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3日ぶりのブログ更新です。
実はネタあったけど、なかなかまとめきれなかったので今日はこのネタにしました。
今週初めに私の故郷の沖縄の民放AMラジオ局の琉球放送(RBC、テレビはTBS系)とラジオ沖縄(ROK)の2局がワイドFM局の予備免許を交付したそうです。これらの局によると来月16日には放送開始するとのこと。
これに関するネタをtwitterにツイートしたところ、ラジオ好きなユーザーからいくつか反応がありました。反応したユーザーすべてフォローしてなければフォロワーでもありません。それでも思ったよりも反応が大きかったですね。
私は今はradikoでラジオ聴くか、仕事の移動中にたまにカーラジオで聴く程度にまで少なくなりましたが、ラジオとのつながりは大きかったです。
私が投稿リスナーとして始めたのはRBCラジオ(現在はRBCiラジオ)の「ラジオジャック」という番組。まぁ、どこのラジオ局にもありがちな夜10時〜深夜にかけてやってる若者向けの番組です。私が小学校高学年の頃から高校卒業した、1985(昭和60)年〜1993(平成5)年の8年半やってようですけど、私は中学2年の終わりから4年余聴いてました。元号が「昭和」から「平成」に変わる頃で私が聴き始めたのは「平成」が始まったばかりの頃。
高校の頃にはネタが郵送で間に合わないので実家からわざわざ放送局のスタジオまで行ってパーソナリティーに直接渡したこともありました(今は警備上ダメですけど)。当時はインターネットなんてなかったし、コンビニあってもFAXなんかなかったからね。
「宮平溶解」はその番組のパーソナリティーだった局アナに呼ばれたのがヒントです。その局アナはテレビの系列違うのに10年前に「探偵!ナイトスクープ」(ABC(朝日放送)テレビ系)に出演したみたいですけどね。
テレビも好きだけど、ラジオも好きで好きな女性パーソナリティーも多かったです。
放送前にその好きな女性のパーソナリティーに電話したこともありました。
中学高校ならクラスの同級生の女の子を好きになったりもしたけど、ラジオの前でしゃべってた女子大生が好きになったりしたこともありました。まぁ、女子アナまでいかなかったんですけど。
そのラジオのレギュラーを休んだり、卒業したりするとそりゃ寂しかったですよ。今でいう「ロス」もあってなかなか後任や後継番組には馴染めなかったですけどね。
当時、アイドルを好きになろうなんてほとんどなかったですね。おニャン子クラブだの、歌番組でいろんなソロのアイドルらいたんですけど、それほど好きにはなれなかったです。
私がアイドルを好きになろうと思ったのは1990年代半ばにTBSラジオで放送された深夜番組「ミッドナイト☆パーティー」という番組。その頃大学生だったけど、大学は実家から遠く離れてたのと、その付近にラジオの中継局がNHKとFMしかなく、民放AMは夜になると外国からの電波による雑音混じりだったのでその雑音の中をなんとか拾って聞いてました。他県のラジオ局ではなく地元のラジオ局。実は雑音で音負けしたこともありました。やはりそれでも聴いたのはしゃべってたのが当時女子高生〜20歳前後の女子。しかも女子中高生なんか今では深夜労働禁止なのに、あの当時までは芸能活動の例外のひとつだったらしく、深夜の生放送でも平気で女子高生がしゃべってました(全国ネット)。
その女の子らは今でも発行されてる女性アイドル雑誌「UP TO BOY(UTB=アップトゥーボーイ)」にも掲載されたほどだからアイドルですね。実際に会ったのは番組最後のイベント1回だけ。上京したくても上京できなかった中で唯一できたのがそれでした。あれ以来2度と会うことはなかったですね。
ラジオの想い出はいつしかアイドルの想い出となり、それから10年たってアイドリング!!!に出会うんですけど、これはテレビですね。
ラジオの想い出は15年前に上京してからテレビがない生活してたので情報源はほとんどラジオでした。1日の半分をラジオを聴いて生活してたこともありました。
