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ポストに、友人のNさんからの、手紙が入っていました。
薄っぺらい封書。なんだろう、、、と思って開封すると、
それは、予想だにしていなかった内容でした。
「ご無沙汰しておりました。
私は、2009年8月、大腸がんの手術を、2011年1月、肝臓がんの手術を、
そして5月には、余命8ヶ月の宣告をたまわっておりましたが、
このたび、お別れすることになりました。
生前は、たいへんお世話になりました。楽しかった思い出がたくさんあります。
ありがとうございました。
さようなら。」
こんな、別れの仕方って、ありますか・・・・
Nさんは、ヘッドハンターで、
ある日、職場に、突然、電話がかかってきました。
転職する気はなかったのですが、
Nさんの不器用なほどに誠実な対応に、
結局、私は、そのオファーを受け、チャレンジングな仕事をすることになりました。
お会いするたびに、「あなたには、能力がある!それを、もっと、生かすべきだ!」
いつも、いつも、そう、言って、励ましてくれました。
当初は、ヘッドハンターと、クライアントという間柄だったんですが、
お酒が好きだったこともあって、この10年くらいは、友人付き合いをしていました。 いや、Nさんは、友人というより、
頑固で、頭の固いお兄さん、でも、妹の将来を、心から案じている。。そんな感じでした。 毎年、誕生日には、お祝いのメールが来ました。
でも、去年のメールには、病気になったけど、回復して、
お酒も飲んでいるし、マラソンもしていると、書いてありました。
返事を書きかけたのですが、なんか、どう、書いてよいかわからなくなって、
結局、出さず仕舞いになっていました。
お返事しなくちゃと、いつもいつも、思っていました。
なんで、返事ができなかったんだろう。
人生の灯台のように、大切な方だったのに。 この間のブルースライブにも、お誘いしようと思ったのですが、
それも、お誘いしそびれました。
病気に負けず、早く、一緒に飲もうよ!って、私が、今度は、励ます番だったのに。。。
いえいえ、、、Nさん、もっと、もっと、励まして欲しかったよ〜。
とっても、とっても、悲しいです。涙が止まりません。
もうすぐ、私の誕生日がやってきます。
でも、今年からは、もう、お祝いのメールは、来ないのですね。。。
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雑記
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5月29日のライブイベントで、震災被災者への募金を募集し、
半分の6,890円をWFPに振り込んだことを報告しましたが、 栄村に、残りの6,890円 +イベントの利益の全額 +斑尾国際音楽村からの寸志 =10,000円を 振り込みました。皆様の温かいお気持ちに感謝します。
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5月29日のライブイベントで、震災被災者への募金を募集しましたが、
他のイベントでの募金も合わせて、13,740円もの金額になりました。ありがとうございました !!! http://www.naganoblog.jp/usr/music/201106011150000.jpg そのうち、半分の6,870円を、 WFPを通じて、東日本大震災復興のために、寄付しました。 領収書が届きましたので、添付しておきます。 http://www.naganoblog.jp/usr/music/WFP_20110529.jpg もう半分は、物販の利益を足して、栄村に、寄付します。 |
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青春時代が、なんか、遠くになってしまったなあという感がありました。
キャンディーズは、私、リアルタイムでしたから。
カラオケで、いったい、何度、歌ったことだろう。 スーちゃんの表情が、好きでした。どうして、こんな優しい顔ができるのか、不思議でした。
病院でのご主人の会見。寂しさ・悔しさ・愛おしさが、伝わってきました。
そして、、、その背景に、びっくりしました。
もうすぐ、一周忌になる、友人の 古長歩美さん と、同じ病院でした。
