母子移住物語 ノーザンビーチinシドニー

2015年、7年ぶりにシドニーに引っ越してきました。再移住のこと、書いていきます。

日本の思い出

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家族で息子が5歳前まで暮らした日本の思い出、出来事など書いています。
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訃報を読むたびに

毎日インターネットから、有名人の方の訃報が飛び込んできます。


ついこの間、日本でお元気な姿をテレビで見たばかりのような気がして、


とても信じられないような、やるせない気持ちになります。


あの人も、あの人も、あの人も、、、


何歳まで生きたから満足ということは無いけれど、


やはり、まだお若い方が亡くなるのは、非常に寂しいです。




今日は、羽田健太郎さんの訃報。。。58歳だったそうです。


メディアに登場し、ジャンルを問わないピアニストとしてお茶の間を楽しませてくれた


型にはまらないピアニストだったと思います。


あの豪快な笑い声と、大衆の目線に立った人柄や音楽は、


ピアニストというクラッシックの域を超えないとっつきにくい職業を、身近なものにしてくれました。


あんな風にテレビで司会もできるような、人を弾きつけるピアニストは、


もう出てこないのではないでしょうか。。。


あの大きな笑い声が、心に残ります。


まだまだお元気で活躍していただきたかったのに、残念でなりません。




こうして訃報を読むたびに、命が永遠でないことを痛感します。


当たり前のことだけれど、改めて、一生懸命生きていかなくては、と思うのです。


そして、こうしてブログで知り合った皆さんが、それぞれ住む場所は違っても、


健康で、平穏に お元気でいらっしゃること


いつも願っています。




そして、羽田健太郎さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

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このイースターホリデーの初日に、旧友とシドニー空港で再会した。



アデレードに住んでいる旧友とその娘が、シドニー経由で日本に帰国するため、会いに行ったのです。


(下段が私です。。。ゴメンね、アバターよりずっと歳食ってて。。。しかもおデブで。)



このアバター、詐欺ジャンね〜〜〜〜〜。(爆笑)





このアバターは、今より15キロも痩せていた、私の20代前半ってことで、
ひとつ、勘弁してください。(汗)

いつかオフミの時、犯罪者呼ばわりされるのもやだから、実物載せてみました。(笑)




この友人、高校時代の同級生で、デンスケノ隣に写ってるのがその娘、



セレナちゃん。イギリス人のおじいちゃんを持つクウォーターです。





この友人、実は私と同じくオーストラリアの永住権を持ち、アデレードに移住しています。






そして、同じ歳の子供を産みました。それがこのセレナちゃんです。




このセレナちゃん、アデレードのスズキメソードでピアノとヴァイオリンを習っています。





この友人S子とは、私がオーストラリアにワーキングホリデーで来て以来、頻繁に連絡を取り合い、




もうここ13年ほどは月に2〜3回は3時間もの長電話をする仲です。




高校時代は進学校で(しかも女子高)、



彼女は生徒会の副会長を、私は生徒会 新聞局員をしていました。




3年生になると理系、国立文系、私立文系と3種類のクラスに別れるのですが、



私たちは私立文系クラス(別名 お祭りクラス)。



隣の男子校の生徒と会いたくて、わざわざ遠回りして帰ったっけ。。。




そんな私たちでしたが、彼女は高校を卒業するとすぐ、オーストラリアへと留学していきました。





私は東京へ。。。





故郷(福島県)に帰省する時も、会う事はなく、



20代半ばに再会するまでは、疎遠になっていたのですが。。。



ワーキングホリデーでオーストラリアに来て、彼女の住んでいたアデレードを訪ね、再会。





それ以来、結婚、親の事業の倒産、親の死、出産、兄弟や自分の大病、




そして子供のひどいアトピーなど、いろいろあったけど、




どんな時も励ましあってここまで来て。。。





同じオーストラリアの空の下、親戚もいない中、お互い子育てして、



そして、子供に同じスズキメソードで音楽をやらせている。。。



こんな友人が同じ国にいて、いつも私を心配して電話をくれる。



本当に心底、「ありがとう」と言う気持ちになる。









この日は、回りが日本語がわからないのをいいことに、



福島弁炸裂させ、カフェでお茶代払う時すらも、おばちゃんパワーで



「私が払うよ〜、何言ってんの、こんど500ドルの時は出してもら〜から!」



な〜んて大声で押し問答し、デンスケもセレナちゃんもその勢いに、ポカ〜ン!