私はAMラジオ派なのでFMラジオにはほとんど聴きませんでした。しかも沖縄にいた頃は沖縄のラジオ局、東京にきてからは東京のラジオ局聴いてたので他の地域のことはほとんど知りません。
でもラジオを取り巻く環境って最近だいぶ変わってきましたよね。
radikoが始まるまでは受信機で一生懸命受信して聴いてたし、radikoプレミアムが始まるまではわざわざ遠距離受信なんてして聴いてたものです。
AMとFMという電波(ラジオNIKKEIは短波)のすみわけしてた中で、それを打ち破ったのがAMラジオをFMで聴ける「ワイドFM」だと思います。
平成の初期(1990年代初め)の頃から富山の北日本放送(KNB、テレビは日本テレビ系)が同県内に、NHKが沖縄の西表島でAMラジオの電波をFMに変換して中継局を設置したそうですが、いずれも外国から電波混信対策によるもの。
その後沖縄では2000年代に県内各地にAMラジオの中継局をFMで設置するようになったが、これも同じ理由でかつ沖縄振興に対する特別事業でおこなったとのこと。これで沖縄ではAMラジオをFMを通して聴けるようになったが、当時プロ野球ナイター中継やオールナイトニッポンなどをFMで聴けるなんてほんとに珍しかったよね。それから沖縄以外でもNHKラジオの中継局をFMで設置したりするとこが出てきたそうですけど、やはり具体化されたのは完全地デジ化された2011(平成23)年から。
同年に発生した東日本大震災の災害対策と高層ビルで聴きづらかった都市型難聴がきっかけなのと、完全地デジ化でアナログ放送のVHF波(デジタル放送はUHF波で行うため)の周波数帯が空くようになったため、それで民放のAMラジオをFMで聴けるようにしようとはじめたのがワイドFM。同時にアナログで1チャンネル使用してた地域ではコミュニティーFMも含め、周波数割り当てにも制限があって東京近郊ではコミュニティーFMの周波数割り当てもできなかったみたいだけど、それも撤廃されましたね。
2014(平成26)年に富山・北日本放送と愛媛・南海放送(RNB、テレビは日本テレビ系)が最初にワイドFMの放送を開始し、一昨年2015(平成27)年には東京のTBSラジオ、文化放送、ニッポン放送の3局も放送開始し、大半のラジオ局が開局または開局予定されています。
九州では全県がすでに始まってるのに対し、四国では民放では愛媛のみと格差があるほか、地域事情を考慮してNHKの中継局も認めたり、本来ワイドFMの周波数である90〜95MHz以外の90MHz以下が認められてる中継局もあるようです。
それと同時期に始まったのがradiko。radikoは2010(平成22)年に配信開始、今月に香川の西日本放送(RNC、テレビは日本テレビ系で岡山もエリア)を最後に民放AM局はすべて配信、FM局も東北日本海側・北陸の一部、中四国〜九州の一部を除いて配信しています。
AMラジオの番組をクリアに聞こえるだけでなく、中継局が少なく受信のできないFM局が聴けるのも有利。FMラジオの場合はradikoに配信しなくてもNTTドコモやauのスマホなどで聴けたりできるラジオ局もあるので便利ですよね。
またNHKは独自にらじるらじるなんていう配信もあり、今秋〜来春には一部の地域では試験的にradikoでも聞けちゃいますね。
こうしてラジオ観も変わってくるけど、エリアフリーやタイムフリーなんていうシステムなんかあれば聴き逃したときに聴けるとかほんとに便利ですよね。
私は今もポケットラジオ持ってるけどほとんど使わなくなりました。
ラジオの思い出やそれに関する説明ばかり書いてしまいましたが、AMラジオはワイドFMになってもそのまま残してほしいのと可能性を秘めたコンテンツ、媒体であるので今後もうまくかつようしてもらいたいですね。
最後に関東地方に関しては早くラジオ日本にワイドFM始めてほしいのと、radikoの関東配信エリアに山梨のFM FUJI入れてほしいね。
あとradikoプレミアムのエリアフリー、ソフトバンクの携帯払いも始めてほしいなぁ。
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行動派ですね。
2017/12/24(日) 午前 4:10 [ debuchan ]