宮沢洋一 公式ブログ

宮沢洋一の活動を紹介します。

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【地元】8月9日

 昨日は久しぶりに、地元福山の夏祭りに参加しました。福山市新市町の網引地区の夏祭りです。写真は舞台から福山市長の羽田さんが挨拶をしているところです。
暑さは続いていますが、昨日から湿気が少なくなり、だいぶ凌ぎやすくなりました。

夏祭りに参加するたびに思うことは、日本人は季節を楽しむすべを知っているということです。夏の暑さを楽しみ、冬の寒さを楽しむ。平安時代以来、季節を楽しむことにかけては天下一品です。
このような日本人の感受性を、これから、しっかりと世界に売り込んでいかなければなりません。しかし、今年の夏は少し暑すぎます。
 
 
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【地元】7月31日

 昨日から臨時国会が始まりました。今日は地元で挨拶回りをしています。 民主党が揺れています。政権を取って10カ月、まだ新鮮なはずなのに、あれだけの敗北を喫して、誰一人辞めない、新しい人を起用しようとしない、自民党だったら考えられない事です。  
今回の民主党の敗北の原因は、政党として信頼性に欠けたこと、総理大臣として資質に欠けた二人のリーダー、この二つだと考えています。
 政権交代だけが目的で、やりたいことが何も決まっていない政党。右から左まで幅広い政党ですから、将来の日本のあるべき姿について議論を始めたら党が割れるかもしれませんが、国民目線などと抽象的な言葉でなくて、大きな政策のしっかりとした方向を決めなければ、この政党に明日はないでしょう。 自民党もやりたいことがあるけれど、それが古くなってしまった政党ですが。 リーダーの資質の問題も深刻です。鳩山さんも菅さんも、国家のリーダーでありながら、国家というものを全く考えていない総理でした。お二人を含め民主党のリーダー、リーダー候補の方に共通するのは、社会経験がない、若しくは偏った経験しかないということです。そうでなければ、議員総会をすっぽかして芸能人の結婚式に嬉々として出席したりするはずがありません。 おそらく、菅さんが辞めて次の総理が誕生したとしても、早晩、国家観のなさ、社会的常識のなさを露呈して支持率が急落するだけでしょう。 
このような状況だと衆議院選挙もそう遠くないでしょう。それは、自民党が変わるための時間もそう長く残っていないということです。自民党の参議院議員会長選挙も近く行われますが、しっかりと政策的にリーダーシップを選らばなければいけないと考えています。

【地元】7月26日

今日は、午前中地元で用事を済ませた後、昼過ぎに東京に出てきました。  
早速、新しい議員会館に入りました。豪華だとかいろいろ言われていますが、スペースの広さに感激しました。しっかりと仕事が、政策作りが出来そうです。沢山の来客がこなせるので、私が政策について議論している時に、同時に秘書が地元の案件を捌くことも出来そうです。 夕方、選挙後初めての自民党参議院議員総会が開かれました。激戦を勝ち抜いた日焼けした顔が勢揃いし、久しぶりに活気のある自民党の会合となりました。 政策で徹底的に政府、与党に論戦を挑み、20年、30年先を見据えた未来志向の政策を提案し、実現することこそ自民党再生への道だと考えています。

【地元】7月12日

選挙が終わりました。なんとか責任を果たすことが出来ました。
民主党が敗北した選挙の結果は、この10カ月間の民主党政権の評価としては当然のことと思います。 これからは、ねじれ国会ということで与党も強引な国会運営は出来なくなります。しっかりと建設的議論をしていかなければならないと考えています。 私も政策論で政府に挑み、いい加減な、場当たり的な政策を改めさせるとともに、これまでブログに書かせて頂いたように日本の将来の青写真を描いていきたいと考えています。 自民党も、今回の勝利は棚からぼた餅のようなもので、自民党自身が評価された結果ではありません。しっかりとした未来志向の政策を党として打ち出していかなければいけません。

【地元】6月23日

 いよいよ明日から選挙戦が始まります。しばらくブログの更新が出来なくなります。
 
私は、20年前時代が大きく変わり、そして動き始めた、その変化に日本の政治が着いていけなかったことが、今、日本中を覆う閉塞感であり、将来に対する不安の原因だと考えています。昨年の自民党の歴史的敗北も、総理大臣が漢字が読めなかったせいではなく、そのような政治に対する有権者の不満が、政権党としての自民党に襲いかかってきた結果だと考えています。
 
昭和から平成に変わった年にベルリンの壁が壊れました。ソビエト連邦という国が実質的にこの世から消え、東西冷戦が終わったわけです。

それまでの世界は西側対東側、資本主義・自由主義対共産主義ということで動いていました。政治でいえば、国際政治の東西対立が国内政治にも影響を与え、日本でも、西ヨーロッパのほとんどの国でも、国内の政治は右と左が対立する、米国とソ連の代理戦争をしてきたと言っていいと思います。日本では自民党が米国側で社会党がソ連側で政治が動いて来ました。
経済も西側と東側で世界は二分され、その間の交流は制限されて来ました。
 
東西冷戦が終わり、資本主義の勝利となり、世界は一つの市場となりました。グローバル化が進み、世界には中国製品があふれ、日本の労働者は中国の労働者と競争をしなければならなくなったわけです。
 
国内の政治の世界においても、冷戦の終わりは、自民党の勝利、社会党の敗北ということでした。その時、社会党はなくなり、自民党は次のステージに向かわなければいけなかったわけです。
 
それまでの日本は、西側の一員、資本主義の国ということで、ある程度国の行き方、方向性が決まっていました。平成に入り、世界はガラッと変わり、それぞれの国が自分たちの長期ビジョンを自分たちで作りあげなければならない時代に入ったのだと考えます。
 
中国が資本主義にひた走り、ヨーロッパがEUを完成させたこの20年間、残念ながら、日本の政治はバブル崩壊への対応、金融危機への対応、少子高齢化への対応など内向きのはなしに終止してしまいました。政権党である自民党は新しい時代の我が国の具体的青写真を作り、国民に示すことが出来なかった。
 
世界が大きく変わる中で、将来を示すことの出来ない政治の結果、若者からお年寄りまでみんなが将来に対し不安を感じている。このような状況が、昨年の総選挙で、長年政治に責任を持ってきた自民党の大敗北という結果となったと考えています。残念ながら民主党政権の政策も見事に国民の期待を裏切っています。 かって世界第二の経済大国、英、独、仏の二倍以上の人口を持った日本も、世界が一つになった今では、米国三億人、EU五億人、中国十三億人などに比べ、大変小さな国、市場になってしまいました。
 
今、我々は昭和の成功体験は捨て去らなければなりません。挑戦者として新たな時代を作る、20年、30年後の具体的な青写真を描き一歩一歩近づいていく。それが我々政治家に課された責任だと考えています。
 
若者が私達の国、日本に明るい未来があると確信した時、日本はもう一度生まれ変わります。
 
私は、ヨーロッパが50年かけてEUを完成せたように、30年かけてでもアジア、特にアセアンの諸国、韓国と経済共同体を作りあげたいと考えています。その為の勉強も随分してきました。成果は選挙の後、ゆっくりと報告いたします。
 
それでは、しばらくご無沙汰します。

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