週末斑尾人の暮らしと遊び

3/14北陸新幹線開通!斑尾まで東京から二時間半!

音楽

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昨年の斑尾国際音楽村のイベント で、シタールを演奏して下さった、
チャンドラカント・サラデシュムクさんが、亡くなりました。

今年の8月15日。ちょうど、2ヶ月前のこと。

私は、その悲しい出来事を、今日知りました。
チャンドラカントさんのパートナーの方に、来週末の斑尾のイベントのお誘いをしたところ、
そのお返事に、そう書いてあったんです。

なんてことでしょう。。。


http://www.naganoblog.jp/usr/music/ph3_small.JPG

Dr. Chandrakant Sardeshmukh (Dr. チャンドラカント・サラデシュムク)

4才からシタールを始め、8才からインド伝統音楽の神様と言われるラビ・シャンカールとミセス・アンナプールナデヴィのもとで、13年間修練を積んだ高弟で、卓越したテクニックを持つシタール奏者。日本、ドイツ、オーストラリア、アメリカで、公演を行う。1991年より来日。日本では、名古屋、東京、京都、奈良などの公共施設、学校、寺などで大小数百回以上の演奏を行なっている。一方、学者としてプーナ大学で「インド音楽におけるサーマヴェーダ的基盤」の論文でサンスクリット語の博士号を取得。インドの伝統文化や芸術様式を日本のみならず世界中に振興するために精力的に活動している。

ホームページ には、次のような記事が載っていました。

長年にわたり日印交流に力を注いで参りましたDr.チャンドラカント・サラデシュムクは、残念なことに8月15日未明、インドのプネ市にて交通事故にあい、永眠いたしました。
1991年より日本に在住し、日本全国の小中学校、公共施設等で、日印交流を軸に数々のシタール演奏をして参りました。これもひとえに皆様の友情の賜物と、深く感謝申し上げます。
日本の永住権を取得して、私たちの健康と幸福をモットーに活躍する姿が脳裏から離れません。 

It is with deep sorrow we announced that Dr. Chandrakant Sardeshmukh left the world in a tragic road accident in Pune, India on the early morning of August 15th, 2011
When he first visited Japan in 1991, Indian music and culture awareness was much less as compared to today. So as a traditional Indian musician from the lineage of Pandit Ravi Shankar and Maa Annapurnadevi, he took up the challenge of promoting a friendly relationship between India and Japan through his activities related to music. He performed many Sitar concerts and musical collaborations with Japanese musicians, sessions for healing music, teaching Sitar and mantra chanting for individual and groups, lecture demonstrations for school children as well as adults and so on. 

For over 20 years he had been performing the sitar all over Japan in small villages as well as major cities. He was not restricted to major auditoriums but also performed happily in many venues including primary and junior high schools, local communities, and Japanese temples. This resulted in deepening the mutual understanding between Japan and India.  We are very grateful that the Indian Embassy along with many Japanese supported him in his mission which he could continue for so long.

He was very happy about being recognized as a performing artist by the Government of Japan through his artist visa many years back, and a permanent residence as an artist recently. 

Through his music therapy he promoted his motto to make us happy and healthy all the time.  He was a jolly person; made many of us laugh and shared happiness easily. He touched many lives and so many of them tell us beautiful stories of him till now. His enthusiastic and warm presence is still fresh in our minds.

彼の演奏は、とにかく、素晴らしかった。音楽によって癒されるとは、こういうことなのかと、初めて感じました。
斑尾を、とても気に入ってくれて、また、来ますよ!と、おっしゃってくれていたのに。
彼にサポートしてもらい、斑尾を、癒しの場所に、してもらいたかったのに。
パートナーの方とは、去年、いろいろな計画を、話し合っていたのに。

12月に、プネーに遊びに行く約束をしていて、ビザまで取ったのだけど、
行けなくなってしまい、私は、まだ、インドに行けていません。
なぜ、行けなくなってしまったのか、、、それが、どうしても、思い出せません。

病気ではなくて、交通事故とのこと。事故は、1秒、時間がずれていたら、遭わないもの。
どうして、そういうタイミングで、その場所にいたのでしょうか?
これも、運命というのでしょうか?