このセレナちゃん、写真で見るよりもっともっと実物は可愛いんですが、



母親がいっつも福島弁で話しかけているせいで、ものすごいなまってるんです。。。




「セレナね〜(語尾が下がる)、最近は〜(語尾が下がる)、


キラリンレボリューションとか見てんの〜〜!(語尾が下がる)」



ってな具合。(笑) 



セレナちゃんは、オーストラリア生まれのオーストラリア育ち。



オーストラリア国籍で、イギリス人とのクウォーターだけど、喋る言葉は「英語と福島弁」。




私は東京が長かったから、そんなに訛ってない(自分で思ってるだけ??)けど、



S子は福島からそのままオーストラリアに飛んでしまったので、訛り炸裂な訳です。。。



そんなS子に四六時中、福島弁で話しかけられて育ったセレナちゃんが、



きれいな標準語を話すはずもなく。。。。



「デンスケちゃん、今度アデレートに来てね〜。(語尾が下がる)ピアノも家にあっから、


練習はできっから。心配しなくていいから〜。(語尾が下がる)」



「セレナちゃんこそ、シドニーに遊びに来てね〜。



おばちゃんとでんくんで待ってっかんね。(S子よりは訛りがまし。笑)」





=

久しぶりの旧友との再会で、時の経つのも忘れおしゃべりして、ホント、楽しかった!!




またしばらくは会えないと思うけど、同じオーストラリアでS子も頑張ってると思うと、私も頑張れる。



搭乗口から、手を振りながらずっと後ろ向きに歩いて、立て看板にぶつかって、はにかみ笑いしながら



自動ドアが閉まって、見えなくなった。。。



日本でお母さんやお姉さんにたくさん甘えて、




美味しいお母さんの手料理食べて、楽しんでおいでね、S子!!




セレナちゃんも、始めての日本の小学校、頑張って覚えた日本語、いっぱい話しておいで!!




お土産話、待ってるからね〜〜〜!!!

昨日、赤塚不二夫さんの奥さまの訃報をヤフーニュースで読みました。

赤塚不二夫さんと言う破天荒な生き様のご主人を陰で支えて、どんなにつらいことも笑いに変え、

いつもご主人を可愛がって、心から彼の人生を愛していた奥様が亡くなられました。

くも膜下出血で、56歳と言う若さでした。




私は天才バカボン世代。。。

何よりバカボンが大好きでした。

いつも心の中でバカボンの歌「これでいいのだ〜♪」を口ずさみ、

日が昇り日が沈む、その東西を「バカボンの歌の反対!」と覚えた世代。

ハチャメチャで、憎めない、なんだかいつまでも小さな子供のような赤塚さんの生き方は、

バカボンのパパ、そのものでした。

そして、彼は天才でした。


破天荒ゆえに、天才ゆえに、お酒もタバコも彼の人生。

そして迎えた晩年。。。

がん、硬膜下出血、危機を何度も乗り越えて、よみがえった赤塚さん。

好きなお酒も楽しんで、笑って生きていた姿を、

私はいつも、ホームページを通して拝見していました。


しかし、2002年に脳内出血で、危篤状態になってから、寝たきりの状態になってしまったようです。

もう、ホームページの日記が更新されることはありませんでした。

赤塚さんのお元気な頃の日記は、真知子さんのお話ばかり。

真知子さんに「いい子、いい子」してもらうお話が沢山出てきます。(笑)



