宮平溶解の桃郷バカリング!!!日記

東京の島んちゅドルバカな43歳の私が、トイスマやアイドリング!!!元メンバーを中心にいろいろ好き勝手に送るブログです。

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沖縄県民投票

今月も月初めと月末だけのブログ更新になってしまった。
たまってるのでできるだけ書いていきますね。


今週24日、沖縄県では宜野湾市のアメリカ軍普天間飛行場返還に伴う移設先の名護市辺野古のキャンプシュワーブ沖の埋め立ての賛否を問う県民投票が行われました。

その結果、反対が約43万4300票と、賛成の約11万5000票や「どちらでもない」の約5万2700票を大きく上回り、有効投票の約7割、全有権者数の約1/3以上となりました。

今回の県民投票では「賛成」「反対」「どちらでもない」のいずれかが、全有権者数の1/4を超えたら、県知事はその結果を尊重して、安倍首相とアメリカのトランプ大統領に結果を通知することになっています。

まぁ、「反対」の結果だということはわかってたし、過半数の得票数や有権者の1/4以上になることは予想はしてました。

最初、県民投票やると決めてたときに「賛成」「反対」の二者択一でやろうとしたところ、普天間飛行場を抱える宜野湾市をはじめ、沖縄本島中部の沖縄市やうるま市、先島諸島(宮古・八重山)の宮古島市や石垣市の5市が市議会の賛同が得られないということで不参加を表明してたが、その後「どちらでもない」という選択肢を増やして三択にしたらいずれの市も容認に動き、県議会も自民党の一部議員が退席や反対を投じる「造反」はあったものの、賛成多数となり結局41の市町村すべてで参加するようになりました。

沖縄県の玉城デニー知事は元々自由党だったため、立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党、沖縄社会大衆党(社大党)の左派政党(一部保守系左派も含む)が県政与党となってるわけだが、一方沖縄県内11市のうち、デニー知事寄りの左派系が市長である那覇市や沖縄本島南部の豊見城市と南城市の3市を除く8市は自民党などの保守系の市長であるため、議会ですんなり県民投票参加を受け入れてもらえるかどうかもわからなかったんだよね。

自民党は県民投票には消極的だったしね。

沖縄県民としては県民投票を行うことで「辺野古反対」の意思表示をしたいし、それでできるのなら建設を止めさせることができる可能性もあるしね。

結果的にはやってよかったし、「反対」という意思表示もできたわけですが、あれだけ盛り上げて注目されて投票率は52.48%。半数は超えたが、これじゃ低いよね。

期日前投票で20%くらいで、去年9月に行われた沖縄県知事選挙を上回る勢いでいってたという報道もあったみたいだが、投票日当日のニュース見てたら投票率の低さでがっかりして気になってました。

投票率52.48%は半数には達しても決していいとはいえないよね。がっかりだよね。
残りの47.52%は投票しなかったわけなんだから、7割以上が反対投じても全有権者数の1/3以上にならないんだから。

これで民意といわれても、国政与党の自民党は「シカト」(無視)ですよね。
安倍首相は県民投票の結果を「真摯に受け止める」と言ってるが、これは口だけで実際受け止めるはずがないでしょ?
自民党に言わせれば辺野古移設を「粛々と進める」に変わりないんだから。

だから防衛大臣が反対の民意を「一部の民意」と言っちゃうんだよね。

もう埋め立て始めちゃってるから、これでやめても元通りには戻せない。
このままやってしまったほうがいいのか?
それともなんらかの形で止めることはできるのか?

自衛隊もそうだが防衛問題は国の専権事項なので、地方がどうすることもできないのも事実。

普天間飛行場だって辺野古に移さなきゃ返還撤去できないんだしね。

県民の民意を無駄にしないで辺野古移設に取り組んでいくのかこれから考えなきゃいけないだろうね。
今のままじゃ、いくら沖縄県が国に言ったって、跳ね返させるだけだからね。

どこかで妥協しなきゃいけないだろうけど、なかなか難しいですね。
 
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実は先週、仕事帰りに東京都内の地下鉄の某駅前を歩いてたら、市民団体が模擬投票なるものをやってました。
私も参加して「反対」してきました。

直接結果にはつながらないが、本土でもこういうことをやってもらえるのはありがたいですね。

知り合いにも広めて、投票用紙もらって封筒までもらったけどね。

模擬投票用紙も本物の投票用紙をコピーしたものでした。


その前に今月8日〜10日に東京・有楽町の有楽町マリオンで去年8月に亡くなった前沖縄県知事の故・翁長雄志さんの「言葉」展が行われ、私は9日に行ってきました。
 
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新聞記事やニュースでしか知らない翁長前知事のことがさらに深く知ることができた感じがします。
スペースそのものは小さかったけど、短い時間でいろいろ思いを知ることはできました。


