卵巣がんなんかに負けない

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先日、脚本家として有名な北川悦吏子さんの本を読んだ。

東京都に難病指定されている病気とずっと闘ってるということを初めて知った。

私なんかよりずっとずっと辛い思いをされていたのがよくわかる。

あ、辛さを誰かと比べるのは間違ってるので、前言撤回w

相当辛い思いをされ、激しい痛みをくぐってこられたということを知った。


その本「のんちゃんのふとん」で、彼女がこのようなことを書いていた。

「なぜ今ブログに闘病のことを書くのだろうか。それはきっと自分のためだ。あの日の自分のために書いているんだ」というような趣旨のことを書いておられました。(本は闘病中のブログなどを綴ったものだったのですが、病名は明かされていません。)

喫茶店で涙を流しながら読んだ。

私も考えてみた。そしてやっぱり北川さんと同じ結論に達した。

今回再開するにあたって、誰かの励ましになれるならと書いたけど、もちろんそうなら嬉しいし、きっと誰かの役にも立ってくれるだろうと思う。

少なくても、元気になれる可能性があるという希望になれるかもしれない。

でも、実際のところはやっぱり自分のためだ。


あの日頑張った自分。

乗り越えてきた自分。


忘れたくない。

偉いじゃん。褒めてあげたいよ。

じゃないとあんなに辛い思いをしたことが全て無になってしまう気がする。


忘れてはいけない。

今自分が元気でいられることを素晴らしさを。

生きることへの感謝の気持ちを。


だから私は詳細までも書きとめておきたい。

元気である今だからこそ書けるんだと思う。

時間がたち過ぎて忘れてることもあるけど、でも書いてみるとかなりのことを覚えていることに気づく。

今闘病してる人が読むと辛いかもしれない。

思い出したくないことを思い出してしまうかもしれない。

もしそうだったら無理して読まなくていいんだよ^^


自分にプラスになることは取り入れ、マイナスになることは全部排除すればいいと思うんだ。

私も他の人の闘病記を読み漁った時もあったし、辛くなるから読めない時もあった。

すでに亡くなってる人の闘病記はとにかく避けてる時期もあった。

だって、どんなに前向きに本を書いていても結局は亡くなったんだって知ると希望がなくなる気がしたから。


その時、その時の自分に合わせて色んな事を選択してきた。

病気と闘わないことを進める人、抗がん剤に真っ向から反対する人の本は絶対読まなかった。

疑いの気持ちをもっていては治療を受けることが出来ないから。


がん友が亡くなって、辛い現実と向きあわなければいけない時もあった。

自分が壊れるかと思うぐらい泣きじゃくった。

闘病中辛さに耐えるために、全ての思考をストップさせた時もあった。

人はそうやって何とか自分を守りながら生きて行くのだろう。


と話がとりとめもなくなって来たのでそろそろ終わりにするけど^^;


闘病ストーリーは私も泣きながら書いてることが多い。

でも、人は泣くことによって心が洗われていくと思うのでそれもいいことだと思っている。


自分は自分にしかなれない。

自分は過去の自分の上に立っている。

だから過去のことを、辛いことも含めて、私は書いていこうと思っている。

そう元気な今だからこそ書けることを。。。。

ずっとずっと元気でいられることを願い、信じながら。。。。。


読んでくれてる人たちありがとう。

ずっとほったらかしにしてたのにまた戻ってきてくれた人ありがとう。

待っててくれた人ありがとう。


でも、無理しなくていいんだからね。

読まなくてもいいし、読んでも何も言わなくてもいいんだからね。









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ずいぶん長い間ブログを放置してしまった。
もうここを訪れてくれるお友達もいなくなってるだろうなぁ。