とても悲しいことはもちろん、その才能が失われてしまったこと、
これから、彼が、どれだけ世の中のためになることが出来たのかを思うと、悔しいです。

毎日、悔いのないように行動する。それを、彼の死を知って、改めて思いました。

心から哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りします。


偲ぶ会が、来月、開かれます。

日時   2011年11月9日(水) 午後6時 開場 6時半 開演
会場    インド大使館 音楽ホール 東京都千代田区九段南2-2-11


Dr. チャンドラカント・サラデシュムク ホームページ

第5回斑尾国際音楽村のフライヤー

岡崎とジャズ

斑尾ジャズに関わるようになってから思うのは、
日本では、実に多くのジャズフェスが開催されていることと、
その多くのジャズフェスが市民運動だったり、町興しを目的にしていること。
 
徳川家康の生誕の地の城下町、愛知県の岡崎市もその一つです。
 
岡崎では、毎年、11月第一週の土日に、岡崎ジャズストリート というフェスティバルがあります。
このフェスティバルは、岡崎を舞台にした、純情きらりというNHKの朝ドラをきっかけにスタートしたそうですが、
さらに歴史をたどると、ドクタージャズといいわれている、内田修氏の存在が大きいようです。
 
 
今日は、甥っ子が、社会科学習で制作したものが
展示されているということで、
岡崎市立図書館に行ったのですが、
 
それはそれは、立派な図書館でびっくり。
博物館か、美術館みたいな建物です。
 
 
 
 
 
 
その図書館に、内田修ジャズコレクション という、常設展示室があって、またびっくり。
内田氏のミュージアムがあるということは、聞いていたのですが、
てっきり、ご自宅がミュージアムになっているのかと思っていました。これは、みないと!
 
早く帰ろうという甥っ子を説得して、展示をみて来ました。
 
イメージ 1
 
市の施設での展示というと、ありがちなのは、土器から始まる郷土史ものですが、
この展示は、すばらしい、コレクションでした。
 
内田修氏のプロフィール、ジャズの歴史、所有していた楽器の展示はもちろんですが、
 
内田病院の一角にあった、
「ドクタースタジオ」を忠実に再現した部屋。
 
実際の部屋では、多くの有名なジャズマンが、演奏したそうです。
 
ピアノは、秋吉敏子の要望により購入したもの、
ドラムセットは、日野元彦が使っていたものだそう。
 
 
 
http://www.uchida-jazz.jp/contents/event/tenji/images/tenji_libra_room13.jpg膨大なジャズレコードのコレクションから、
定期的に入れ替えられるレコードは、
視聴できるようになっています。
 
3人くらいの年輩の男性が、夢中で聴いていました。
 
 
 
 
 
http://www.uchida-jazz.jp/contents/event/tenji/images/tenji_libra_room4.jpgこのパネルには、内田氏が通ったジャズスポットが載っていて、
 
斑尾ジャズの司会でおなじみのバードマン幸田さんが店主の
Jazz Spot J も、ありました。
 
 
 
 
 
 
甥っ子が「僕がジャズを好きになったら、また、ここに来るよ。」と言っていたのが、印象的でした。

浅川マキさん逝く

浅川マキさんが、突然、逝ってしまいました。

昨日の朝、友人からメールが来て、びっくりして、ネット検索をしたが、どこにも載ってなくて、、、
でも、本当だったんですね。

私は、3年ほど前に、新宿ピットインのコンサートに行ったのが、浅川さんの唄を聴いた最後になりました。

雨の中、よく来たわね。。。声のトーンと、空気の匂いまで、覚えています。



「アングラの女王」と呼ばれ、団塊の世代を中心に支持された歌手の浅川マキ(あさかわ・まき)さんが17日夜、公演のため滞在していた名古屋市内のホテルの浴室で死亡しているのが見つかった。67歳だった。愛知県警によると、死因は急性心不全。公演は15日から3日間で予定し、16日には「あしたのライブも頑張るよ」と張り切っていたという。葬儀は20日、故郷の石川県で親族のみで執り行う。 

 愛知県警中署によると17日午後7時45分ごろ、浅川さんが開演前になってもライブハウスに現れないため、事務所スタッフがホテルへ様子を見に行ったところ浴室で倒れていた。病院へ搬送されたが、既に心肺停止状態だったという。