辺野古問題は今後どうなるんでしょうね?
ベストじゃ無理ならベターな選択でやっていくしかないよね。
今日で11月も終わり、今年2018年(平成30年)もあと1ヶ月。12月を残すのみとなりました。
街中歩くとあちらこちらでイルミネーションがキラキラと輝いたり、そして木に目を向けると紅葉が鮮やかになったりとこれからいろいろにぎわう季節になりそうですね。

「平成」という元号も残り5ヶ月となりましたが、「平成元年」がもう30年前のことになるのが信じられないですね。
「昭和」から「平成」に変わったのが中学生の頃なので、こんなに経ってるのかとも…。

さて、今年は数々の有名人や芸能人らがお亡くなりになり、歴史というのを感じさせますが、今週も一昨日、コラムニストの勝谷誠彦さん、昨日は女優の赤木春恵さんが相次いでお亡くなりになりました。

勝谷さんは「トゥナイト2」(テレビ朝日系)で初めて知ったけど、なかなか鋭い方ですよね。関西を中心に活躍しており、去年は兵庫県知事選にも立候補してましたね(結果は落選)。57歳だったそうですけど、ほんとにまだ活躍してほしかったですね。

そして赤木春恵さん。昨日、携帯で速報見てびっくりしたけど、それ以上に驚いたのが94歳という年齢。
まだ80代かと思ってたら、こんな歳だったのかってね。

いろんなドラマに出演してたそうですけど、私は「渡る世間は鬼ばかり(渡鬼)」(TBS系)のイメージが強いです。
脚本家の橋田壽賀子さんのドラマって見てるとハマっちゃうんだよね。
今から35年前の1983(昭和58)年に1年間放送されたNHKの連続テレビ小説「おしん」も橋田さんの脚本作。
私はドラマはほぼまったく見ないが、「渡鬼」は平成の名作ドラマでありながらなんか昭和の古くささにアレンジしたドラマだと思います。当然ながら高齢者には見やすいドラマですね。

橋田壽賀子さんとTBSを中心にドラマプロデューサーを務めた石井ふく子さんのこの超大御所コンビはすごいが、赤木さんはこの2人よりも年上だったのにびっくりですね。
TBSのドラマに石井ふく子さんの名前はよく出てましたからね。

橋田さんも石井ふく子さんも2人とも90代で大正生まれ。次の元号へ4元号跨って生きていくでしょうね。
赤木さんも次の元号まではなんとか生きてほしかったなぁ。

渡鬼での赤木さんの役柄って泉ピン子さんと角野卓造さんの母役で泉ピン子さんとの嫁姑絡みがしつこさもありながら面白かったですね。ピン子さんの息子役にえなりかずきさん、娘役に吉村涼さんと今思えばすごいキャステングしてるんだなぁと思いますね。

橋田さんのドラマって出演者や脚本に特徴があるみたいで、ドラマ見てるとほとんど同じキャスティングですよね。最近のドラマは見てないのでそれほど詳しくないが、有名ほどそういう傾向はあるんじゃないですか?

最近のドラマってさらっと見てるとなんか質のよいドラマもあれば、なんかくだらないドラマやってるのと2つに分かれてるように思えます(あくまで私の憶測)。そのうち後者のドラマは元ねたが漫画だったりして「だからか」と思ってたりします。


さて、話は変わるが今の情勢を見てると、亡くなったジャーナリストやコラムニストといった数々の評論家はどのようなこと言ってたでしょうね。
世の中は日々変わっていくものだけど、なんかおかしくなってきてますよね。

一国の総理大臣が6年も長く居座ってるというのもありますけど、日本だけの問題でもなく、諸外国でもいますからね。

日産の会長だったカルロス・ゴーンさん、所得を少なく申告したらバレちゃったみたいだけど、あれだけ日産の古いイメージを変えてまでやってきた人が一つのことがバレることがすべてパーになっちゃいますよね。

神戸市の60代の職員が高卒で採用されたのに、実は「大卒」だったのがバレて解雇になったというニュースもありました。これをバラした人は心無いというのか、たちの悪いクレーマーに思えるが、世の中ってほんとに何もかも隠し通せば「バレる」時代になってしまいましたね。