古長さんのことは、今でも、何かにつけ想いだすのですが、田中好子さんと、重なってしまいました。
お医者様は、全力を尽くしたと思いますが、
なんか、手を尽くしすぎたんじゃないかと、思えてなりません。
抗がん剤で、免疫力が下がって、結局、内臓が弱ってしまったのかなあって。
古長さんの場合は、腎臓でしたが、スーちゃんは、十二指腸だったんですよね。
でも、手を尽くしたことで、延命できたのかもしれませんね。こればっかり、誰も、わかりません。
スーちゃん、そして、古長さんのご冥福を、お祈りします。
一番詳しく書かれていた記事を、引用しておきます。
3人組人気アイドル「キャンディーズ」の元メンバーでスーちゃんの愛称で親しまれた女優の田中好子さんが21日午後7時4分、がんによる多臓器不全のため東京都内の病院で亡くなった。55歳だった。田中さんは1992年に左胸に乳がんが見つかり、以後、闘病生活を余儀なくされた。昨年9月に急性腸炎、その後は十二指腸潰瘍も発症して入院。今年2月に再び体調が悪化。入院した。最期は夫で実業家の小達一雄氏(56)らにみとられ、静かに息を引き取った。通夜は24日、告別式は25日に都内の斎場で営まれる。
◇ ◇
愛くるしい笑顔が人気だったスーちゃんが、天国に旅立った。
夫で「夏目雅子ひまわり基金」の代表も務める小達氏が21日夜、しょうすいしきった様子で会見を開いた。それによると、田中さんの乳がんが発覚したのは結婚した翌年の1992年。人間ドックを受けた際だった。
左の乳房に早期の乳がんが見つかり、手術で腫瘍(しゅよう)を切除した。その後も定期検診で何度かがんが発見されており、その都度手術して切除していたという。
女優の仕事に愛着を持っていた田中さんは、がんとの闘いを続けながら女優の仕事をこなしていた。
しかし、昨年10月に十二指腸潰瘍をわずらい、入院。治療のために絶食したことで体力が低下し、免疫力も低下。今年2月になってがんが急激に成長する「ラッシュ」という時期に入り、肺や肝臓など多臓器に転移した。懸命な治療にもかかわらず、21日の朝になって容体は急変。小達氏は「おはよう」と声をかけたが返事はなかった。午後7時4分、家族に見守られながら息を引き取った。
田中さんは病床でも東日本大震災の被災者を気にかけるなど社会福祉に強い思いがあったという。小達氏にも「できることがあればやりたい」と伝えていたという。
女優への思いも強く、復帰の意思を持ち続けていた。最後の仕事はフジテレビの「森のささやき」でのナレーション。3月7日に病院を一時抜けて仕事をこなした。小達氏は「最後まで切に望んでいたのは『女優を続けたい』ということでした」とかなわなかった思いに唇をかんでいた。
田中さんはNHK「歌謡グランドショー」のマスコットガールだった伊藤蘭、藤村美樹と3人組アイドル「キャンディーズ」を結成。73年にデビューし、「年下の男の子」「春一番」「やさしい悪魔」などヒット曲を連発してスターダムに。しかし、1978年に解散。「普通の女の子に戻りたい」は流行語になった。
その後は女優に転身。確かな演技力で評価を高めた。89年に主演した「黒い雨」はカンヌ国際映画祭に出品。同作で翌年の日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得した。01年にヒロインの母親役を演じたNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」はシリーズ化される人気となった。
私生活では91年に女優・故夏目雅子さんの兄の小達氏と結婚した。
(2011年4月22日 芸能・社会/デイリースポーツonline より)
スーちゃんの訃報は、民放はもとより、NHKでも、結構、長い時間、取り上げられましたよね。
それのどれもが、温かい感じです。
きっと、局内に、特に部長さんとかに、
スーちゃんファンが、キャンディーズファンが、沢山いるんだろうなと、思いました。 |

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今夜は●中秋の名月
なのに、斑尾は雨。そして、かなりガスってます。
明日の満月に、期待をするしかない。
と思ったら、
天気予報は雨マーク
でも、月は、見えないだけで、雲の後ろにいるわけだから、
お団子に見立てたおにぎりで
中秋の名月のお祝いをしました。
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