 浅川さんは15日に続いて16日も午後7時半ごろから午後10時までライブを行い、その後、共演者と食事。17日午前0時ごろホテルに戻った。

 発見時、部屋は施錠されており、荒らされた形跡はなく、浴槽に顔をつけ倒れ込むように、ぐったりしていたという。関係者は「薬は飲んでいたが、特に持病はなかった。ただ、何かにぶつけたか、転んだような跡があったようです」と話している。

 浅川さんは20年ほど前、左目の網膜剥離(はくり)を患い、最近は右目の視力も落ちたため「ステージに上がる時はスタッフが誘導していた」という。

 初アルバム「浅川マキの世界」(70年発売)をプロデュースし、40年間親交がある寺本幸司さんは、16日のライブを観賞。「素晴らしいステージだった。終演後も30分くらい話したけど“あしたも頑張る”と言って元気いっぱいだったのに」と突然の死が信じられない様子で、体調についても「特に覚えがない。ただ、よく転倒したりぶつけたりしていた」と話した。

 67年、「東京挽歌/アーメン・ジロー」でデビュー。翌68年に故寺山修司さんが演出した東京・新宿のアングラ劇場「蠍(さそり)座」のひとり舞台で注目を集めた。アンダーグラウンドを略して「アングラ」と呼ばれた前衛的表現の代表的な担い手として熱い支持を受け、代表曲は「夜が明けたら」「かもめ」など。

 歌手を目指して上京してから40年余、最後まで新宿を拠点に活動。昨年末も新宿ピットインで5日間公演を行った。生涯独身。関係者は「本当はきょう(18日)だびに付そうと思ったが、本籍地が分からなくてあした(19日)になっちゃった。時代や常識に迎合せず、歌とともに生きることを貫いた彼女らしい」とアングラの女王を悼んだ。 
スポニチ記事より

各種ネットニュース(オリコン、産経新聞、日刊スポーツなど)に載っていた出席者の挨拶やコメントを、
集めてみました。

加藤和彦さんに対する、メディアの反応、不思議なほど、温かいものを感じます。
KKミーティングは、テレビでも、随分、取り上げられましたしね。

でも、皆さんのコメント、平凡すぎです。

といっても、きたやまおさむさんの
「彼は何度も「死にたい」と言っていたので“とうとうやったな”という感じなんです。そのことがえらい悲しい。2〜3週間は泣いていましたがそのうち腹が立ってきて…。バカ野郎です、あいつは。文章の最後に「偲(しの)ぶ会はやるな」と書いてあったが、それをぶちこわしたくて。本当に腹が立った。一緒に苦労を共にしてきた者に礼を失したやり方なのでバーッとやってやろうと。酒はうまいし、ねえちゃんはきれいだと騒いで、天国であいつが騒ぎ「ほなら出ていけ〜」と言われて戻ってくる会にしたい。」というのと、

坂崎幸之助さんの
「『あの素晴しい愛をもう一度』という曲があります。ちょうど加藤さんの別れに釈然としない僕らにピッタリの曲だと思います。皆でこの曲を歌って加藤さんに嫌がらせをしたいと思います。加藤さんが嫌われていたパターンで、最後の部分は、ゆっくりと歌いましょう。」「笑っている?嫌がっている?」

には、愛情を感じます。

加藤和彦さんは、「もっと、オシャレな言葉を言えよ!」「偲ぶ会なんてやるなよと言っていたのに、よくもやってくれたな!」と、笑っていることでしょう。

http://sankei.jp.msn.com/photos/entertainments/entertainers/091210/tnr0912102030012-p1.jpg
音楽プロデューサー・加藤和彦さんをしのぶ「KKミーティング」囲み取材をうける
(右から)杉田二郎、小原礼、尾崎亜美、伊勢正三、南こうせつ(三尾郁恵撮影)