人間、まっすぐにルールやマナーを守ってる人なんて所詮いないんだから。どこかで破ったりするし、しょっちゅう破る人間なんていますからね。

警察だって当てにならない時代。

とんでもないクレーマーといえば、もうひとつ。
埼玉・秩父市で来月から韓国に職員派遣する予定だったが、ネット右翼らのクレームで中止したそうですね。

今は日本と韓国では徴用工の問題とかでいろいろギクシャクしてるようですが、ヤフコメ見てると韓国や中国嫌いのネット右翼はやはり目立ちます。

韓国だの中国だの批判するのは勝手だが、そんな自己主義的な主張をそういう自治体にまでクレーム入れるのは余計なお世話だと思うなぁ。

韓国は戦前に日本の植民地だったという過去から日本を悪く教えてるような教育をしてるから、日本に対しては敵対心をもってます。
 
だからといって若い女性を中心に韓国へ行きたがってる人も多い。それは韓国が好きで行くわけだから、そういう政治的な自己主義的な主張で「韓国へ行くな」というようなことはしてほしくない。
行く行かないのはその人、その自治体の勝手なんだし。

本来ならネット右翼の勝手なクレームを無視して自治体派遣なんかやってもいいけど、そうやっちゃうとそれらの反抗が過激なことになりかねないからやめちゃうのもしかたないでしょうね。

思想の自由だから、それが「正論」だと思わなくても、そう思うのは勝手なんですけどね。

ネット右翼なんか沖縄の基地問題にまで批判するからね。沖縄嫌いはネット最右翼くらいじゃないか?
今国会で審議してる外国人労働者に関する法案についても賛否両論あるみたいですね。

人口減少で人手不足で外国人が働いてるのは多く見かけるようになったけど、外国人を受け入れるのはいた仕方ない部分はある。それでもうまくやっていけるなら言語の壁はあれど、それでいいんじゃないかなと思う。一方で高齢化社会で65歳以上の老年人口が今後も増加していくことからすれば、60歳定年はもう時代遅れだし、60過ぎてもバリバリ働けるのは多いから、65歳に限らず70歳、またはそれ以上に働けるなら年齢に排除せずにどんどん働いてもいいと思う。

私もおそらく60過ぎても仕事してるんだろうなぁ。所詮怠け者だけど、働かないと生活していけないし。

外国人労働者はただ受け入れればいいんじゃないけど、安倍政権はなぜこんな拙速に法案通過急ぐんだろうね。やはり自分の実績作りたいんだろうか?


最後に「平成」があと5ヶ月で終わっちゃうが、今「平成最後の○○」とかっていろいろ流行ってるけど、そんなに「平成」という元号意識してるか?

私は中学校時代の途中まで昭和だったが、昭和の頃は年号も普通に西暦だけでなく、元号(和暦)も日常生活で普通に使ってた。しかし、平成になれば年号は西暦だけ使うようになり、和暦を使うとなんか堅苦しく思うようになった。いちいち「平成○年から」って最初に使わないからね。

新聞の日付表記も和暦が最初にくるのは産経新聞など一部の新聞だけになったし、新聞の記事やテレビのニュースで和暦表示するのもNHKや産経新聞などになった。

普段から「平成」を意識して生活するならまだしも、そこまで「平成」を意識してないでしょう。中には西暦はわかっても「今年は平成○年?」ってわからない人もいるくらいだし。

最近は書類の生年月日とかの表記も外国人がいるからかもしれないが、元号だけでなく西暦も選んで書けるようになってるが、日本人なら生年月日くらい書類に書くなら元号で書いてほしいよね。口答での場合は西暦でいいから。

だからやたら「平成最後」とか使ってほしくないなぁ。そんなに「平成」という元号に意識していなければ。


画像は今週27日火曜日に仕事で静岡へ行った時の帰りに東名高速道路上りの足柄サービスエリアから撮影した富士山。今回はこの画像をもってブログを終わりにします。
 
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10月に入りましたね。
2018(平成30)年もあと3ヶ月となりました。
ほんとに早いですね。

なんかあっという間に9月が過ぎ去ったような感じがします。
歳をとるごとに時のスピードって速く感じますね。

「平成」の元号も残り7ヶ月。

先月は仕事の疲れとかでブログ書く気になれず、ブログ開設以来最も少ないたった6本しか書けませんでした。2ヶ月連続10本以下でほんとにサボり気味になってます。
今月は最低10本以上は書きたいですね。

先週金曜日〜今日にかけては台風24号が日本列島を縦断し、関東でも昨夜〜今日未明にかけて暴風が吹き荒れ大きな影響が出ました。鉄道も昨夜は早めに運転を打ち切ったりしました。