だから独り言。

2010年もあと二日で終わり。
大掃除の合間、ふと手をやすめて古いブログを読んでみた。

涙が止まらなかった。

忘れていたわけじゃない。
あの時のこと、辛かったこと、苦しかったこと、悲しかったこと。

ただ改めて自分の綴った言葉を読んでみると、やっぱり色んな事がまるで昨日のことのように蘇る。

忘れてしまっていたかもしれないこともある。
感謝の気持ち。
生かされている事の喜び。

日々の生活に紛れ、色あせていく思い。

だから1年の終わりにこうやって振り返って、改めて感謝の気持ちに浸ることはきっといいこと。

2010年12月。
術後3年と3カ月。

再発・転移なし。

奇跡と呼んでいいだろう。
そしてこの奇跡はずっと続くんだ。
そう信じている。

あの日、自分の病気を知った日以来変わったことはいっぱいある。
もう昔の自分には戻れない。
私の体の中の大きな部分は失われたままだ。

それでも、得たものはもっと大きい。
新しい出会い(別れも)、趣味としての写真、友達とのより深い絆、夫婦の絆、他にもたくさんのこと。

あの日がなければ、きょうの私はいない。
卵巣がんがなければ、今の私はいない。

まだ再発の可能性はある。
もう3年だけど、まだ3年なんだから。
でも、今はそのことは考えてはいない。

ただ、過去のブログを読み返してみて忘れてはいけないことがたくさんあると改めて感じた。
ずっと放置しっぱなしのブログだけれど、闘病ストーリーだけは書きあげようと心に決めた。
誰かの励まし、助けとなるかもしれないから。
そして未来の自分にとっても有益だから。

そうだ。それを2011年の目標としよう。

2011年は”闘病ストーリー”を書きあげる!


(過去の闘病ストーリーログはココ http://blogs.yahoo.co.jp/miyu_since0708/folder/1573830.html?m=lc&p=3








サバイバーズギルト

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サバイバーズギルト

災害や事故などで生き残った人が、自分が生き残ったことに対して感じる罪の意識。

今年の1月、訃報が届いた。

その友達はがんセンター入院中に知り合った大切な人だった。

術後2週間ほどたっていた彼女は、とても元気で笑顔の素敵な明るい人だった。

当時の私はとても具合が悪く、死んだ方がマシだと思っている時期だった。

そんな私に「大丈夫?」と優しい笑顔で声をかけてくれた彼女。

絶望の中で見た希望の光だった。

彼女のように元気になりたい。元気になって、誰かを励ませる存在になりたい。

そう思って頑張った。

1度目の手術では手の施しようがなく、抗がん剤を受けながら2度目の手術に挑む私のために、彼女は千羽鶴を折ってくれた。

やがて彼女の放射線治療が始まった。

放射線治療を始めてから彼女は、副作用で吐き気におそわれ食事も取れなくなっていたのに、それでも元気な時には、私のために鶴を折ってくれていた。週末に彼女が帰宅した時には家族の方も一緒になって折ってくれた。

その頃には、私もかなり元気を取り戻し、自分でも作るようになっていた。

そして手術から1ヵ月が過ぎ、私は退院し、彼女は残って治療を続けていた。

そのあと、彼女も退院したのだけれど、結局腫瘍マーカーがクリアになることがなく、彼女は転移したがんと闘っていた。

私と彼女Hさんと同じく同室だったTさんと3人で、「元気になったら一緒に食事しようね!」が合言葉でお互い頑張っていた。

それからも、時々だけどメールで近況を報告したり、励ましあったりしていた。

でも、ある日メールに返事が来なかった。

「あれ?」と思ったけど、しばらくそっとしておいた。具合が悪いかもしれないのに気を使わせたくなかったから。

2か月ぐらいしてまたメールしたけど、やっぱり返事がない。

「相当具合が悪いのかもしれない」「どうしよう。メールしたら気を使わせてしまう。でも・・・」

何も出来ないまま時間が過ぎ、1月に入って間もない頃、彼女のお姉さんからメールが来た。

「10月に天国へ旅立ちました」と。最後にメールしたのは9月の終わり。その時、彼女は「辛い時は愚痴ってね。私もいっぱい聞いてもらって感謝してるから」と書いてくれていた。

その時には、一人では歩けないぐらい具合が悪かったのに。。。

何も知らないでいた私。

彼女がどんなに苦しんでいたのか、何も知らなかった。

彼女が天国へ行ったのに何も知らなかった。

どうして?どうして私は元気なのに彼女は逝ってしまったの?

そんなのおかしい。そんなの不公平だ。

私のために千羽鶴を完成してくれたのは彼女だ。なのに、なのになぜ私が元気で彼女は逝ってしまったの?