◆ きたやまおさむ 開会のあいさつ

(10月)17日に彼から手紙が届いた。遺体発見直後に届くように演出したんですね。そこには「ごめんね、約束破って」と書いてあった。一つは来年、私の大学退職記念コンサートができないこと、そしてもう一つは、実は僕は「彼が死なない」という約束をしていたんです。彼は何度も「死にたい」と言っていたので“とうとうやったな”という感じなんです。そのことがえらい悲しい。2〜3週間は泣いていましたがそのうち腹が立ってきて…。バカ野郎です、あいつは。文章の最後に「偲(しの)ぶ会はやるな」と書いてあったが、それをぶちこわしたくて。それに精神科医の僕が自殺反対論者であることを知っていたはず。本当に腹が立った。でも非常に残念です。一緒に苦労を共にしてきた者に礼を失したやり方なのでバーッとやってやろうと。酒はうまいし、ねえちゃんはきれいだと騒いで、天国であいつが騒ぎ「ほなら出ていけ〜」と言われて戻ってくる会にしたい。(日刊スポーツ)

◆ 松山猛(帰ってきたヨッパライ作詞者)献杯のあいさつ

「いろんな種まきをしてくれて音楽の新しいものを残してくれた。勝手なことをしていったヤツだけど残していったものは永遠に消えません。偉大な彼に献杯します。加藤くん、ありがとう」。(日刊スポーツ)

◆ 市川右近

「我々の師匠、市川猿之助の舞台音楽を担当していただいて、猿之助一門の若手のことを考えてくださった。激励していただけた言葉を忘れずに感謝していけたらと思います。加藤先生との最後の会話では、感謝とお礼を申し上げることができた。あと余談ですが、先生、頭に毛が生えてきましたねって言ったら何かスペシャルな薬があるらしく、『いつでも言ってね』って笑顔でおっしゃっていたのが最後。そのスペシャルな薬を教えていただいたので、僕はいつハゲても大丈夫です」(オリコン)

師匠の猿之助のスーパー歌舞伎の音楽担当をしてくれた加藤先生は、一門のことを考えてくれていた。温かい方だなあと。この時計(と腕時計を指し示し)は2006年に、時計コレクターの先生がカードを切って買ってくれた。保証書の名前は今も先生のままです。厳しい顔と優しさの両刃を持った人。いつまでも心の中に残っています。(産経新聞)

「先生は人生の演出というものをされていたように思う。ものすごく厳しい顔つきと天使のような笑顔。もろ刃のやいばを持っていた方だった」と回想。(日刊スポーツ)

◆ 南こうせつ

「さっき(吉田)拓郎が言ってたんだけど、加藤さんはあまり出ない人なのに、『サマーピクニック』ってコンサートには出てる。『本当はこうせつのこと嫌いだったのに出てきたから、何か心配だったんだ』ってハッキリ言われた。でも拓郎個人の意見ですから、ひとつも傷ついてません。音楽の業績、ライフスタイル、我々の永遠の憧れです。自分の命に向きあって、命尽きるまで生き抜くってことを、命は大切だってことを逆にそう受け止めています」(オリコン)

 全然そういう(自殺の)気配はなかった。最近も(尾崎)亜美ちゃんたちとふぐ料理を食べに行く予定だったのに、キャンセルされちゃいましたよ。
 (吉田)拓郎が言ってたんだけど、「普段はこうせつのことが嫌いな加藤がサマーピクニックコンサートに出たのは、何かあるんじゃないか」って。命が大事だと言うことを教えてもらいました。(産経新聞)

南こうせつは「悲しくてやりきれないよ」と寂しげな表情で「彼の音楽やライフスタイルは永遠に我々のあこがれです」と語った。(日刊スポーツ)

◆ 伊勢正三

「アマチュアから加藤さんのを聴いていたから、加藤さんが(その場に)いてもいなくても自然に加藤さんの曲を演奏していた。加藤さんの曲はこれからも世の中に残していかなきゃいけないと思っています」(オリコン)

 素晴らしい楽曲を世の中に残してくれた。コンサートでも自然に演奏していた。アマチュアのころから聴いていたからね。(産経新聞)

◆ 尾崎亜美

「お着物だと喜んでいただいていたので、今日はお着物で。また美味しいものを食べにいこうねって手を振ったら『そうだね』って振り返してくれて、笑顔が最後。だいたい笑顔しか見たことがなかった」(オリコン)

 「また、おいしいものを食べに行きましょう」と言って手を振ったら、手を振り返してくれた。その笑顔が最後でした。大体、笑顔しか見たことがない。いつも楽しい思い出ばかりで途方に暮れています。(産経新聞)

