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一隅を照らす
■はじめに―強烈な危機感と伴に
平成十五年、政治の道を志すことを心に定めてからというもの「いろんな所で街頭演説やっているけど、政治家になって一体何がしたいの?」と、よく聞かれたものです。
少し古い話ですが、平成十二年の一年間、社団法人松山青年会議所(松山JC)第四十八代理事長を拝命した関係で、県や市の様々な分野の公職に就かせていただきました。その経験を通じて知り得たこと。それは、議会や行政における「保守主義」の不在でした。何を変えるべきか、あるいは変えざるべきか、その判断基準が「価値の多様性」とやらに流され、明らかに漂流していると私には感じられました。それは、居ても立ってもおられぬ強烈な危機感を伴うものでした。
その後、日本JCに出向させていただき、教育基本法改正の提言書をまとめ当時の小泉総理大臣に提出するなど、教育改革の活動に関わることでこの思いは更に強まりました。と、同時に民間での活動の利点ばかりか、その限界並びに国を動かす為の地方の大切さを実感しました。
郷土愛媛にしっかりと根を下ろした人づくりによるまちづくりを、より直接的に行いたく政治の世界に飛び込む決意に至りました。以来、多くの皆様のお支えをいただき、平成十九年四月、愛媛県議会議員に初当選させていただきました。
■善き個性の開花を目指して
私の政治活動の目的は、人類の安心・平和そして幸福です。地球上にあまたの民族が生を享けています。諸民族の幸福のためには、各々の民族がそれぞれの歴史や伝統によって育まれてきた善き個性を開花できなくてはなりません。少数民族弾圧や人種差別などに阻まれることなくこれを邁進させ得る国際社会の実現が望まれます。
その為に先ずは日本が自らの善き個性の開花を追求する行動―真の意味での独立国家日本の建設―を始めねばなりません。例えば北朝鮮による拉致問題は現在進行形の誘拐事件であり、人権侵害であり、国家主権の侵害です。自らの主権を自らの手で守れてこその独立国家です。日本はどうなのでしょう。
■今の社会を出現させたもの
この拉致問題では愛媛県にも三名の特定失踪者がおられます。愛媛県民として日本国民として「絶対に見捨てない」との意思表示とともに、一日も早い全容解明と問題解決に取り組まねばなりません。被害者の皆さんは、今この瞬間も救いを待っているのです。日本が真の意味での独立国家たり得るか否かは、この問題の解決にかかっていると言っても過言ではないでしょう。国際社会においては国家としての独立を確保せねば人権も確保できないのです。
これらを巡って浮かび上がるのは、個と公についてきちんと触れる国民教育の不在です。戦後教育の見直しが急務であることは論ずるまでもありません。いかに言い繕っても今の社会を出現させたのはこれまでの教育なのですから。
愛媛においても県と各市・町教育委員会の更なる連携強化を図り、いじめの放置、常軌を逸した過激な性教育、男らしさ女らしさを否定するジェンダーフリー思想の流布等といった子供達に有害な誤った指導を阻止し、学習指導要領に沿った家族と郷土と祖国に誇りの持てる健全な教育の徹底に取り組まねばなりません。
私は、然るべき教育の実現により、愛媛から明日の日本を牽引する人材――誇りある溌剌とした惻隠の情に溢れる日本人――を豊富に輩出する郷土愛媛づくりを目指し、これに人生を投じる所存です。
■保守主義について
人間、十年生きただけでも多くを学びます。一生涯となればかなりの学びが残るでしょう。何世代も蓄積すれば相当なものでしょう。これが日本という国家共同体では幾十世代以上に亘って何千年もの間積み重ねられてきました。
国家の伝統=祖先の叡智に畏怖の念を抱き、これを保ち守り、この国をこの郷土を次の世代に渡してゆく。私の言う「保守主義」とはこのような考えです。「保守的」と「保守主義」は全く別のものです。根拠無き前例主義は「保守的」ですが、祖先からの叡智を価値判断基準として新しい様々を採り入れることは「保守主義」です。論語にある温故而知新、 可以下為師矣(故きを温ねて新しきを知る、以って師と為るべし)というのは祖先の叡智からこそ新しきことを知り得るとの教えだと思います。
■おわりに―政治姿勢について
一燈照隅萬燈照國。この言葉は、小さくとも自らが一燈となり照らすべき一隅を照らし、そしてそれらが集まり万燈となった時、あまねく世の中を照らすことができる、という意味です。
例えば、経営者がカネばかりを追いかけると、間違いなく顧客に見限られるのと同じで、政治家が派手なパフォーマンスや耳あたりのよいキャッチフレーズで安易な人気取りばかりやっていては有権者に愛想を尽かされるでしょう。政治とは地道なものであると信じます。目立たなくとも信念を持って、自らの照らすべき一隅を照らし続ける、そのような姿勢が政治家には不可欠です。
自反而縮、雖千萬人吾往矣(自ら反みてなおくんば、千万人といえども吾往かん)。この孟子の言葉が心に残ります。己の信ずる道に万人の賛同があるからといって充分なわけでなく、また賛同者が己のみだからといって少な過ぎるわけでもない。と、私はこのように解釈しています。最初は己以外全てが敵であっても、信念を持って地道に取り組むことで、必ず道は拓けるものと確信します。
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