まだ小学校にも上がってないお嬢さんだっているのに。

どんなに悔しかっただろう。どんなに心残りだったろう。

どうしても涙が止まらなかった。

三人でごはん食べようって約束したのに。約束したのに。。。

2月。彼女のおうちにお線香を上げにいかせてもらった。

辛かった。

遺族の方はどんな思いで生き残った私たちを見るのだろう。

申し訳ない。

そんな思いで心がいっぱいだった。

「○○が、あなた達の分も病気を持って行ってくれたから大丈夫だよ」そう言ってもらってまた涙が止まらなかった。

そうそんな罪の意識を持つのは間違っている。わかっている。

でも、そう。罪の意識は消えない。消せない。

私に出来るのは彼女が悔しい分も生きること。元気でいること。

元気であることに感謝して、そして生きること。

そう言い聞かせるしか私には出来ない。

サバイバーズギルト。

そんな言葉が自分にあてはまるようになるなんて思ってもいなかった。

サバイバーズギルト。間違った罪の意識だ。

わかってるのに、どうにも出来ないことってあるんだね。。。。

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私は卵巣がんで、手術・抗がん剤の治療を受けました。

卵巣がんの標準治療薬である「タキソール」というお薬が、幸いにもとても良く効いてくれて、今は元気です。

ただ、再発した場合、同じお薬がまた有効かどうかはわかりません。

そして、抗がん剤にも耐性というのがあって、同じ薬を使っているとがんがそれに耐えられるようになり、効かなくなってしまいます。

他にも、卵巣がんに有効な抗がん剤がありますが、欧米諸国では普通に使われているものが日本では認可がおりていません。

また、他の部位のがんには日本でも認可されているのに、卵巣がんには認可されていないものもあるのです。

例えば、ドキシル、トポテカン、ジェムザール等。

認可されていない薬は、国内では使えず、もし私が再発・転移しても使える薬がない可能性もあるのです。

また、今ある薬に対してアレルギーがあって使えない人、効かない人もいます。

でも、ドキシル、トポテカン、ジェムザールがあれば救われるかもしれません。

皆さんもご存じのように、日本政府は腰が重く、いつになったら認可されるのかメドすらたっていません。

そこで、一日も早い承認を求めて、私が所属している卵巣がん患者会スマイリーにて署名運動をすることになりました。

もし、協力してもいいよと思って下さる方がいたら、署名、または署名の収集をお願い出来ますでしょうか?

署名用紙はここからダウンロードできます。→ http://ransougan.e-ryouiku.net/bookfile/200810syomei.pdf

ネット署名ではなく、ダウンロード・印刷の上、用紙に書かれてある住所(主催者であって、私の住所ではないので、お間違いなく^^;)に送っていただければと思います。

どうぞよろしくお願いします。そして、ありがとうございます^^



PS:印刷出来ない方は、直接書類を送ることも出来ると思うので、教えて下さいね。

またひとり天国へ

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13日、このブログでお友達になった方が天国へと旅立たれました。


私と同じ卵巣がんでした。

最初に私がここでがん仲間としてお友達になった方のひとりです。

境遇が似てることもあって、気の合うお友達で私が抗がん剤で戦ってるときは励ましてくれました。

知り合った時は、まだ経過観察中でしたが、数ヶ月前に再発し、その後はあっという間でした。

力のある限り、ブログに思いを綴っていられましたが、ここ数週間書き込みがなかったので、もしかしたらと不安に思っていた矢先、息子さんによってブログ更新されていました。

お子さんたちへの思いを込めた投稿が最後となりました。

どれだけ心残りだったろう。

どれだけ悔しかっただろう。

どれだけ辛かっただろう。

涙が止まりません。悔しくてたまらない。。。。

今は彼女が痛みや苦しみから解放されたと知ることだけが慰めです。


もし、私が彼女の立場だったら、そしていつその立場に立たされるかは神様にしかわからないけれど、そうなったらと思うと苦しくなります。


彼女のブログのタイトルは「卵巣がんなんかに負けないぞ」だった。

そう私だって卵巣がんなんかに負けない。

最後まで果敢に戦った彼女の無念の分も私が頑張ろう。



はねちゃん

きょうは、はねちゃんを思って泣いてもいいですか?

明日からまた胸をはって頑張っていくから。

どうか天国から見守っていて下さい。

はねちゃん、本当によく頑張ったね。お疲れ様。

どうか安らかにおやすみ下さい。

そして、はねちゃんがくれたたくさんの宝物ありがとう。

忘れないよ、はねちゃんの勇気、優しさ、素晴らしい魂を。。。。



                         祈

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