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”みやちく”の気ままな生活!
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月岡温泉と紫雲GC

月岡温泉と紫雲GC

新発田市は新潟県の北部、日本の穀倉地帯といわれる蒲原平野に位置しています。

白玉の湯・華鳳 は市内月岡の田園地帯を走っていると突然のように
現われるシャトーのイメージ そのたたずまいは新発田市世帯数34,297世帯の街とは思えない
絢爛豪華なものです。
女将さんのお話によれば、新潟には海の幸・山の幸・美味しいお米・お酒・・それに
  数々の雰囲気の異なる温泉も自然も残っておりますしね。
  ふるさとへの旅とまでいかなくとも、ほっとして寛いでいただける旅を
  色々な=にいがた=をアピールできればと思いますよ。
  あと、何よりも人のあたたかさがある場所ですからね。
  その新潟の=ぬくもり=をお伝えするのが=おもてなし=の心。
  そんなふうに言ってもいいんじゃないでしょうか(笑)」
ということです。



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車から荷をおろすやいなやお抹茶サービスの寛ぎ


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蒲原平野の田園風景が一望


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うわさに聞いていましたが「白玉の湯・華鳳」の温泉に入る至福感は、およそ筆舌に尽くせない程でした。
脳で考えている全てのことが真っ白になって、何の雑念も浮かんではこなかったです。
早い時間の入浴であったので一人湯に浸かる私に語りかける何物も存在しなかった。
過ぎていく時間というものが停止状態のようになって幸福感を与えてくれたことはかつて
なかったのではないだろうかと思います。
妻は60分のマッサージサービスをうけました。


そうして宴のはじまり

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女将さんから妻に誕生日祝いのサプライズあり感動!
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出発に際してはご丁寧なるお土産とわざわざのお見送り
「白玉の湯華鳳」だからこその人間愛、そこで働く皆様との心のふれあいと 最高に癒される細やかなおもてなしをうけてただただ感謝するのみです。


紫雲ゴルフ倶楽部 は2008年に第41回日本女子オープンゴルフ大会の開催されたコースです。

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赤松以外の樹木はないといっても過言ではないだろうっていうくらい赤松が林立したいます。

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この日は炎暑でした
こちらは天気予報でそれを予測してスポーツドリンクとシークワーサーのブレンド飲料を持参
殆んどのプレーヤーさんは大汗ダラダラでした。

キャディーさんに日本女子オープンゴルフ大会の時の思い出話しを所望していろいろ聞かせていただいたり新潟の文化、歴史をおりまぜた話しもあったりして楽しいラウンドできました。

スコアーは私が89 妻はレギュラーteeから95 どちらも反省スコアーでしたが初めてのコースということですから まぁ〜いいんじゃないの、、、、っていうことにしました。




新潟県新発田市への旅

春先から計画してあった新発田市への旅
その主たる目的はゴルフなれど到着までには360kmです
1日目の7月1日は新発田市内の名のある金物屋さんで植木用の剪定ハサミ、刈り込みハサミ、のこぎり、カマ、砥石等の買い物です。
やはり昔ながらのお店は本物がズラリと並んでいました。
 
そこからおもむろに出向いた先は新発田城址公園
静かなたたずまいは市民の憩いの場となっています。
 
     ↓辰巳櫓。入母屋造り、本瓦葺の二層二階の櫓。平成16年の再建。
 
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旧二の丸隅櫓を遠方に望む
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表門。享保17年(1732)に再建された櫓門。
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三階櫓を遠方に望む
新発田藩では幕府に遠慮し天守閣を築かず
三階櫓がその代役を果たした。
自衛隊の敷地に入り込んだ所に位置する三階櫓の内部は公開されていない。
 
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旧二の丸隅櫓を城内側から望む
手前の樹齢ある大木の名を係員に尋ねましたが無知識?
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城郭跡の大部分は日本軍解体まで陸軍が置かれて戦後米軍が駐留した
時期がありました。
父が特級機関士の資格あり全国の米軍基地ボイラーの点検に出張していて
この地を訪れたことを記憶していました。
辰巳櫓から眼下に見える現在の陸上自衛隊の駐屯地(新発田駐屯地)
今はボイラーの煙突は残っていないけれど、、、、「お父さんがここに来て
点検作業をしたんだなぁ」って懐かしく眺めていました。
 
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清水園(旧新発田藩下屋敷庭園
 
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大門
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夕佳亭
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新発田藩三代藩主溝口宣直の時代、高徳寺を五十公野へ移した跡地に藩の下屋敷が造られた。
付近が清水谷と呼ばれていたことから、「清水谷御殿」と称されたとされています。
たくさん撮影しましたがこんなものしか載せていませんがご勘弁。
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群馬と新潟の県境である関越高速道、関越トンネル11055m(日本一の長さ)を
抜けると早くも越後の穀倉地帯が一面に広がっていてお米好きな妻はただただ
感嘆することしばしばの様子
パチ /■\_・) カメラ したいところだったのですが、車寄せの場所がなく断念しました。
ホテルに着いたら美味しいお米ご飯をたくさん戴きましょうっていうことでした。

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