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毎日インターネットから、有名人の方の訃報が飛び込んできます。 |
日本の思い出
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アデレードに住んでいる旧友とその娘が、シドニー経由で日本に帰国するため、会いに行ったのです。 (下段が私です。。。ゴメンね、アバターよりずっと歳食ってて。。。しかもおデブで。) このアバターは、今より15キロも痩せていた、私の20代前半ってことで、 ひとつ、勘弁してください。(汗) いつかオフミの時、犯罪者呼ばわりされるのもやだから、実物載せてみました。(笑) この友人、高校時代の同級生で、デンスケノ隣に写ってるのがその娘、 セレナちゃん。イギリス人のおじいちゃんを持つクウォーターです。 この友人、実は私と同じくオーストラリアの永住権を持ち、アデレードに移住しています。 そして、同じ歳の子供を産みました。それがこのセレナちゃんです。 このセレナちゃん、アデレードのスズキメソードでピアノとヴァイオリンを習っています。 この友人S子とは、私がオーストラリアにワーキングホリデーで来て以来、頻繁に連絡を取り合い、 もうここ13年ほどは月に2〜3回は3時間もの長電話をする仲です。 高校時代は進学校で(しかも女子高)、 彼女は生徒会の副会長を、私は生徒会 新聞局員をしていました。 3年生になると理系、国立文系、私立文系と3種類のクラスに別れるのですが、 私たちは私立文系クラス(別名 お祭りクラス)。 隣の男子校の生徒と会いたくて、わざわざ遠回りして帰ったっけ。。。 故郷(福島県)に帰省する時も、会う事はなく、 20代半ばに再会するまでは、疎遠になっていたのですが。。。 同じオーストラリアの空の下、親戚もいない中、お互い子育てして、 そして、子供に同じスズキメソードで音楽をやらせている。。。 こんな友人が同じ国にいて、いつも私を心配して電話をくれる。 この日は、回りが日本語がわからないのをいいことに、
福島弁炸裂させ、カフェでお茶代払う時すらも、おばちゃんパワーで 「私が払うよ〜、何言ってんの、こんど500ドルの時は出してもら〜から!」 な〜んて大声で押し問答し、デンスケもセレナちゃんもその勢いに、ポカ〜ン! このセレナちゃん、写真で見るよりもっともっと実物は可愛いんですが、 母親がいっつも福島弁で話しかけているせいで、ものすごいなまってるんです。。。 「セレナね〜(語尾が下がる)、最近は〜(語尾が下がる)、 キラリンレボリューションとか見てんの〜〜!(語尾が下がる)」 ってな具合。(笑) セレナちゃんは、オーストラリア生まれのオーストラリア育ち。 オーストラリア国籍で、イギリス人とのクウォーターだけど、喋る言葉は「英語と福島弁」。 私は東京が長かったから、そんなに訛ってない(自分で思ってるだけ??)けど、 S子は福島からそのままオーストラリアに飛んでしまったので、訛り炸裂な訳です。。。 そんなS子に四六時中、福島弁で話しかけられて育ったセレナちゃんが、 きれいな標準語を話すはずもなく。。。。 搭乗口から、手を振りながらずっと後ろ向きに歩いて、立て看板にぶつかって、はにかみ笑いしながら 自動ドアが閉まって、見えなくなった。。。 |
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昨日、赤塚不二夫さんの奥さまの訃報をヤフーニュースで読みました。
赤塚不二夫さんと言う破天荒な生き様のご主人を陰で支えて、どんなにつらいことも笑いに変え、 いつもご主人を可愛がって、心から彼の人生を愛していた奥様が亡くなられました。 くも膜下出血で、56歳と言う若さでした。 私は天才バカボン世代。。。
何よりバカボンが大好きでした。 いつも心の中でバカボンの歌「これでいいのだ〜♪」を口ずさみ、 日が昇り日が沈む、その東西を「バカボンの歌の反対!」と覚えた世代。 ハチャメチャで、憎めない、なんだかいつまでも小さな子供のような赤塚さんの生き方は、 バカボンのパパ、そのものでした。 そして、彼は天才でした。 破天荒ゆえに、天才ゆえに、お酒もタバコも彼の人生。 そして迎えた晩年。。。 がん、硬膜下出血、危機を何度も乗り越えて、よみがえった赤塚さん。 好きなお酒も楽しんで、笑って生きていた姿を、 私はいつも、ホームページを通して拝見していました。 しかし、2002年に脳内出血で、危篤状態になってから、寝たきりの状態になってしまったようです。 もう、ホームページの日記が更新されることはありませんでした。 赤塚さんのお元気な頃の日記は、真知子さんのお話ばかり。 真知子さんに「いい子、いい子」してもらうお話が沢山出てきます。(笑) 赤塚さんが愛して愛して止まなかった、頼れる奥様、真知子さん。
その真知子さんが、数ヶ月前にブログを始めたことを、私は知りませんでした。 不二夫さんとの日々を、何かの形で残したいと思っていたに違いありません。 真知子さんの訃報を聞いて、久しぶりに赤塚さんのホームページを開きました。 そこには、病院に10日間も泊り込み、献身的に介護する日々を、 笑いに変えてつづる真知子さんのブログがありました。 赤塚さんへ「起きなよ!」と語りかけ、体をさすり、ご主人の大好きなさくらんぼを買って、 つぶして飲ませてあげる優しさは、涙なしには読めません。 どんなにか疲れがたまっていたのでしょう。 真知子さんの不二夫さんに対する愛は、海よりも深く、私たちの胸を打ちます。 愛するご主人を置いてこの世を去る無念さは、計り知れないものだったでしょう。。。 でも、お優しい真知子さんのことだから、 ご主人を案じて、先に天国で待っていようと思ったのでしょうか。 真知子さん、、、私たちは、今もそして、これからも、赤塚不二夫と言う人の大大大ファンですよ。 こんな面白い漫画を書く人は、もう2度と現れないでしょう。 また、天国でご主人と再会して、いっぱいいっぱい可愛がって、愛してあげてください。 私は、真知子さんと言う素晴らしい女性が、赤塚不二夫という天才を愛したことを、 ずっとずっと忘れません。 もしも叶うのなら、天国でも、楽しいブログを書いてください。 あの面白い、素敵なあなたのブログを。。。 でも、もう無理はしないで下さい。 ゆっくり休んで、そして、お暇ができたらでいいですよ。 どうか、しばらくは、ゆっくり、ご自分の時間を過ごしてくださいね。 世界一素敵な女性、赤塚真知子さん。。。
どうか安らかに眠ってください。 |
一日、消防所長で〜〜〜す! 息子が2歳の時、保育園に少しだけ預けていた時がありました。 その時に消防署見学に行ったときの写真です。 初めて預けた日は、必死の思いで泣いて、、、。 私も思わずポロリ。 でも、こんな楽しい経験もできました。 今日は久々の一日2回目の更新で〜す!
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朝早くに電話が鳴り、でてみると日本の家族からでした。 |