先週末はほんとにいろんなニュースが飛び込んできましたが、私は昨夜は台風を気にしつつも故郷である沖縄県の知事選挙にずっとPCの前で見入ってました。

8月に翁長雄志前知事の死去で、当初来月11月に行うはずだったのを2ヶ月前倒して行われた沖縄県知事選挙は昨日投開票が行われ、翁長前知事の意思を引き継ぐ自由党幹事長で前衆議議員の玉城デニー氏が40万票近くを獲得し、自民党などの国政与党や右派勢力が推薦する前宜野湾市長の佐喜眞淳氏らを破って当選を果たしました。

台風24号接近で沖縄県内では今日になってもまだ停電が続く中、投票率が気になってたがかなりの注目度と期日前投票を徹底してたとあって60%余だったようですね。


当初は翁長前知事の再選を見込んでて11月に行う予定だった知事選、対立候補は「打倒翁長」で夏までには佐喜眞前宜野湾市長に決まってて、このままじゃ佐喜眞氏に軍配がいくのかと思われたが、そこで突然の翁長氏死去。

翁長氏の再選で動いてた革新勢力や保守系左派勢力の政財界らのいわゆる「オール沖縄」は後継者選びで翻弄し、いったんは副知事だの県議会議員だの、支持母体の大手企業の会長があがってたが、その後翁長氏の生前の「遺言」の録音で玉城デニー氏の名前が挙がり、結局玉城デニー氏が立候補することになりました。

玉城デニーという名前があがってたときにはまず立候補すべきと思ってたし、佐喜眞氏と戦えるのはデニーさんしかいなかったんですよ。他の人が出たらまずやられてたでしょうね。
支持母体の有力企業の金秀グループの会長なんて勝てたかもしれないが県知事なんてやる気ないでしょうしね。

ここからデニーさんにぜひ知事になってもらいかったですね。
それまでは佐喜眞さんが知事になって変えていくのかと思ってたんですけどね。

玉城デニーさんは小沢一郎自由代表の最側近で幹事長を務め、沖縄市議から15年も政治家(最初の2005年の衆院選には落選したけど)をやってきたのですが、デニーさんの知名度と人気は政治家によるものではないんです。

政治家になる前の1990年代〜2000年初めのタレント活動、そしてラジオのパーソナリティーをやってきたことが知名度と人気につながってるんです。

沖縄の政治家はこれまでタレント政治家なんてほとんどいなかったのでこれが画期的だと思います(沖縄県議や那覇市議に人気お笑い集団所属出身はいたけどね)。

玉城デニーさんは1990年代に地元民放の琉球放送(RBC、TBS系)のラジオ(現在はRBCiラジオ)の平日午後の帯番組「ふれ愛パレット」のメインパーソナリティーを務め、しかも沖縄県庁や県議会議事堂、那覇市役所、琉球新報の向かいで、沖縄都市モノレール(ゆいレール)の県庁前駅に直結しており、地元唯一のデパート「リウボウ」が入ってるパレットくもじという沖縄県内一等地で中心部のビルからの公開生放送だったのでリスナーとの距離も間近で近い。

那覇に来たときには遊びに立ち寄る感じで見に来たリスナーも多かったと思う。
ライバルで現在も放送されてるFM沖縄の「ハッピーアイランド」とは人気は互角で、ラジオ沖縄(ROK)も対抗する番組やってた。

私はそれほど聴き入ってなかったけど、中高生時代にRBCラジオの夜の番組のリスナーやってて、リスナー同士で集まってやってたからその仲間でデニーさんの番組のリスナーは多かった。

たまに聴いてるとデニーさんの人のよさがやはり伝わってましたよ。何かやってくれるのではと当時からそう思ってました。
実際、デニーさんには会ったことないが番組でメッセージ読まれたことはあります。

テレビ番組に出てたし、CMにも出てたのでは知名度と人気は十分にあります。

沖縄ローカル限定なので、本土の人に言わせれば「こいつ誰?」「だから何?」と思われるかもしれないが、2002(平成14)年に沖縄市議に当選して、2009(平成21)年に民主党から衆院選で当選したときにはとても嬉しかった。デニーさんが政治家デビューするときには私は上京してたけどね。

デニーさんの名前が政治家として東京発の全国のニュースで流れるとこれで知名度も広がり、もう沖縄限定の人じゃないんだとさらに嬉しくなりますね。
小沢一郎という有名政治家の下で大活躍でしたね。小沢ブランドが自分を広めていったかもしれないしね。

衆議議員時代は小沢の側近として活躍してきたが、これからは県知事として145万沖縄県民の舵を切るのとともに、タレント時代に培った知名度を生かし、そして県民により添い、身近な知事になってほしいものです。

今回の知事選は全国でもかなり注目され、先月16日には安室奈美恵の引退もあり、選挙戦がこの日とかぶってました。
一方で佐喜眞氏とお互いに中傷合戦もあり、事実かどうかわからない中傷ビラも出回ってたみたいですね。