◆ 小原礼

「(自殺の気配は)全然なかった。サディスティック・ミカ・バンドをまたやろうねってことだったけど……」(オリコン)

◆ 杉田二郎

「アマチュア時代、京都で加藤さんときたやま(おさむ)さんと過ごさせてもらって。加藤さんはアマチュアのときもプロになっても同じ感性で何も変わっていない。決断力があって非常に憧れた」(オリコン)

◆ イルカ

「先生、照れてるんじゃないかな。『嫌だよー』ってことをやろうって言うような方だったので。音楽に対してすごくこだわりが強くて、シビア。でも緩やかな優しい方だったりでどちらも加藤さんだなって思います。今日は何十年かぶりにお会いする方にも会えたのは先生が会わせてくれたのかな。みんな、『ずるい、悔しい!』って言っていました。出会えたこと、本当に素晴らしい思い出にしたいです」(オリコン)

 いつも穏やかで笑っている顔しか思い浮かばない。音楽に対して神経質なほどこだわりがあったが、そこを離れると優しい部分もあった。本人の気持ちは誰も分からない。
 高校生のころからあこがれのお兄さんだったので、一緒にやりたいと思っていた矢先だったので残念です。(産経新聞)

◆ 由紀さおり

「ザ・フォーク・クルセダーズと同じレーベルで、同じレコード会社にいて、ほぼ同世代を生きてきた。和気あいあい送ろうってことだったので、みんな楽しそうに歌っていたんだけど、寂しいというより悔しいって。(会の名称が)『KKミーティング』で『お別れ会』じゃないのもみんな悔しいって気持ちなんだと思います」(オリコン)

 (会の最後、加藤さんが作曲した「あの素晴しい愛をもう一度」を参加者全員で合唱したが、この曲について)最後のだめ押しで盛り上がる歌い方は、加藤さんの音楽センスにヒットしなかった。でもあえてそれをやりました。悲しいより悔しいですね。(産経新聞)

◆ 吉田拓郎

会場にいた関係者によると拓郎は周囲に「やっぱり生きていなきゃだめだね」と話していたという。(日刊スポーツ)

◆ 坂崎幸之助 最後のあいさつ

 これだけの先輩、関係者の方々がたくさんいらっしゃるなか、最後にあいさつさせていただき恐縮です。加藤さんと音楽的には濃いつきあいをさせていただきました。僭越(せんえつ)ながら若輩の坂崎が加藤さんを送らせていただきたいと思います。なにかリクエストがあれば歌いますよ。加藤さんのまねをしましょうか?(笑)
 (加藤さんが亡くなられたときは)まさかそんな、という思いを抱かれた方も多いと思います。マンションの住人のおばさんからも「坂崎さん、大丈夫?」と言われました。加藤さんは残念ながら自ら逝ってしまったわけですけれども、残してくれた曲がたくさんあります。それを僕らはこれからも歌い続けていかなければいけないと思います。
 「あの素晴しい愛をもう一度」という曲があります。ちょうど加藤さんの別れに釈然としない僕らにピッタリの曲だと思います。皆でこの曲を歌って加藤さんに嫌がらせをしたいと思います。加藤さんが嫌われていたパターンで、最後の部分は、ゆっくりと歌いましょう。(産経新聞)


坂崎幸之助の呼びかけでこの後、南こうせつ、イルカ、奥田民生、村上てつや(ゴスペラーズ)、木村カエラら総勢14人のアーティストがステージに上がり、全員で「あの素晴しい愛をもう一度」を熱唱。

演奏が終わると坂崎はステージ上の加藤さんの写真を見上げて「笑っている?嫌がってる?」と微笑んだ。


残間恵里子さんのブログの記事「KKとの最後のミーティング」
パーティーの様子が、とてもよくわかる。いいよ〜!主役欠席の祝勝会みたいだ
きたやまおさむさん→加藤和彦さんへの追悼コメントを載せた記事 には、
沢山のアクセスをいただいただき、ありがとうございました。数千件は、あったかと。

昨日から今日にかけて、いつもよりも、アクセスが増えているのは、
昨日、東京・芝公園の ザ・プリンスパークタワー東京 ボールルームにて行なわれた、
加藤和彦さんを勝手に偲ぶ会「KKミーティング」のニュースが流れたからからじゃないかと思います。

ニュース記事は、いずれ削除されてしまうので、残しておきたく、引用させていただきます。
ご容赦お願いしますね!


