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ボローニャに暮らし始めて早9ヶ月とちょっと。 最近は、日本食よりもイタリアご飯作ってる方が多くって (というか、美味しい日本食がここでは作りにくい、という理由が1番ですが) もちろん、「お寿司」とか「すき焼き」とかは時々無性に食べたいな〜って欲求が ガガガガーっとやって来る時があるのですが、 それほど「白米+お漬け物」とか「お味噌汁」を食べたいとは思わなくなったり、 「パスタ」を1日食べないと何か物足りないなーと感じたり、 朝食に必ず「コーヒー(エスプレッソ)」と「甘いパン」が無いと不安だったり… 私の舌も、かなりイタリア人寄りに味覚が変化していると思われます。 そんな私も、かなりの回数で食べている日本食があります。 それは… 『カレーライス』 日本のカレーは本当に美味しい。 イタリアご飯食べてても、違和感なく食べらるし。 ルーさえ手に入れば、こちらで全て食材揃っちゃうし。 イタリア人の友達にも何人か作ってあげたことあるんだけど、 みんな意外なくらいおかわりしてくれたり、かなりの割合で好きみたい。 友達には、私が日本人だから「お寿司作ってよ〜!」っていつもリクエストされるのですが、 日本のあの最高品質の刺身を知っている私としては、 どう考えても、その味をイタリアでは再現できないと思うし (第一、日本で刺身として使うような種類の魚を、イタリアの魚屋でなかなか見かけない) いつも、「あ、いいよ〜」とか言いながら、作る気全くなし!の私。。。 だって、やっぱりお寿司は日本に行って食べなくちゃ! イタリア人の皆さん、ユーロ高円安の世の中ですので、どうぞ日本にいらしてください…!! と、宣伝ではありませんが 先日ボローニャ旧市街にあるアジア食品店に初めて出向いたので (どうしてもカレールーが欲しくなって…) その写真をペタリ。 かなり規模としては大きい店でびっくりしました。 ボローニャに日本食が買えるこんな店があるなんて、かなり興奮です。 値段は、日本で買う値段の約倍なので、やっぱり大量買いするには気が引けますが。 日本のコシヒカリが(イタリアで作られたもの)安かったのでそのお米250gと カレールー(なぜか「こくまろ」だけ置いてありました)を2箱だけ買いました。 合計お値段約1200円。 いや、もう当分は来ないかな。。。。 (しかも、店主だった中国人家族に「写真を撮ってもいいですか?」と許可を求めたら ものすごーく怪しむような顔されて、「ただの私の趣味でブログに載せたいんで…」と 説明するのにかなりの時間をかけてしまいました。。。) でも、カレー食べたくなるのはやっぱり暑い「夏」!!!
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ボローニャ(Bologna)
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28年前の8月2日。(1980年[昭和55年]) 私が現在暮らしている街、ボローニャの中央駅。 ミラノやローマ、フィレンツェなど重要都市を繋ぐ幹線の、乗り継ぎ地点となる駅。 そのボローニャ駅構内待合室でイタリア史上最大の爆弾テロがあったこと、ご存知でしょうか? 今日のボローニャ、日差しは強く暑くとも風が爽やかで 多くのボローニャ市民は仕事が夏休みに入り、みなこぞってリゾート地へ足を運ぶ時。 きっと28年前のこの場所も同じように、またはさらに賑やかに 待ち受けるヴァカンスに胸躍らせながら、列車を待っていた人も大勢いたことと思われます。 その待合室に、ひっそりと爆弾付きの鞄が置かれていることも知らずに。 午前10時52分。 1977年から4年間活動していたあるファシズムのテロ組織によって 1階待合室が全壊、1番ホームに停車していた列車まで吹き飛ばされた。 激しい爆発音に一瞬何が起きたか分からない人々、辺り一面がれきの山、叫び声、泣きわめく声… がれきによる煙が晴れてきたところで、見えてくる現実。 地面に倒れたまま動かない、人、人、人。 このテロでの死者85人、負傷者200人以上。 今日、その事実を知りながらも頭からすっかり抜けていて、何の気なしに本通りに出てから このデモ行進(今ブログ記事最上部)と鉢合わせして、頭にピーンと光が走った。 どうして、ボローニャ中央駅には大時計が2つもあるのか。 どうして、その一つは10時52分を指したまま止まっているのか。 どうして、ボローニャ駅の半分は模様も描かれない簡素な造りになっているのか。 どうして、ボローニャ駅の待合室には85人の氏名が書かれた慰霊碑があるのか。 どうして、ボローニャの市民が時代に逆行しながら、未だに共産主義傾向に偏りがちなのか。 「みんな、忘れないで。」と囁いている。 ここで多くの尊い命が奪われたこと。 多くの残された家族が悲痛に泣き崩れたこと。 そして、ここ(ボローニャ)からイタリア政府に訴える。
