宮城県詩人会

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詩祭が近づいてきました!

いよいよ詩祭が近づいてきました。
 
今回の詩祭では青森県在住の詩人、高橋玖美子さまに来ていただき、講演をしていただくのですが、どんなお話が聞けるのか・・・出演者でもあり、スタッフでもある、ぼくが言うのもなんですが・・・とても楽しみです。
 
というのも、高橋玖美子さまの著書『詩を問い続けて』が素晴らしく、読んでいると、いろんな視点で詩を書くこと、読むことが考えられるようになり、視界がクリアになるような感じがしてくるからです。
 
でも、それは、なにか明快な答えが得られるということではなく、むしろ、その「問い続ける」ことの大切さに改めて、気づくからです。
 
この本の話には響くところがたくさんあるのですが・・・ちょっとだけ抜粋させてもらうと・・・
 
<自分の生まれ育った場所ではないところで、自分の詩魂が共振するものを見つけ出す作業。それは詩人のみならず創作する者にとって非常に大切で根源的な仕事である。>
 
<決して奇をてらうことなく、真っ向から人生に向き合う、それはともすれば平凡に流れる技法を食い止め、毎年同じ畑から見事な作物を取り出すのに似て、類いまれな努力を要する。その努力や日々の精進こそ、優れた文学性を産むのだとも言える。>
 
<そのように一つの事実を違う角度から見る。平面上、対極の位置に立って。あるいは空間で斜めから見る。すると見えなかったり隠れていたりした別の事実が見えてくる。詩人とはそういう所に目を展じられる存在なのであり、そういうものに感応する精神をもっているべきなのだと思う。>
 
まさに、であります。ぼく自身、近年ずっと考えてきたことであり・・・分かっているような気になっては、自分を疑ったり、信じられなくなったりしながら、なんとか自分の中で確認し、積み重ねてきたものが、ここには書かれていました。読んでいて、うれしくなったり、改めて立ち止まって、言葉を心でなぞったりして、詩とはなにか、詩を書く自分とはなにかを何度も考えました。
 
30日はこの本からだけのお話ではないですが、高橋玖美子さまの言葉に耳を傾けていただければと思います。
 
<詩は意味ではない。言葉だけでもない。詩人の体を通した詩的経験が言葉を生み、その言葉が働く効果によって現出された世界、詩人個人の抽象的な感覚を言葉で可視化させた世界が四と言える。だとすれば、その本質において詩は万国共通である。>


(武田)


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