沖縄の選挙戦は本土他県は違った特徴もあり、中傷ビラなんて前からやってますよ。
20年前の県知事選にたまたま集会に行ったときにもらった資料がほとんどが相手候補の中傷ビラでした(結局その相手が当選しましたけどね)。

翁長前知事の弔い合戦もあってお互い必死で戦ってたと思います。
落選した佐喜眞氏でさえ30万票余り獲得してたし、若年層ほど佐喜眞氏が多かったみたいだしね。

そして国政のほほすべての政党がデニー氏、佐喜眞氏のいずれの候補に推薦または支援にまわってました。

佐喜眞氏は自民党、公明党の国政与党のほかに日本維新の会、希望の党の右派政党が推薦し、自民党は三役クラスらが沖縄に来て、菅官房長官や小泉進次郎なんか2〜3回も応援演説してたみたいだし、小池百合子東京都知事まで応援演説行ったのには驚きました。自民党は総裁選以上に総力戦でやってきたと思います。

一方、デニー氏は県民感情に配慮して国政中間・左派野党の立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党、自由党は推薦でも支持でもなく支援にとどめて、党首や幹部クラスも沖縄へ行って応援演説したようだが、デニー氏と一緒に演説することはしなかったみたいですね。


デニーさんは翁長前知事の意思を継承しつつ、デニーさんのカラーを出していくと思うが、普天間飛行場の辺野古移設(「辺野古新基地」という人もいますが)が最大の課題でしょう。

止められるならぜひ止めてもらいたいが、もう一部埋め立てている以上なかなか厳しいとこもあるでしょうね。

貧困対策や経済対策ももちろんしっかりやってほしいし、観光客も外国人を中心に増えていくでしょうし、本土の大手企業がどんどん沖縄進出していくのもいいと思います。

沖縄は日本の尻尾の先、辺境ではなく、東アジア〜東南アジアにとっては経由地としていい場所だからそちらを生かすべきだと思います。

リゾート地としてもハワイ、グアム、サイパン、バリ島などと肩を並べるほどまでに成長してほしいしね。


もう長く書いてるので、最後に私からデニーさんにやってほしいのが2つあります。

1つは自分のラジオ番組やってほしいね。
やはりタレントしての経験、ラジオパーソナリティーとしてリスナーやファンを広めていった実績は生かすべきだと思います。

かつて俳優やタレントとして活躍し、国会議員や大臣を務めた経験のある千葉県知事の森田健作さんだってTBSラジオやbayFMでレギュラー番組やってるのだから、デニー知事もそれはできると思います。
RBCiラジオやFM沖縄あたりで土日にレギュラー番組やってもらえればリスナーは集まると思いますよ。
「県民に近い知事」ならぜひやらない手はないと思いますよ。

あともう1つは日本テレビ(日テレ)系列局を作ってもらうこと。
支持母体のメイン企業の金秀グループはかつて日本テレビ系列局を目指すはずだった「南西放送」を作って、1995(平成7)年にテレビ朝日系の琉球朝日放送(QAB)と同時開局しようとしました。

しかし、沖縄進出に積極的だった日テレ側がバブル崩壊や今後のテレビ事情を踏まえて新局開局を断念しそのまま頓挫してしまいました。

地上波テレビ局はその後のデジタル化、ネット配信とかで1999(平成11)年の栃木・とちぎテレビを最後に新規開局行っておらず、放送関係を管轄する総務省も積極的ではないように思えます。

最近では沖縄に日テレ系がないのは本土の人でも驚くほど、ネットでもネタにされます。
他系列とのクロスネットも含め日テレ系(NNN)がないのは沖縄だけ。
 
日テレ系のNNN全国ニュースや日テレNEWS24は沖縄のニュースをよく取り上げてくれます。
日テレ系のゴールデンプライム帯の番組は遅れネットながら沖縄テレビ(OTV、フジテレビ系)や琉球放送でほとんど放送してるし、沖縄テレビは24時間テレビ、高校生クイズ、高校サッカーの放映権もある。
あと巨人のキャンプだってやってるし、オープン戦や2軍戦だけだが主催試合もやってもらえるし。

 
ぜひデニー知事と金秀グループには自ら日本テレビ本社に直接出向いて沖縄に新局開局進出を要請してほしいんですよ。
あとは読売新聞と沖縄の関係だけどね。

 
沖縄は朝日新聞や日本経済新聞を購読する人は少なくないでしょうけど。

 
ちなみに金秀グループはラジオ沖縄の筆頭株主だそうです。


 
玉城デニーさん、沖縄県知事選挙当選おめでとうございます!!!
これからの活躍期待しています。

翁長沖縄県知事死去

また10日間もブログ放置してしまった。
ほんとに書く気が失せますね。書きたいことはいろいろあるけど。

それはさておき、早速本題に入ります。

先週8日、沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が膵(すい)臓がんで67歳で亡くなったそうですね。