『平和で安心できる社会を!』
※下のURLはイタリア語での記事ですが、興味のある人は覗いてみてください。最下部に当時の緊急報道の様子がYOU TUBEの映像としてご覧いただけます。 |
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私、元彼の一人が同大学の作曲科だったこともあり、一時期は現代新曲に触れたこともあったんですが、 もともと、あまり得意分野でないので敬遠しがちでした。 そんななか昨日の夜、とっても久しぶりに現代音楽のコンサートに行きました。 誘ってくれたのは、 イモラの音楽院で同じペトルシャンスキー門下のピアニスト、ロベルト。 私の大親友の一人です。 彼は私よりも2つ年下なのに、ものすごく精神的に大人なピアノニスト。 作曲もこなす、私の友達の中でも特に尊敬している友人です。 ホールはボローニャの街の中心部にありました。 私は初めて行ったコンサートホールだったのですが、とても素敵なホールでした。 音の響きも良かった! 全7曲の新曲演奏回でしたが、演奏者が全員素晴らしかった! ピアノやヴァイオリンだけでなく、アコーディオンのために書かれた曲が2曲あったのも新鮮でした。 頭を使いがちな現代新曲の中、彼らの個性や音楽性までも聴き取れる演奏に感動しました。 さすがに演奏会後はどっと疲れが来ましたが、いつもの現代音楽よりも好きだったかも★ |
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この週末だけが平和であろうことが、薄々気づいていたので (来週からの地獄のような授業三昧) この時を逃してなるものか!とレナ(韓国人のソプラノ歌手)を誘った。 この日(4月25日)はイタリア独立記念日だったので レナと待ち合わせをしたマッジョーレ広場では何かの式典が行われていた。 それを横目で見ながら私達は現実逃避行〜 だって人混みは嫌なんだもん。 バスにコトコト約20分、揺られてやってきたのは レナが薦めてくれたボローニャ郊外にある、『サン・ルーカ』 バス停を降りたところにある、この見事なアーチを見ただけで満足していた私は甘かった・・・ 目の前に広がるは、この見事な坂に続いたポルティコ(柱廊のこと)。 ここ、サン・ルーカが有名なのには訳があった。 ボローニャは「ポルティコと赤レンガの街」として有名なのですが このサン・ルーカは666本の柱と3,5キロ傾斜しながら伸びている世界最長のポルティコがある場所・・・だったのだ! もう、こんなに高くまで上ってしまいました。街が小さい! いやぁ、3,5キロの階段を上り続けるのは、並大抵じゃない…です。 次回は車で!(汗) でも、なまった身体にはいいエクササイズでした。 登りきった頂上には、素晴らしい教会がお目見え! 中でミサが行われていたので、写真を撮るのは控えました。 また写真撮りに、次回来なきゃね☆ そして、何よりも嬉しかったレナ特製「韓国式のお弁当」!!!! でもね、いっぱい食べた後は、またあの傾斜が待っていましたよ!3,5キロの下り坂!!!
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昨日のボローニャ、 街のシンボル「ボローニャの斜塔こと、ドゥエ・トッリ(DUE TORRI)」です。 最近、ボローニャでも気持ちのいい太陽が 見られるようになりました。 「春」ですね! コンサートのため、日本に一時帰国する直前に 日本から妹の友達が、勉強&旅行のためイタリアにやってきたので、 くっついてフィレンツェ、ボローニャと一緒に回りました。 ボローニャでは、いろんな教会を見て回ったのですが、 今回は特に、素敵なオルガンのある教会をアップします。 家から歩いて5分の所にある、サン・マルティーノ教会(Chiesa di S.Martino) ここには、こんなキレイなオルガンがあります。 チェゼーナの音楽院の授業で、ちょこっとだけオルガンをかじってることもあり、 最近はオルガンにも興味があります♪ いつも友達が来たときには連れて行く、 ボローニャの守護聖人(イタリアには、どの街にもその街を支えた守護聖人がいます。) のサン・ペトローニオ教会(Chiesa S.Petronio)。 昨日この教会を訪れたとき、ちょうどオルガンを演奏している最中でした! (よく行く教会ですが、生演奏を聞いたのは初めて!!) 遠くから撮ったので、見にくいですが 柱の向こうにオルガンを弾いている人、見えますか??? イタリア、ボローニャも春の陽気です。
冬が遠ざかって、この国に一番似合う太陽がたくさん見られるようになって来ました。 |




