、いじめられている子を見ると、守ってかばってあげるぐらいの社会性を身につけたことでした。
とはいえ、彼、大変冷静に分析しますから、いじめられる側の問題点も把握しており、いじめられっ子をかばうものの、内心自業自得でもあるなと思っていました。
そんな彼を、いじめっ子側は、「裏切者」と呼んでいましたが、子供みたいだなあと豪快に笑い飛ばして済ませていました。
何せ、当時の彼は、勉強もスポーツもできて、けんかしても強そうだと感じさせるために、祖父譲りの怪力を時々発揮して見せたりしていましたから、誰も手を出せなかったのです。
ただ、一郎君、ナポレオンが「我が辞書に不可能という言葉はない。」と言った(きっと彼の辞書は落丁だったのだろう。)と伝えられていますが、彼の辞書には努力という文字がなく、目標を持ってそれに向かって邁進するライフスタイルではなかったのです。
その代り、サヴァン由来の未来予測に基づいて、必要最低限の労力をもって、それを実現させていくだけのライフスタイルだったのです。
ですから、勉強も、できるのですがやる気はなく、生涯を通じて校内一位になったのは、中学の時に受験した県単位の模擬テストだけでした。
高校では、最初は凄い成績を上げたのですが、途中から校内の定期テストの順位と、全国的な予備校の模擬テストの県内の順位が大して変わらないという、普通ならあり得ないような成績をとりながら、現役かつ専願で、自分が進学できると予測した京都大学に合格したのです。
つまり、彼には京大合格の未来が最初に予測できていましたから、それ以上の努力はせず、予測通りに必要最小限の労力でその未来を実現したのです。

大学に入ってみると、あることに気づきました。
京都大学には当時はまだ戦前の建物が多く残っていて、初めて訪れたばしょでも、ああ、ここに居たことがあるなと懐かしく思えたのです。
これ、サヴァンの未来予知とは感覚が違いますから、母高子の婚約者だった京都帝国大学の学生として、前世で確かにここにいたことを確認できたのです。
よし、大学に帰ってくるという前世での願いも実現できたし、息子が京大に入れるように教えてほしいという当時の母との約束も、転生して息子となった私自身が京大に入学することで、形を変えて実現できたぞ、と考えると、自分なりに一つの区切りがつきました。
これだけやったのだから、両親のお守りはもういいのではないかとも思いましたが、本当にひどくなったのはむしろその後4年間で、父とはそれで切れましたが、母との面倒は、34年後に彼女が亡くなるまで続きました。

続く。

画像は、那須の春の使者、ウスバシロチョウです。
その名の通り透き通るような羽の持ち主です。
この子たちのために、私は庭に、幼虫の手べものであるムラサキケマンをいっぱい植えています。

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今日は、予告していた女性との付き合い方よりも先に、サヴァンとは関係があるのかどうかわからない一郎君の異常なところに触れてみることにします。

まず、これは両親の異常性と関連はあるのですが、彼、3歳ぐらいの時から酒を飲んでいました。
家の飾り棚に洋酒のセットが並んでいて、たまに父親がカクテルを作って飲んでいるのを見ていた一郎君、誰も居ないときに自分でもカクテルというよりもごちゃまぜにした洋酒を飲んでみたのです。
普通、お酒を初めて飲むと、アルコールの刺激が邪魔になるものなのですが、彼の場合は前世人格のいたずらもあって、全く気にならなかったのです。
それで、ベルモット、クレーム・ド・カカオと言った甘いお酒や、ヴァイオレットフィズの元になる紫色のきれいな色のお酒、真っ赤なお酒(カンパリだったのかなあ)を、偉そうにシェイカーまで使って混ぜてカクテルにして飲んでいたのです。
普通、3歳の子供にお酒を飲ませると酔います。
ところが彼、ほとんど酔わなかったので、小学生の頃まで、両親留守の時には自己流カクテルを楽しんでいました。
大学生になって、また酒の洗礼を受けますが、やはり酔いませんから、二十歳までは面白がって飲みましたが、成人した機会に節酒することにしました。

酒がだめならタバコとなりますが、一郎君の両親、常夫さんよりもむしろ高子さんの方がヘビースモーカーで、彼女、君子さんを妊娠した時にひどいつわりでタバコを吸うようになったそうです。
これ、吐き気を促進するようなもので、一郎君の方が、何がたのしゅうて苦しみながら吸っているんだと呆れながら見ていましたが、彼の母親を馬鹿にしたような呆れ顔も、DVの原因になっていたのかもしれません。
両親ともタバコを吸っているもので、これは単なる好奇心で、吸ってみました。
結果、これも酒と同じく超人的な強さ?のせいで、酒なら味があるが、タバコはいくら吸ってみても煙いだけで、何にもいいところがないと直ぐ止めました。