元々自民党員で那覇市議、沖縄県議をへて、自民党沖縄県連の幹事長もやられて、2000(平成12)年に保守系として那覇市長に就任。左派・革新系がなることが多い中で数少ない保守系市長で、市長選挙では「革新疲労」と四文字で強調するほどでした。

那覇市長は14年間務めたそうだが、米軍住宅地区の跡地に完成した那覇新都心の開発だとか、1980年代からほとんど30万人前後で横ばいか微減だった市の人口を2万人増加させたし、そして野球場を県から移管して造り直してプロ野球公式戦と巨人の春季キャンプを誘致に成功しました。

那覇市長としてはなかなかの実績で同じ保守系だった県知事ともうまくパイプがつながったと思います。
 

普天間飛行場の県外移設やオスプレイ反対の県民集会を仕切ったり、2013(平成25)年1月には沖縄県議、県内の市町村長や議会議長がこぞって上京して「建白書」なるものを安倍首相に渡して、日比谷野音で集会をやったのは画期的でしたね。あそこまでやっても安倍首相は首を縦に振ろうとはしなかっただろうけどね。

私も沖縄出身でありながら、これほど沖縄の政治家らが東京に集結してまで集会やデモするようなことはそうないだろと思って、当時この会場には行きました。

翁長知事に関する記事をいろいろ読んでみたけど、父が真和志市(現在の那覇市)の市長や立法院議員(現在の沖縄県議)を務めたこともあってか小学校の頃から「那覇市長になる」という夢はもってたようですね。それを言うのは簡単であっても実現するのはほんの一握り。それを実現していったのが凄いと思います。

自民党にいた頃から実は基地反対だったとこがあったみたいで、賛成のはずの自民党でもそう従わざるをえない複雑なとこもあったみたいだけどね。

父だけでなく、兄も沖縄県副知事を務め、1990年代には当時の大田昌秀(故人)知事の保守系対抗馬として知事選に立候補したこともあるほどでした。

国政には誰ひとり行ったことないので政治家一族とはわかりにくいが、沖縄県内、那覇市内にとっては列記とした政治家一族なんでしょうね。息子も一人は那覇市議になってるしね。

今日、那覇市内で翁長知事の告別式があったみたいで、沖縄県内政界のみならず、鳩山元首相や自由党の小沢代表らも参列してたようですね。

稲嶺恵一元知事の挨拶を見て聞いてると稲嶺氏との関係はそのままだったんなぁと思います。

稲嶺氏が保守系として20年前の1998(平成10)年の知事選挙で3選を目指した革新系の大田昌秀(故人)を破って当選したときの四文字言葉が「県政不況」。これまで弱かった県経済を大いに立て直したのが稲嶺氏。それを那覇市長選でバックアップされたのが翁長氏でやはり2人の関係は崩れなかったですね。

一方、前知事だった仲井真弘多氏とは稲嶺氏の後継として関係はよかったけど、安倍首相になってから「辺野古容認」となって敵対関係になり、2014(平成26)年の知事選では翁長氏が仲井真前知事を破って当選。お互いライバル関係で修復されることなく翁長氏は亡くなっていきました。

翁長知事の政治アクションはほんとに凄まじいものだと思います。

意地としてでも辺野古に新基地はつくらせない、かつて仲間だった前知事との袂を分かっても埋め立て承認を撤回する。

もう無理なんじゃないかと思っても、それでもやり通すという信念はすばらしいと思います。

沖縄県民はもちろん、本土や海外の一部の人もからも賛同を得てる反面、ネット上や本土の人からは反感を買ったりして叩かれたりもしました。見てるとどっちもどっちと思いました。

旧ソビエト連邦(ソ連)のゴルバチョフ元大統領からも地元新聞社あてに追悼メッセージが寄せられるほどでやはり一定の方々には理解されてると思います。

病をおしてまで辺野古新基地に反対を貫いたのはなかなかできないことです。自ら止めることはできなかったが、それはいずれ翁長知事を支持してもらった方々が引き継いでくれるでしょう。