加藤和彦さんのお別れ会『KKミーティング』に友人・関係者ら約500人出席

イメージ 1 今年10月16日に急逝した元ザ・フォーク・クルセダーズで音楽家の加藤和彦さんのお別れ会『KKミーティング』が10日、都内ホテルで行われ、発起人のひとりで同メンバーのきたやまおさむ氏をはじめ友人・関係者ら約500名が出席した。主催者としてあいさつしたきたやま氏は「彼が死んだのは10月16日で、17日に彼から手紙を受け取りました。死ぬ直前に投函して演出したものです」と、無念さと愛情の入り混じった表情で語った。

 きたやま氏は、加藤さんの亡くなった翌日に届いたという手紙の内容も明かし、「1行目に『きたやまくん、ごめんね。約束破ってごめんなさい』と。来年の春に私の退職祝いにザ・フォーク・クルセダーズを復活して、坂崎幸之助くんに手伝ってもらってコンサートをもう一度と言っていたんです。あと、彼が死なないって約束もしていた。主治医ではなかったけど話は聞いていて、ずいぶん前からそういう思考を持っていたから、とうとうやったなって気持ちだった」と当時を振り返った。

 また今回のお別れ会についても言及し、「3週間泣いて過ごして、腹が立ってきた。バカヤローですよ。(手紙には)『偲ぶ会とかはやるな』って書いていて、なんとかぶち壊してやろうと。でも偲ぶ会とかは嫌がるから、『KKミーティング』って訳わからない名前をつけました」と愛情を込めてあいさつした。

 加藤さんの意向により行われた密葬の後、多くの友人や関係者からお別れ会や偲ぶ会などを行いたい、との問い合わせが多数あったことから、生前の加藤さんが固辞していたというものの「加藤さんのクリエイティブな人生に関わった人々が集まって語り合おう」という形で『KKミーティング』は開催される運びとなった。

 会場には幼少時代、20代〜40代、2006年、2008年冬、今春に撮影された加藤さんの写真や、デビュー前のザ・フォーク・クルセダーズの写真など8枚が飾られ、参加者には加藤さんが愛した全国の美食の数々がふるまわれた。そして、坂崎による締めのあいさつ後には全員で「あの素晴らしい愛をもう一度」が歌われた。なお、きたやま氏のほか市川猿之助、渡邊美佐、朝妻一郎が発起人に名を連ねた。

〜『KKミーティング』に来場したそのほかの主な著名人の一部〜

伊勢正三、杉田二郎、高橋幸宏、由紀さおり、南こうせつ、土屋昌巳、尾崎亜美、小原礼、布袋寅泰、山本コウタロー、奥田民生、イルカ、木村カエラ、屋敷豪太、吉田拓郎、松任谷由実、サエキけんぞう、村上てつや、市川右近、市川春猿、くり万太郎 他(順不同)

12月10日 Yahoo! ニュース(配信元オリコン) より、全文掲載


加藤さん送る会 嫌がらせ?で「あの素晴しい愛を」合唱

10日夜に行われた音楽プロデューサー、加藤和彦さん(享年62)をしのぶ「KKミーティング」では、加藤さんが愛した名店の料理や音楽が彩りを添えた。


料理は加藤さんが生前、常連として通っていた高級飲食店12店が協力。出張で臨時出店する形式で京都の和食の店や岐阜のアユ料理店、岡山のチーズ料理店など加藤さんゆかりの名店の屋台がずらりと並び、加藤さんが大好物だったステーキ、アユの塩焼きなどが振る舞われた。神戸の神戸北野ホテルの黒毛和牛のローストビーフや東京のキャンティ飯倉本店のスパゲッティバジリコは行列ができるほど人気を集めた。

音楽家の集いだけあり、歌も彩りを添えた。フランス出身のミュージシャン、パトリック・ヌジェさんはフランス語の詞をつけた「イムジン河」を披露。ヌジェさんは加藤さんが「THE ALFEE」の坂崎幸之助さんと結成していたユニット「和幸」のレコーディングやライブサポートでもバンドリーダーを務めた。

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