田舎暮らしライター・山本一典の田舎雑記

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廃プラ問題が国際化

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 ペットボトル、洗剤、買い物袋など、私たちのまわりにはプラスティック製
品が溢れている。ここ数年、それが環境破壊につながることは盛んに報道され
てきた。どれだけ効果が出ているかは不透明だが、この動きは日本だけに留ま
らない。つい最近、スイスで開かれたバーゼル条約の契約国会議で、汚れた廃
プラスティックの輸出入が国際的に規制されることになったのだ。2121年
以降、輸入国政府の同意がなければ輸出ができなくなる。
 プラスティック自体も魚の胃袋から大量に発見されたりして問題になってい
るが、廃プラは汚染されているものだけに扱いが難しい。洗浄を行うと、かえ
って環境に負荷を与えるケースもある。当然、コスト負担にもつながるので、
問題の解決は簡単ではない。だから関係者は「汚れた」の定義がどうなるかに
注目しているようだ。
 プラスティックはもともと石油が原料。石炭のときは燃料にならないボタが
問題になり、原子力のときは核廃棄物の処理が現在進行形で問題となり、その
中間に位置する石油も後年になって大問題に発展する。こう言っては失礼かも
しれないが、エネルギーの専門家は科学者としてどれだけリスクを想定してき
たのか。甚だ疑問である。どんなエネルギーにもリスクはあるのだろうが、こ
のままだと再生可能エネルギーも問題が出てこないか心配だ。
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葬式参列の範囲

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 自分が年を取ったせいで、儀式で呼ばれるのは葬式が圧倒的に多くなった。
結婚式のほぼ10倍くらいだ。田舎は近所の人に参列をお願いする「キカセ」
という習慣もあるので、余計に数が増えるのだが、いまは夫婦のどちらかが香
典を持参するだけなので楽になった。自宅葬の時代は「同じ葬式班は1家族の
手伝い人2名」という決まりがあり、仕事とどちらを優先するか頭を抱えるこ
ともたびたび。懐かしい思い出ではある。
 でも、本当に大変なのは遠くの葬式。私は北海道生まれだから、叔父さん、
叔母さんの不幸があれば、飛行機に乗って駆けつけた。叔父さんはもう1人し
か残っていないが、時間の問題ではある。そのときは極力、足を運ばねばなる
まい。考えてしまうのは、膨大ないとこたち。実際、亡くなる人もボチボチ現
れているのだが、ここまで範囲を広げると大変な費用負担になる。ここが線の
引きどころかな、と考えてしまう。
 実は先日、野球部の後輩が亡くなった。これが2人目だが、急な知らせで知
人に香典を頼むのが精一杯。でも、野球部の同期、監督、お世話になった先輩
が亡くなったらどうしよう。とくに監督は恩人みたいなものだから、優先度は
高くなる。仕事関係では、過去に恩人と呼べる2人の葬式に参列した。ともに
私の本を出してくれた人なので、当然といえば当然の話。私の近親者、妻の血
縁者にもしものことがあったら、これもスルーできない。この世に生きている
限り、義理張りはついて回るのである。

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香典袋の話

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(思い切り朝寝坊)近所で大きな葬式が発生すると、私も帳場を頼まれること
が稀にある。帳場とは、香典を受け取り、中身を確認し、香典帳を作製し、最
終的には香典帳と現金に違いがないことを遺族に告げて渡す役割のこと。震災
後はセンター葬が100%になって農協の職員が手伝ってくれるようになった
が、自宅葬のときは地元の人間だけでやっていた。お金を扱う仕事だけに、葬
式ではもっとも神経を遣う役目である。
 とはいえ、裏の別室でバカ話しながらやる作業なので、さほど苦でもない。
ただ、いちばん面倒なのはお札を数えるとき。いまは香典返しを辞退する新生
活運動も普及したので、金額は3000円と5000円が多いが、その場合は
簡素な香典袋が普通。糊付けを剥がすだけなので、仕事はやりやすい。問題は
高額な香典で、ヒモを解いて内袋を開いてという作業は本当に大変。先日はさ
らに内袋まで糊付けしているものもあって、「こういう人は帳場やったことな
いんだな」と話題になった。
 本当は紐付きも遠慮してもらいたいくらいで、みんなが袋だけだったら帳場
の仕事はどんなに楽だろうと思う。都会の人は近所の葬式の手伝いなんかやっ
たことないだろうから、立派な香典袋を選びがち。現金を抜いた空袋も遺族に
渡すが、金額は気にしても袋なんかいちいちチェックする遺族は稀だろう。
ころで、結婚式の受付はさすがにやったことはないのだが、もし葬式と同じこ
とをやるとすれば本当に大変な作業に違いない。ちょっとした裏話だが、簡素
な袋の方が会計係は助かるのである。