赤塚さんが愛して愛して止まなかった、頼れる奥様、真知子さん。

その真知子さんが、数ヶ月前にブログを始めたことを、私は知りませんでした。

不二夫さんとの日々を、何かの形で残したいと思っていたに違いありません。



真知子さんの訃報を聞いて、久しぶりに赤塚さんのホームページを開きました。

そこには、病院に10日間も泊り込み、献身的に介護する日々を、

笑いに変えてつづる真知子さんのブログがありました。

赤塚さんへ「起きなよ!」と語りかけ、体をさすり、ご主人の大好きなさくらんぼを買って、

つぶして飲ませてあげる優しさは、涙なしには読めません。



どんなにか疲れがたまっていたのでしょう。

真知子さんの不二夫さんに対する愛は、海よりも深く、私たちの胸を打ちます。

愛するご主人を置いてこの世を去る無念さは、計り知れないものだったでしょう。。。

でも、お優しい真知子さんのことだから、

ご主人を案じて、先に天国で待っていようと思ったのでしょうか。






真知子さん、、、私たちは、今もそして、これからも、赤塚不二夫と言う人の大大大ファンですよ。

こんな面白い漫画を書く人は、もう2度と現れないでしょう。



また、天国でご主人と再会して、いっぱいいっぱい可愛がって、愛してあげてください。

私は、真知子さんと言う素晴らしい女性が、赤塚不二夫という天才を愛したことを、

ずっとずっと忘れません。

もしも叶うのなら、天国でも、楽しいブログを書いてください。

あの面白い、素敵なあなたのブログを。。。



でも、もう無理はしないで下さい。

ゆっくり休んで、そして、お暇ができたらでいいですよ。

どうか、しばらくは、ゆっくり、ご自分の時間を過ごしてくださいね。


世界一素敵な女性、赤塚真知子さん。。。

どうか安らかに眠ってください。

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一日消防所長で〜す!

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一日、消防所長で〜〜〜す!


息子が2歳の時、保育園に少しだけ預けていた時がありました。

その時に消防署見学に行ったときの写真です。


初めて預けた日は、必死の思いで泣いて、、、。

私も思わずポロリ。

でも、こんな楽しい経験もできました。



今日は久々の一日2回目の更新で〜す!

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朝早くに電話が鳴り、でてみると日本の家族からでした。

日本で大事に育てていたカメが、いなくなってしまったと言うのです。

深い水槽に入れ、自力で出れるはずはないので、猫ではないかと言う話でした。

晴れ間が覗いた時にふたもせず、外に置きっぱなしにしたらしいのです。

慌てて外を探したのですが、見つからなかったそうです。




3年と言う短い間でしたが、大事に育ててきたミドリガメ、「みどりちゃん」

同じ時期に買ってきたクサガメの「くさちゃん」は大きく大きく育ったのに、

なかなか大きくならなくて。

水槽を分けて、えさをいろいろ工夫したりもしました。




大事に育てれば何十年も生きられるカメ。

私たちが死ぬまで大事にしようと決めていたのに。。。

カメとはいえ、いなくなって本当に寂しいです。



でも、甲羅の中に身を隠し、助かってくれて、どこかで生きていてくれればと、

祈っているのですが。。。


でも、飼いきれなくなったミドリガメを、公園の池などに離し、

生態系を崩してしまうのが問題になっているそうですから、

何処かで生きているのは、良くないことなのかもしれませんが。。。


でも、犬や猫じゃないので、戻ってきてはくれないでしょうから。。。

日本の家族はショックで、「ご飯食べられない」って言ってました。(T-T)

カメでも悲しいのですから、犬や猫がいなくなったら、その悲しみは言葉では言い表せないでしょうね。


みどりちゃん、馬鹿な飼い主を許してね。

覆いもせず、外に置いた人間は、しばらく家族みんなに責められることでしょう。。。

私もかなり怒ったけど、日本に置いてきて、世話をしてもらっていたのですから、責められません。

しばらくはショックですが。。。

残されたもう一匹を大事にします。。。

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