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●特別史跡大湯環状列石(2)
NO.1
・写真は「大湯環状列石の復元家屋」
筆者は東京近郊に住んでいますが、当日集合場所に行くことは時間的に無理があるため、盛岡に前泊しました。
東京駅から東北新幹線「ハヤブサ」に乗り盛岡駅で下車しましたが、久しぶりに乗る東北新幹線の車内は全席指定にもかかわらず、始終満席なのには感心しました。TVなどで東北大震災の復興があまり進んでいないニュースが時々放送されますが、それとは別に、東北新幹線の賑わいからビジネスマンや外国人観光客の東北地方への移動が活発であることがわかりました。
盛岡駅の改札口付近でパトロール中(?)のポリスマンにホテルの場所を尋ねたところ、親切に近くまで案内してくれました。途中の会話で、近年外国人観光客が盛岡にも多く訪れるようになったと聞きました。盛岡駅のポリスマンのスマートな対応は、震災以後国家的なプロジェクトである外国人観光客の誘致作戦で、東北地方に外国人が多く訪れていることによるものかもしれません。
宿泊したホテルのロビーにもバックパックを背負った観光客と思われる外国人の姿がチラホラありました。
・写真は鹿角花輪駅
・岩手銀河鉄道に乗り鹿角花輪駅へ
目的地の大湯環状列石は盛岡駅より「JGR岩手銀河鉄道花輪線」に乗り、鹿角花輪駅で下車。
盛岡駅からの所要時間は2時間ほどでしたが、この季節の花輪線は緑のトンネル内を列車が進むようで、車内から新緑を満喫しました。
鹿角花輪駅前より巡回バスに乗り、鹿角市内のバスストップをあちこち回った後、大湯環状列石(ストーンサークル館)前でバスを降りました。
・写真は「特別史跡大湯環状列石」の入り口(バス停前)
★特別史跡大湯環状列石(ストーンサークル館と列石見学)
私たちの祖先である縄文人は、自然と共存して狩猟・採集・漁労を生活の基盤としながら定住と協調的な社会を作り上げ、1万年以上の長期にわたる縄文文化を継続しました。
世界的にはその間に農業や牧畜が発展して金属器を使用する社会へと変化して行きますが、日本の縄文時代はそれとは異なっており、同時代の世界の文化と比較すると特異なものとして存在したと考えられています。
世界的にみると日本では金属器時代への移行は遅かったものの、縄文時代を担った彼らは世界で最も早い時期に土器を使用し、丸木舟を使った海洋交易をするなど、彼らの築いた縄文文化は世界の先史時代の中で特異なものとして注目されています。
下の写真は、大湯環状列石のストーンサークルですが、縄文時代の村は集落を円形に作り、区切りや仕切りの無いボーダレスであることに特長があります。現代と違って生と死のドラマが一体となっていました。
真ん中の広場が墓になっている遺跡がしばしばあり、大湯環状列石も真ん中に墓域(ストーンサークル)があります。
・写真はフィールド内の環状列石
*日本の縄文時代とイギリスの新石器・青銅器時代との類以性
・縄文時代後期「日時計」の仕組みを持つ遺跡
大湯環状列石は縄文時代後期(約4,000年前)頃に作られたストーンサークルですが日時計の仕組みを持っています。
海外の類似の遺跡に同じく日時計の仕組みを持つ有名なイギリスのストーンヘンジがあります。ヨーロッパでは農業の発達に伴い次第に青銅器時代に移行していきますが、日本列島と地理的に似たブリテン諸島周辺はヨーロッパの中でも農業が始まる時期が遅かったようです。
イギリスのストーンヘンジは大規模なものですが、長い時間をかけて現在の姿になりました。その最初の遺構は巨木を数本立てたものであり、儀礼用であったと考えられていますが、日本の縄文遺跡で目にする巨木の立柱遺構とよく似ているのではないでしょうか。
イギリスのストーンヘンジでは巨石が組み上げられて、現在の形に整えられた年代は大湯のストーンサークルと同じ頃でした。しかし、この頃には日時計の役割は終わっていたようです。
巨木から巨石による構築物への移行については、この地方が金属器時代に移行したために、巨石を運搬加工する技術が進んだことにより、構築物の材料を巨木から巨石へ変える試みがなされたのではないかと推測されています。またこれを造ることが出来たのは一族が高度な木材の加工技術を取得していたためであると考えられています。
筆者は、この巨大な石の構築物を造った人々はこの時代に最も一族が繁栄したために、一族と先祖を称える気運が高まったことにより、一族のモニュメントとして日時計の仕組みを持つ巨大な石の構築物を造ったのではないかと考えています。
・写真は大湯環状列石の「日時計」の仕組み
(パンフレットより)
日時計の仕組みは農耕と関係が深いと考えられていますが、古代の農業は夏至と冬至の日を農作業の重要な目安としていたので日時計は重要なものであったのでしょう。大湯環状列石は、写真のように「野中堂環状列石」と「万座環状列石」の二対のストーンサークルの真ん中を結ぶ線が夏至と冬至の線と重なります。
*参考資料
・トンボの眼講座「縄文時代の心と社会―ヨーロッパの先ケルト文化と比較して」
講師・松木武彦先生(国立歴史民俗博物館教授)
・ウィキペディア
・ナショナルジオグラフィック
・トンボの眼―「文化遺産と共に生きる」をテーマとして、講演と旅により古代史を学ぶ
サイトです。(くわしくはトンボの眼で検索してください) ・パンフレット以外の写真は筆者が撮影したものです。
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