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女性天皇と女系天皇

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 最近、産経新聞社とFNNが行った合同調査によると、女系天皇に賛成する
人は64・2%(他の報道でも約7割)。ただ、女性天皇と女系天皇の違いを
理解している人は半分にも満たなかった。皆さんはご存じだろうか。皇室典範
では「皇位は皇族に属する男系の男子が継承する」と定められている。いわゆ
る万世一系だ。この原則に従えば、現在の皇位継承者は秋篠宮さま、その長男
の悠仁さま、皇后さまの弟の常陸宮さまのたった3人である。
 先日、秋篠宮さまの発言が話題になったが、常陸宮さまは年齢的に考えて可
能性はほとんどないので、現実的には悠仁だけとなってしまう。この前の刃物
事件は、現在の天皇制を根幹から壊しかねない事態だったわけだ。ただ、それ
にしても男性の皇位継承者が少なすぎるので、天皇制を維持するためにも女性
・女系天皇がいてもいいじゃないか、という国民が増えた。実際、小泉首相の
ときにその議論になったのだが、悠仁さまの誕生で立ち消えになった経緯があ
る。断固反対したのが安倍さんだったらしい。
 仮に女性天皇を認めれば、愛子さまが皇位継承者になる。奈良時代や江戸時
代にも女性天皇は8人存在しており、歴史が180度変わるわけではない。た
だ、そのときも父親が男性の天皇という条件が付いていたので、女性天皇の子
どもが次の天皇になったわけではないのだ。いま女性の皇族は7人いるが、愛
子さまを除けば成人した未婚女性ばかり。結婚すれば皇室から離れることにな
る(それを止める女性宮家という論議もある)。愛子さまの子どもを皇位継承
者にすれば、当面の危機は回避できそう。ということで女系天皇が一気に注目
を集めているわけだが、まずは女性天皇を認めなければ話は始まらない。女性
天皇と女系天皇の違い、おわかりいただけただろうか。

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下水道と浄化槽の違い

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 わが家は少量の水でし尿を流す簡易水洗トイレ。大量の水を使う普通の水洗
トイレが当たり前の生活から離れて、もう18年が過ぎてしまった。簡易水洗
は定期的な汲み取りという面倒はあるものの、清潔感は保てるし、臭いもほと
んど気にならない。でも、田舎の住宅に住む人の多くはトイレの水洗化を望む
もの。公共下水道か農業集落排水が整備されていれば、都会と同じようにリフ
ォームできる。
 しかし、そういうインフラが整った場所は極めて限られているので、合併浄
化槽を設置するのが一般的だ。昔はし尿のみを処理する単独処理浄化槽が使わ
れたが、処理能力が低いため製造停止に。現在はトイレだけでなく台所・風呂
・洗面所の水も同時に処理する合併浄化槽の使用が義務づけられている。定価
は80万円くらいするが、補助金を利用すれば半額くらいで設置可能。スペー
スも小型トラック1台分くらいあれば充分だ。
 浄化槽の水洗トイレでも使い勝手は公共下水道とまったく変わらない。ただ
し、清掃が年に1回以上、装置がきちんと動いているかをチェックする保守点
検が4カ月に1回以上、ほかに法定検査、ブロアーを動かす電気も必要。年に
6〜7万円の費用がかかる。もちろん、公共下水道だって使用料はかかってい
るが、お金を払うだけでメンテナンスはないに等しい。都会人はそういう生活
に慣れているので、自然災害でインフラが使用不能になるとパニックになって
しまうのである。