でも現実を言えばもう建設してるし、反対派をどかすかのようにバリケードも厳しくなってきてるし、建設をとめるのは厳しいし難しいと思います。

このまま辺野古を造るにしても、止めるにしてもリスクはあります。これまでの沖縄の戦後史がありますから。

私はここまで造ってる以上はもう造らざるをえないとおもいます。そうしなければいつまでたっても普天間はこのままなんだし。できるなら新たに基地はいらないと思います。

防衛に関しては国の専権事項といっている以上、地方にはどうしようもできないとこもあるでしょう。
辺野古のある名護市の前市長である稲嶺進氏もそうだが、地方の首長が職権であらゆることを使っても止めることはできるが、これが適切なのか、それとも職権乱用なのかも分かれるとこ。ほんとに難しいと思います。

日本は軍隊をもてないが、自衛隊が事実上の軍隊みたいなもので、安倍首相は憲法を改正してでも軍隊なみにするんですよね。「平和主義」っていったいなんだろうね。

自衛隊そのものには反対しません。国防だけでなく、災害のときにも必要だし、過酷な訓練を受けてるし必要だと思います。沖縄は大規模災害に遭ったことないから災害派遣のときの自衛隊の恩恵を受けてないのでいざというときがこわいですね。でも離島を抱えてるし、急患がいた場合は自衛隊ヘリで搬送する場合もありますからね。

翁長知事にはバックアップしてあげてる経済界もあります。金秀グループ、かりゆし、オキハム(沖縄ハム)で沖縄では知らない人はいないだろうし、金秀とオキハムは沖縄の人ならほとんどの人が利用してると思います。

来年沖縄に進出するセブン・イレブンも金秀グループが貢献してるのではと思いますが、やはり翁長知事にもその貢献はあるんじゃないですか?

元々観光や基地に依存してるから県経済は弱いが、コールセンターだの、那覇空港の国際線ハブ化で物流だのいろいろ面で伸ばしていってるし、観光中心とはいえ、基地依存は弱めつつありますよね。

やはり保守系であれ、左派革新系であれ地元企業を中心とした経済界のバックアップがなければ沖縄の発展はないと思います。

私が沖縄を離れてから本土大手の企業がどんどん沖縄に進出してきて、沖縄本島中南部を中心に本土化が進んでるように思えます。
観光客も上昇し、特に2014(平成26)年に那覇空港に国際線現ターミナルビル完成後は国際線の定期航空路も増え、海外からの観光客も多くなってるようですね。

私が子供の頃は道路整備をはじめとして社会資本の整備は進んでたが、観光や基地以外の経済やさっぱりでしたからね。

沖縄は日本の一部でありながら、本土とは別という感じがしました。

来月には沖縄県知事選挙が当初の11月より2ヶ月前倒しで行われるが、翁長知事の後継候補は難航するだろうなぁ。あれだけの実績でもう再選を目指すと思ってたからね。

私はあれだけの病だから果たして再選出馬は大丈夫なのかと思ってたけどね。翁長氏を支持する「オール沖縄」の勢力の有力候補はほんとに高齢が多いから、若手があまりいなさそうだよね。いたとしても知名度と貢献力が必要だからいったい誰が立候補するだろうね。

一方の自民党は宜野湾市の佐喜真市長が出馬をすることが決まり、佐喜真市長の後継の市長選候補をほぼ固まってきましたね。そこはあと政策を固めたら万全でしょうけど、2ヶ月早まったから油断はできないと思います。

自民党のほうが有利と思っちゃうかもしれないが、これだけは読めないですね。

9月30日投開票だそうだけど、ほんとにわからないですね。

最後に翁長知事が表明した辺野古埋め立て承認撤回。あれも棚上げせずに職務代行者の副知事が中心になって進めるようだけどはたしてどうなることやら…。

翁長知事のご冥福をお祈りするととともに、今までお疲れさまでしたとありがとうと言いたいですね。

名護市長選挙

もう10日近く前のことですが、今さらながら書きます。
 
先週4日に投開票が行われ、アメリカ軍普天間飛行場の辺野古移設が争点だった沖縄・名護市長選挙。
結果は自民党・公明党・日本維新の会が推薦する新人で前市議の渡具知武豊氏が、民進党・共産党・自由党・社民党・沖縄社会大衆党(社大党)の推薦と立憲民主党が支持する現職の稲嶺進氏を破って初当選を果たしました。

名護市にとっては8年ぶりの保守市政奪還となりました。

事前の情勢調査でも現職の稲嶺氏有利だっただけに、このうっちゃりの逆転劇は意外でした。
私も速報で知ったときにびっくりしました。

現職だった稲嶺氏は辺野古反対派なのに対し、当選した渡具知氏は辺野古容認派。
しかし、辺野古反対でも渡具知氏に入れた人は少なからずいたそうで、特に若い世代ほど多いとか。

