源義朝
常盤御前(1138〜1???年)
常葉
子女:全成・義円・義経・能成(一条長成の子)・女子(同腹)
河内源氏の武将・源義朝の側室。
鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の異母弟、阿野全成・義円・義経らの生母。
太政大臣・平清盛の愛妾か?
後に大蔵卿・一条長成の妻となったとされる。
出自は不明。
近衛天皇の中宮・九条院(藤原呈子)の雑仕女(内裏や三位以上の貴族の
家に仕える女性の召使。皇族に直接お目見えすることの許されない身分)
であったとされている。
義朝に見初められて側室となる。
1153年、第一子(義朝の七男)・今若丸(阿野全成)を出産する。
1155年、第二子(八男)・乙若丸(義円)を出産する。
1159年、第三子(九男)・牛若丸(源義経)を出産する。
同年、義朝が「平治の乱」で敗れる。
その際、平清盛に請われて妾となり、一女(廊御方)を産んだとするが、
不明。(「平治物語」、「平家物語」にて)
1163年以前に大蔵卿・一条長成に子供達を連れて、再嫁したとされ
る。
1163年、嫡男・能成(従三位非参議)を出産する。
他にも女子を出産する。
「治承・寿永の乱」が勃発した後、九男・義経は異母兄・頼朝から追われ
る身の上となり、
1186年、常盤御前は京の一条河崎観音堂辺りで義経の妹と共に鎌倉方
に捕らわれるのが、後に釈放されたようである。
その後の詳細は不明。
「平治物語」、「義経記」において常盤は絶世の美女とされ、雑仕女の採用に
あたり、都の美女千人の中でも聡明で一番の美女であったとされました。
「平治物語」にて、平清盛の側室となった常盤は清盛から局を与えられ後に
女子(廊の御方)を一人産んだとされていますが、史実では疑問視されています。
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義朝を失った後に清盛の下に出頭して側室になって以降の話は本当に謎だし、僕もあまり詳しくなかったりします(^_^;)
歴代の大河ドラマではやはり『義経』の渡哲也さんの清盛と稲森いずみの常盤御前のペアが良かったです♪
2018/4/23(月) 午後 4:06
みゆんさん☆こんばんは^0^新着記事から遊びに来ました♪源氏と平氏♪紅白の戦いのもとになっている!というのをこの記事を読んでいてふと思い出しました^0^v温故知新という言葉が好きです☆歴史は、ずっとつながっている。今いることも本当に奇跡だなと思いました☆
2018/4/24(火) 午前 0:15
> ゆうすけさん
清盛の側室になったというのは疑わしいですね。娘もいたのではないか?という話ですが、伝承ですし。
渡哲也さんと稲盛いずみさんのペアは素敵でしたね^^私も好きでした。
2018/5/7(月) 午前 10:15
> t☆mο^□^-(ж ▽さん
そうですね。紅白は源氏と平氏らしいですね。
温故知新という言葉は私も好きです。ですが、新しいものも好きです( ´艸`)
歴史があって、今の生活があるんだなぁとつくづく思いますね^^今を大切に生きたいですね。
2018/5/7(月) 午前 10:18