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『 どこにいても心を自由にする 』
今ある財産や地位がはかないものだとわかっていれば、わざわざ世の中と一線を画し、
深い山の中で隠遁生活をする必要などない。
また、酒を飲みながら詩を詠む風流な心があれば、自然の景色を常に見に行く必要もない。
心を自由にする・・・
それは
いつも心のなかは
空のように
広々と爽やかに
そして
鳥たちのように
のびのびと羽ばたく
そんなイメージに感じた
そういう心は
ゆとりがあると思う
心にゆとりがあると
自分自身のことはもちろん
周りの人に対しても
そして自然に対しても
余裕の目で向き合える
周りを見ようとする
気づこうとする
自分の心が
満たされていて
ゆとりがあれば
人に優しく
思いやる気持ちが生まれる
楽しい発想をして
人を喜ばせることもできる
自然に目を向けて
美しいと感じたり
壮大な強さを受けながら
さらにまた
自然たちのすばらしさから
心のゆとりを与えてもらう
どんなときでも
自分の心がしっかりして
ゆとりをもつことができれば
自ずと方向性が
良い方向へと流れていく
その繰り返しが
毎日の充実感と
生きている喜びを感じられる
心のありかたは
大切であると思う
心のありかたひとつで
明暗が決まるような気がする
いつも
青空のように
爽やかで 清々しく
鳥たちのように
元気よく 自由に
花のように
優しく 穏やかに
そういう心で
いられたら
心はいつも
笑っているだろう
心を自由にする・・ということは
心にゆとりをもち
自分の心を操縦して
自分らしく
上手に生きること
私はそう感じた・・
Miyoより
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『 どこにいても心を自由にする 』
そういう自分でいたいです❤アリガトウ、素敵な言葉を。。。
2009/5/31(日) 午後 10:07
Miyoさん、こんばんは。
>わざわざ世の中と一線を画し、深い山の中で隠遁生活をする必要などない。
以前、本当に山に住みたいと思ったときがありました。厭世的なところがありますので(笑)
しかし、若いときの一時期なら良いですが、一生となるとそれはそれで寂しすぎるし、山にこもるだけでなしに、なんらかの実践(社会との関り等)に意味があると思って、都市?で住んでいます。
>心のありかたひとつで明暗が決まるような気がする
僕もそう思います。
心のあり方というのは本当に大切であると思います。思想や幸福感の根源がそこにあるのでしょうね。
2009/6/6(土) 午後 0:51 [ makoto8 ]
miyoさま
こんにちは。
よい詩ですね。
「どこに居ても心を自由にする」
目からうろこです〜♪
良き一日でありますように!
2009/6/23(火) 午前 6:57