一郎君、酒もタバコも効かない肉体の持ち主であったことになりますが、想像通りというか、ヤクも効きませんでした。
何、ヤクにまで手を出したのか犯罪者ではないかと思われそうですが、これはちょっと違って、彼、中学1年生の時に、イギギさんの注意がなるほどと納得することができた大けがをしたのです。
何じゃそれと思うでしょうが、普通の人にはまず不可能な怪我でした。
何故かというと、自分の右足で左足をひっかけたら見事に折れてしまった怪我だったのです。
どこをどうすれば、そんな状況が生まれるかと言うと、中学生になってから少しはスポーツにも興味を覚えた一郎君、サッカーをやってみたら、意外にうまかったのです。
それで、体育の授業の時に、面白がって複雑なドリブルを練習したら、ボールの上に左足が乗ってしまったのです。
丸いものの上に足が乗ったら、当然こけます。
素直にこけていたら何ということもなかったはずなのですが、彼、超人的バランスを発揮して、右足で踏ん張ってしまったのです。
結果として、踏ん張った右足が、それこそ剣道や空手の踏み込みのような状態になって、地面との間に杭を打ち込んだような絶対的な障害物になってしまったのです。
それで、その右足にひっかかっただけの左足が、見事にというか、下腿骨である脛骨と腓骨の二本ともばっきり折れてしまったのです。
超人的に強靭な肉体も、自分自身の打撃には通じなかったということがよくわかった経験でしたが、それでも彼、大した痛みを感じなかったので、冷静に、周囲のクラスメイトに「なんだか怪我したみたいだから、先生呼んできて。」と頼みました。
クラスメイトたち、一郎君がすごく変なこけ方をしたので大笑いしていたのですが、大したことないと思っていましたから、先生を呼びに行きました。
駆け付けた先生が見ると、足が見事に折れ曲がっていますから、一目瞭然、正真正銘骨折で、青くなって一郎君に声をかけました。
「大丈夫か。」
一郎君、のんびりした声で答えました。
「痛みはないのですが、起き上がれないので、先生を呼んでもらいました。」
体育教師、彼の顔を見て、骨折したら顔面蒼白になると教科書に書いてあるのは嘘というか、例外もあるのだなと知りました。彼、むしろほほに少し赤みがさした、普通の顔だったのです。
当然歩けませんから、病院に運ばれて、整復できるか試みることになりました。
実は、これが余計というか、それまではほとんど痛みもなかったのが、思い切り引っ張った結果、折れた骨が周囲の組織を傷つけて激痛が走ったのです。
しかも、この時X線透視画像を見ながらやっていましたから、X線に被爆しっぱなしなわけです。
5分ぐらい浴びまくっていましたし、当時、医師だけは鉛入りのエプロンを付けていたようには思いましたが、看護師たちも患者も何の防護もしておらず、被爆量たるや、何十ミリシーベルトにもなったのではないかと思います。
ただまあ、イタリアやイラクの一部など、普通に10ミリシーベルトぐらいの放射線量の地域がありますし、秋田の玉川温泉も、それぐらい行きそうですから、日本の年間制限被爆量1ミリシーベルトは、非現実的な数値だと思います。

その整復失敗で、手術するしかないと診断された一郎君、可哀そうに手術するまでの一日半、痛みに七転八倒することになりました。
ヤクが登場するのは、この手術なのです。
全身麻酔薬として使用されたのが、ケタミン(ケタラール)だったのですが、何と、その病院(地域では一番大きな病院だったのですが)で、ケタミンを少年に使用したのは彼が初めてだったのです。
ケタミン、幻覚剤でもあるのですが、通常キロあたり1〜2ミリグラムを静注すれば、15秒ぐらいで効くはずが、彼の場合、最初キロ1ミリグラムで投与し、数を数えなさいと言われたので数えたところ、200まで行っても効かなかったのです。
あわてて倍の量投与して1分ぐらいたってようやく効き始めたのですが、なるほど幻覚剤だなと思う症状が出ました。
痛みはなくなりましたが、周囲を取り囲んでいた医師と看護師が怪物みたいな姿に変わっていったのです。
それでも、あわてず騒がず観察を続けたのが彼のサヴァンの一面かもしれませんが、事前の説明では眠るから安心しなさいと言われたが、これは眠っている状態ではないなと分析していました。
骨が2本ともバラバラになっていましたから、骨を修復するだけでも2時間半ぐらいかかって、ステンレスの板で集めた骨を保定してようやく縫合したのですが、その頃には半分意識が戻っていて、ああ、今傷口を縫っているなとはっきりわかったのです。
ですから、縫ったら痛いだろうなと考えると、つい言葉が出てしまったのです。
「痛い。」
実際は痛くはなかったのですが、これで医師、看護師たち、大慌てになりました。
倍量投与でも効かないんだと、更にキロ1ミリグラム足したのですが、彼自身の感覚では、これでようやく意識がなくなったかなと思う状態になりました。
それでも、2時間半であっさり醒めましたから、醒めたら痛みがなくなって喜んでいた一郎君でした。

