お店番はプリモプエルのぷうちゃんで〜す

フェイスブックと掛け持ち中ですが、こっちはブログタイトル通り、プリモプエルで行きます!

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テレビの呼びかけに応じお店を開きました




大震災直後から、全国の皆さんに多大なご心配をお掛けし、またそれにも勝る激励をいただき

震源地に近いものとしては、大変心強く、また非常に嬉しく、心より感謝申し上げます。

これから、宮城は苦難の道が続くと思いますが、何年かかっても何十年かかっても不死鳥のように

立ち上がると思います。日本中や世界中から支えられているんだということを、実感しました。



3月14日は、震災後、初めてお店を開きました。直後、食糧はあっという間に売り切れ、我が家の

食糧を確保し忘れていました。でも我が家には米があるし、なんとかなるのでそんなに落胆はして

いません。被災直後から、水を貰いに来たみなさんが、「お礼」と言ってお酒を買って行ってくだ

さいました。なかには、涙を流してお礼を言われる方も・・・。私も張り詰めていたものが一瞬消え

涙がぽろぽろ・・。でも頑張りましょう!とお互いを励ましました。普段、ヒマなお店にこんなに

たくさんのお客さん。夜、リアル友でもあるブロガーさんの旦那さんがお友達と来店なさいました。

ろうそくを譲ってほしいといいました。いまだ、電力が回復していないのだそうです。同じ市内な

のに。我が家は、速いうちに電力が回復していましたので、家にあるろうそくを箱ごと差し上げまし

た。旦那さんの話だと、住んでいるマンションが壊れたので一緒に来たお友達のところへ、一時避難

するとのことでした。その後、全滅した若林区荒浜から来たという中年夫婦や、やはり壊滅した名取

市ゆりあげに住むタクシーの運転手さんなんかがお店に立ち寄られ、お酒を買っていかれました。

「悲惨なシーンを思い出すんだよ・・忘れるために飲まないとね・・」と力なく笑ってましたね・・。

でも、最後にどちらがさきか分からないけれど「がんばっぺね!」という言葉が自然に出ました。





まだまだ、親戚の方々の安否確認が出来ていない皆様が多いなかで、おかげ様で、我が家が一番

心配していた「宮城県宮城郡七ヶ浜町代ヶ崎浜」の親戚一同は、津波に巻き込まれながらも奇跡的に

全員無事避難し元気であることが判明しました。家はすべて流されてしまいましたが、命だけは

助かって、ご先祖様のおかげであると感謝しています。一報を従兄から電話で聞いた時、おもわず

安堵のうれし泣きをしてしまいました。今度の地震での最大震度7を記録した美里町の叔父叔母だけ

安否不明です。でもすこぶる元気の良い叔父叔母だから、大丈夫だと思うんです。






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