辺野古反対だけ言ってるよりも現実を見て投票したんだろうなぁ。
期日前投票も多かったみたいだし。

渡具知氏側は菅官房長官、二階自民党幹事長、高村自民党副総裁ら大物が来たほか、小泉進次郎氏(筆頭副幹事長)も2度も遊説に来たそうなので、そうとう力を入れてたようですね。

一方の稲嶺氏側も共産党の志位委員長、自由党の小沢代表、社民党の吉田党首が応援にきたり、民進党や立憲民主党もそれなりの大物が来たりして力を入れてたようだけどね。

あと稲嶺氏がパンダを誘致しようとか言い出すと、渡具知氏はスターバックスコーヒー誘致しようとか出てたみたいだが、さすがにパンダには驚きました。

沖縄にパンダって平均気温が20℃以上ある亜熱帯で大丈夫なのかと思ってました。しかも稲嶺氏側の翁長沖縄県知事も容認してましたね。

正直、今回の名護市長選挙、ほんとに読めなかったです。
どうせ現職の稲嶺氏が勝つでしょと思ってたけど、渡具知氏の反撃が思った以上に凄かったということですね。

私がもし名護市民だったら渡具知氏に入れてたかもしれないですね。

8年前の2010(平成22)年に稲嶺氏が初当選したとき、当時の首相はあの鳩山由紀夫氏。普天間問題を辺野古以外でやってくれるのだろうかと思ったが、その数ヶ月後に鳩山氏は諦め投げ出して辞任。
あれだけ期待しても辺野古は進み、反対派の運動も過激になってきました。

稲嶺氏が再選した2014(平成26)年、10ヶ月後に行われた沖縄県知事選で自民党から共産党や社民党らの左派系に推された前那覇市長の翁長雄志氏が自民党系の現職仲井真弘多氏を破って当選。これで少しは流れは変わってくれるのか期待してましたが、やってきたのは閉塞感と対立ばかり。

なんとしてでも辺野古移設を阻止しようと稲嶺市長とタッグを組んでやっただけ。
それでも辺野古は着々と進んでおり、いくら反対運動やろうが、もう手遅れなんだよね。

建設してる以上はそれをただただ見てるしかないよね。それでも反対派はほぼ毎日、機動隊らの警備に抑えられながらもやってるからね。あれも根性だよね。

機動隊も本土の警察から応援呼んでるのなら、警備も本土から派遣されてるらしい。

翁長知事だって、稲嶺市長だって、辺野古に座り込んでる反対派だって辺野古新基地建設阻止できたら、それが歴史に残され英雄扱いされたいんだろうなぁ。

戦争は誰だって反対だしやりたくもない。沖縄が平和な島にしたいのは誰もが思うこと。
だが、ある程度の防衛はしないと平和の島が平和でなくなるかもしれないのも現実。

米軍基地どころか自衛隊来るだけで戦争起きたら的にされると嫌がられたりするようだけど、災害の時に自衛隊が一番役に立つということは沖縄の人はあまり知らないと思う。

沖縄は台風銀座だが、自衛隊が緊急出動するような大きな災害は最近あまりない。
自衛隊がどれだけ人のために役に立ち、国の防衛のため、人のために厳しい訓練してるのか知らない人も少なくないと思う。

自衛隊を差別するような発言をした市議会議員もいるくらいだし。

日本最西端の与那国島に国境警備のために自衛隊が配備され駐屯地が置かれたが、そのおかげで人口は微増している。国境防衛もそうだが、台風で大きな被害があったときにはすぐにも対応できるというメリットもある。


先週8日に渡具知氏は正式に市長に就任し、今日には上京して安倍首相らと会ったそうだけど、辺野古反対派の稲嶺氏が8年間やってきたことをどう転換して変わっていくかが、これからの使命といえよう。

稲嶺氏が市長だった8年間は補助金も一切受けず、一括交付金やふるさと納税などで財政をまかなったそうだが、受けなかった分を取り戻すのでしょうかね?

道路整備とかで見返しするようですが。


これからの名護市政を注目するとともに、11月の沖縄県知事選が楽しみになってきました。
翁長知事の対立候補は早めに決めておく必要はあるでしょう。
名護市長選の勝利の流れは止めたくないだろうしね。

今年は沖縄では選挙が多い、いわゆる選挙イヤー(その代わり全国的に統一地方選が行われる来年は選挙が少ない)。
これからも市長選挙が続くため、一概にはいえない。
翁長知事勢力の「オール沖縄」もこのままでは食い下がれないし、一方で自公系の「チーム沖縄」はこの流れに乗っていきたいでしょうね。

今後、11月の県知事選までいったいどうなるでしょうかね?

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