実は一郎君のこの手術、重大な医療事故の元になりかけたのです。
彼の後に、同級生が腕を骨折して同じ病院に入院してきたのです。
それで、医師たち、説明書に書いてある量では足らないのではないかと、最初から倍量投与したら、ものの5秒で効いた上に、1日半醒めなかったのです。
最後は、医師が手を握って「頼む、醒めてくれ。」と必死に看病?している時にようやく麻酔から覚めた同級生の彼、2時間で醒めると言われていたのが1日半たっていたことに驚きましたが、幸い後遺症もなく、手術も無事成功していましたから、3週間入院した一郎君よりも早く退院することができました。
医師たち、その後の何例かの手術経験と、半年後に一郎君からステンレス板を取り出す手術の経験により、彼は麻酔薬が大変効きにくい特異体質だったのだと考えることにしました。

続く。

画像は、薄紅色ではない、白のハナミズキです。
那須では今満開です。

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一郎君の自我の切り替わりですが、前述のとおり、きっかけは、祖父の死にありました。

サヴァンって、自分の危機に対しては敏感なのか、家族の中で自分の味方が祖母だけになった機会に、本来の自我が表に出て一挙に大人に変身したのです。
とはいえ、まだ10歳なのですから、両親の代わりはできません。
正直に言わせてもらえば、10歳の一郎君が神坂家の当主を務めることができていたら、大阪郊外の高級住宅街に三千坪もあった、神坂家の広大な庭園と邸宅は残っていたと思います。
偉そうなことばかり言うくせに、世間体を異常に気にする両親がしたことは、財産の切り売り、しかも非常に下手な取引の繰り返しだったのです。
小学生の彼ですら、これだけ便利な位置に広大な土地があるのだから、信用できる大手の不動産業者に信託すればよいと考えたのに、両親、売り食いしかしなかったのです。
当然、ブローカーやらやーさんやら、ろくでもない輩が群がります。
その過程で、一郎君、別の特技を身に着けました。
それは何かというと、人の本質を見抜く眼だったのです。
この人は信用できるが、この人は信用できない。
彼の直感は百発百中でしたが、両親は彼の意見を聞かず、外見は良くても信用できない胡散臭い人とばかり付き合った結果、カモにされたわけです。

そして、サヴァンの本能的な防衛本能なのか、一郎君は不思議な力で守られていました。
小学生とはいえ、彼の人を見抜く眼は確かでしたから、両親をカモにした胡散臭い人たちにとっては煙たい存在だったのです。
それでも、所詮は小学生となめてかかっていたわけですが、神坂家の財産に群がった事件屋、ブローカー、やーさん他のほぼ全員が、数年の間に立て続けに命を失ったのです。
死因は、病気、殺人事件、自殺といろいろでしたが、彼らには共通点があったのです。
本人の居ないところで一郎君の悪口を言ったという。
彼自身は、「へえ、みんな死んじゃったね。」の一言で、何の感慨もなさそうでしたが。

自我が確立されて割とまともになったとは言え、一郎君、本質的には他人の心情が理解できないサヴァンのままでしたから、友達はできませんでした。
いや、元々友達を全く必要としない人間だったのです。
ですから、友達が大事という感覚が理解できませんでした。
日常生活の方は、要領よくなった分、何かを一生懸命やるタイプでもなくなっていましたが、やる気はないながらも勉強もスポーツもできるようになって、スポーツ万能の帰宅部少年として高校生までを過ごしました。

次回は、そんな彼が女性と付き合うようになった時のことに触れてみましょう。

続く。
画像は、我が家の居候猫、茶猫カルテットです。
この10連休寒かったので、4匹かたまって寒さをしのいでいました。

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今日は、一郎君のサヴァンの症状と、それと如何に折り合っていったかについて触れてみましょう。

彼、まともならIQ200オーバーだったろうと言われた天才的な頭脳を持ちながらも、人間的というよりも社会的な部分に全く欠けていました。
ですから、社会的協調性というか、みんながこうするから、自分もこうしないといけないという観念自体がありませんでした。
その点で天恵であったのは、小学校1年から3年までの間担任をつとめてくれたベテラン女教諭大橋先生で、彼女、一郎君が問題行動を起こす度に、まずは体罰でやめさせた後、ちゃんとその理由を説明したのです。
体罰は悪だと言いますが、彼の場合、最初から言葉で注意したところで、何かに興味が行っている間は他のことは耳にも目にも入らないわけで、まず実力行使で止めさせ、それから説明するしか方法はなかったのです。
幸い超人的に丈夫な肉体ですから、少々どつきまわしても彼には屁みたいなものです。
そしてものをいうのは彼の知能で、いくら難しい言葉であろうが、正当な、合理的な説明さえなされれば、自分が悪いとちゃんと理解して改めましたし、体罰を根に持って反抗することは皆無だったのです。
ただ、全く同じ過ちを繰り返すことこそありませんでしたが、興味の対象が無限にあったもので、手足の届く範囲に置いて管理したものの、大橋先生、気が休まる暇はありませんでした。