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右折事故の再検証

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 滋賀県内で起きた保育園児の死亡事故。少しずついろんなことがわかってき
た。信号が青なのに向かってくる直進車をよく見なかったと供述した女性。そ
の真意は、「前に右折する車がいたから自分も行ってかまわないと思った」と
いうことらしい。これには伏線があって、通勤時間帯は右折するのにものすご
く時間がかかる。事故が起きたときは空いていたようだが、前の車が右折した
から大丈夫、という判断が働いたようだ。
 矢印で知らせる右折信号は時間が短い。あるテレビは9秒と伝えていたが、
確かにそれは私も実感している。郡山くらいの都会になると、右折するのに3
回も信号を待たなければならないことが多い。だからといって彼女の理屈は通
用しないが、右折信号に関しては構造的な問題もありそうだ。見通しのいい田
舎道のあちこちで一時停止させるより、交通の専門家はもっと科学的に事故の
メカニズムを分析すべきではなかろうか。また、昨日のテレビでは地方によっ
て異なる特殊なルールもあるようで、これも検証に値する。
 今回の事件、表には出てこないが右折した前の車も大いに関与していること
になる。その車に責任がないとしても、直進車は青の交差点でスピードを緩め
るという判断はしないだろう。矢印信号が消える前に少しだけ黄色になるが、
これは「注意して渡れ」という意味もある。でも、本当の注意は対向車だ。
は右折で事故を起こさない自信はあるが、どうもこの事件は腑に落ちない。ち
ょっとだけ加害者も気の毒に思えてしまうのである。関係者には場当たり的で
ない、本当の問題解決をお願いしたい。

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ネットと部落問題

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 先日の朝日新聞で、娘の結婚相手が被差別部落出身と突き止める父親の実話
を紹介していた。いまから50年ほど前までは、「部落地名総監」なるものが
銀行などの就職の身元調査に使用することが社会問題化していたが、その父親
はネット検索であっさり見つけたのだという。西日本へ行くと「同和」と書か
れた文字は役場の垂れ幕でも目にしたし、この問題が根本的に解決していない
ことは確か。それにしてもネットが差別の温床になっているとは、ちょっとび
っくりした。
 私が移り住んだ福島では集落という意味で部落は日常的に使われているし、
写真のように「部落内徐行」と書かれた看板さえある。「福島だって被差別は
ある」と数十年前に聞いたことはあるが、表立ってそういう問題を耳にしたこ
とはない。とりあえずネットの話は本当なのかと調べてみたら、何と福島の同
和地区が出てくるではないか。30カ所以上あり、私が知っている地名も少な
くない。二重にショックを受けた。
 私は大学時代にアメリカ黒人文化研究のゼミにいたので、愛媛県出身の同じ
ゼミ生に「被差別部落出身の女性とは結婚できない」という言葉を聞いて「ど
うしてお前は平気で黒人文化の研究ができるんだ」と大喧嘩した記憶がある。
でも、こういう問題は身近で見聞きしないとわからない部分もあるのだろう。
人間の先入観はなかなか変えられるものではない。それにしてもネットで簡単
に検索できてしまうとは、恐ろしい時代である。

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土門拳のリアリズム

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 急に土門拳の写真集を目にしたくなったのは、郡山美術館で開催されている
「フジフィルム・フォトコレクション展『私の1枚』」がキッカケ。木村伊兵
衛の「秋田おばこ」の美しさに感嘆させられたが、土門拳の1枚は「弥勒堂釈
迦如来坐像左半面相」。確かに日本文化への傾倒が強かった写真家ではあるけ
ど、やっぱり私にとって土門拳は圧倒的リアリズムの人であり、数多ある作品
集の中では「筑豊の子どもたち」だ。
 作品集の初出はちょうど私が生まれた頃に発表されたもの。日本は石炭から
石油へのエネルギー転換を図り、その労働者と家族は国から見捨てられた。そ
の半世紀後に原子力被災者になる私たち福島県民と、通じるものがある。写真
集の表紙に登場した少女るみえちゃんは、父親が入院したため出稼ぎでいない
母親を待ちながら、朽ちた炭住で妹と一緒に暮らしている。指を噛むるみえち
ゃんは美しさだけでなく、筑豊の不条理を全身で訴えていた。写真に添えられ
た「るみえちゃんの一番の心配は、焼酎が買えない日のお父さんのきげんの悪
いことだ」という一文にも、はっとさせられる。
 土門拳という写真家のすごいところは圧倒的リアリズムであリながら、冷静
に意思を伝えていること。木村伊兵衛は「写真はメカニズムである」と言った
のに対し、土門は「カメラは道具に過ぎず、写真を撮るのは人間であり、思想
である」と発言したそうだ。私が師と仰いだ編集者の宮永秋彦さん(故人)は
筑豊の出身で、長倉洋海さんの写真集を手がけた人。生前、宮永さんは筑豊の
話を何度かしてくれた。みんな遠い遠い存在だが、どこかでつながっている。
ノンフィクションが商業ジャーナリズムとして失速し、誰もが日々スマホで膨
大な量の写真を配信する時代になっても、土門拳の作品は決して色褪せない。
時代を超え、現地のにおいまで感じさせる。本物は違うな、と改めて思った。

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30年間で787万人

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 日本は本格的な人口減少社会を迎えたわけだが、総務省の発表によると平成
の30年間で減った子どもは787万人と判明。15歳未満の子どもが232
0万人から1533万人にまで減ってしまったのだ。少子化という言葉に慣れ
た私たちでも、この数字を見るとちょっとドッキリする。
 さらにデータを細かく見ていくと、男子は785万人に対し、女子が748
万人と男子の方が37万人多い。今後も独身男性が増えていくものと予想され
る。これは有名なデータだが、一極集中が進む東京都は8000人増え、沖縄
県は前年と同数。その他はすべて減少している。増田レポートを裏打ちする結
果となった。
 少子化がこれだけ進むと、当然のことながら高齢化も同時進行。97年以降
は65歳以上の高齢者が子どもより多くなっており、今年は高齢者の割合が2
8・3%と子どもの倍を超えている。すごい逆ピラミッド型になっているわけ
だ。子どもを産む産まないは本人の自由だし、何より子どもを育てたくてもさ
まざまな理由でできない人が増えている。だからこの問題を根本的に解決する
ことは不可能だが、共生への模索は続けていかなければなるまい。

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持ち家か賃貸か

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♪いつもの家賃で家が建つ〜じゃないが、「住まい買うか借りるか」という古
くて新しい問題提起を朝日新聞がやっていた。「負動産」という流行語に寄与
した朝日だけに賃貸が主流かと思いきや、849人にアンケートした結果、持
ち家派が624人、賃貸派が76人。こんなに大差が付くとは意外である。
ち家派の理由はさまざまだが「老後に家賃の心配をしたくない」「貯金が底を
突いたとき、担保にできる」「部屋を自由にデザインできる」など。一方の賃
貸派は「好きな場所にいつでも引っ越せる」「持ち家は始末に困る」「引っ越
しで荷物を減らせそう」といった意見が挙げられていた。
 私自身は家を買おうと思ったことなど一度もない。空くじでも当たれば血迷
ったかもしれないが、個人事業主として節税にでもならない限りメリットが見
当たらないからだ。ただ、このテーマは都会か田舎かでも判断が違ってくる。
写真は18年前から借りている庭・畑付きのわが家だが、大家には「家賃は年
間20万円」「使う予定はないから住みよいように直していい」と言われた。
だから家賃や退居の心配、トラブルのリスクは最初から想定しなくてよかった
のである。お互いの信頼関係で決めたから、契約書すら作成しなかったくらい
だ。当時は田舎の貸家も少なかったから、本当に有り難かった。
 いくら年間20万円でも、18年借りればトータルで360万円払ったこと
になる。いまの田舎家の相場なら購入してもおかしくない金額だが、田舎の家
は権利関係が複雑。相続登記もしていないケースが多いので、仮に相談しても
不可能だったと思う。引っ越してきたときお隣から「いずれいなくなるんでし
ょ」というニュアンスのことは言われた。賃貸にはそういうデメリットは確か
にある。でも、さすがに18年も暮らしていれば、半分は地域の人間と認めて
もらえたはず。田舎の賃貸派はそういう積み重ねが重要である。

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