もう一つ問題だったのは、一郎君、自分の感情に乏しいのと同様、他人がどう思うかを余り理解できなかったことです。
ですから、他人が嫌がることであっても、自分が、ある面客観的に判断し、評価したことであれば、自分がされても容認できることでしたから、平気でやったのです。
さしものベテラン教師大橋先生も、このことだけは、いくら普通の人間はされたら嫌なことなんだよと説明しても、逆に彼に、何故そんなことぐらいで嫌だと思うのかと問い返されると、答えに窮しました。
一郎君、物凄く大らかで、いじめとされるようなことをされても全く意に介さず、笑って許していたのです。
それは大変な美点でもありましたから、彼の言動を否定しようと説得すると、理論に矛盾が出てきてしまうので、泣く子も黙る大橋先生ですら、この点では一郎君を修正しきれませんでした。

いじめっ子たちも、明らかに異端児の一郎君を、最初は目の敵にしていじめまくったのですが、全く気にしませんから、面白くなくなったと同時に、彼の大らかさ、頭脳の凄さ、そして、本当は力も強くて強靭な体を持っているから、まともに喧嘩すると負けそうなことまでわかってくると、彼に一目置くようになり、誰もいじめなくなったのです。
先生方、余りにも他の生徒たちと違う一郎君のことを、いじめられてどうにかなるのではないかと心配していましたが、自然にうまく折り合うようになりましたから、安心するとともに、彼のような大らかさ(というよりも、他者に対する無関心の方が大きかったのですが)を、他の生徒たちも見習って欲しいなと思うようになりました。
とは言っても、こと教育ですから、できる生徒は得だったことも確かで、一郎君が勉強もできない生徒だったら、みじめないじめられっこで終わっていたかも知れません。

破天荒でも、対外的にはそこそこ理解が得られて、天才児のレッテルで済んだ一郎君だったのですが、むしろ敵は内にありました。
祖父母は味方でしたし、彼の才能を正当に評価していましたが、母の高子さんは、次々と嘘がばれてきて、どこまでが本当なのやらわからなくなってきた夫常夫さんの代わりに息子の一郎君に暴力をふるって精神のバランスを取っていたのです。
その上に彼女、言ってはならないことを言いました。
現実的には、一郎君よりも妹君子さんの方を可愛がっていたにもかかわらず、本人たちを前にして、「一郎の方が優秀だから可愛い。」と公言していたのです。
まだ小学生の子供と思ってなめていたのかもしれませんが、君子さん、母の言葉で兄に憎しみを覚えるようになったのです。
ですから、可哀そうなのは一郎君で、毎晩のように母のDVに遭い、昼は昼で、妹の意地悪にもあったのです。
これ、意地悪と書くと大したことではないと思われるかもしれませんが、君子さん、母親譲りなのか、下手すると兄殺しになっていた場面もいくつかありました。
一郎君自身は、母に似ていると笑い飛ばしていましたが、階段から突き落としたことが2回あったほか、後ろから頭をバットで殴ったこともありました。
階段の方は、驚異的なバランス能力でうまく転げ落ちて無傷でしたが、バットの方は、普通なら死んでいたかもというほどで、超人的に強靭な肉体の一郎君でさえ、大きなたんこぶができました。
これ、いずれも真昼間でしたから、母の高子さんもまともなジキル博士の人格で、君子さんのことをこっぴどく叱りました。
そして、バット事件の時は、問い詰めました。
「なんでお兄ちゃんをバットでなぐったの。」
この時の君子さんの答えは恐ろしいものでした。
「ママが、お兄のほうが可愛いっていうから、お兄が死ねば、私を可愛いと思うでしょう。」
自分の心ない言葉が招いた悲劇だったのですが、高子さん、君子さんをどつきまわして、「どう、痛いでしょう。お兄でなければ、本当に死んでたかもしれないのよ。」と叱っただけでした。

ここで、一郎君のサヴァンが幸いします。
彼、憎しみと恨みの感情に欠けていましたから、二人のことを憎しみも恨みもしなかったのです。
ですから、これまた対外的には、優しくていいお兄ちゃんで通っていました。

続く。

全く関係ない画像、庭のニリンソウとイカリソウです。

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