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しょ〜〜もない日常をアナタに・・・・・

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こんなの、 ヤダ―

6月12日、日曜日、
市長になったばかりの、父方のはとこのにぃチャンが急逝した。

3月に就任して、
私も後援会の残りを仕事をするために、
泊り込んでいたんだよね。

朝早く起きて、お墓参りをして、
登庁、自分で車の運転してね・・・・

帰ってきて、
一杯やって、上機嫌。
「みゆみゆ、ちょちょッとできるだろ」と仕事をまかされ、

「そぉ〜〜ンな簡単な、ハナシじゃないよぉ!!」

・・・・・・って、元気だったんだよね、

元々持病があったわけではないし、

5月に緊急入院。

何十万人に一人という珍しい癌で、

急に発症して、あっというまに手の付けられない状態になっていまった。

家に戻ってきて寝かされてるニィちゃんの姿を見て、
思わず、泣き叫んだ言葉が
タイトルのように
「こんなのヤダー」

本来ならば、今年の4月で中学校校長で定年を迎えるはずだったのに、
このキッカケを逃すと難しいと周りから担がれて、
校長を中途退職、
全てを市長選にかけていた。

まわりも、一生懸命だった。
選挙運動中、
私は他の手伝いのジジ、ババ達とは交わらず、
一人黙々とPCに向かってOA仕事
 
「他所のモンに見られたくないから、データの管理はMIYUKIだけに任せると」
 
必要とされている感はうれしいものであった。

でも、
カズヒコにぃちゃんいなくなっちゃって、
大きな喪失感、絶望感。
志半ば、どころか、
最初の一歩のところで・・・・・・・・・
再び我が一族に戻ってきた政治的主導権。
少しは自分も生活しやすくなるかも、
と思っていた矢先・・・・・・・・

59歳、
本人が無念なのが一番だろうけど、

私もカラッポになってしまった・・・・・・・
 
 
 



そして、翌日朝、
母の弟が脳出血で急逝した。

ソコには無感情の私がいた。

悲しみも何も感じない・・・・・・

父方のはとこの家と母の実家は1,2分の近所、
小さい頃は、母が実家へ帰ると、
はとこの家にも遊びに行っていた。

どちらのニィちゃんも同じような歳で、
同じように可愛がってくれた。

でも、母方の叔父の死に関しては、
心が動かない・・・・

そんな自分に、感じる罪悪感。
 
 
 
 
やはり、此処は、イナカはキライだ、
 
だって、故郷では無いからね・・・・・・・
 
 

閉じる コメント(3)

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驚いたよな
ショックだろうけど立ち直ってくれ
と、簡単に言われてもな

人間何があるかわかんないもんだよな
元気だせ

ちゅうか、母ちゃんと一緒に都内に移るとか・・・
無理か

2011/7/3(日) 午後 3:29 [ speedking ] 返信する

ショックでしたね。胸中お察しいたします。そして、そんな進行性の癌があるのですね。私めも年齢的に怖く感じますよ(つд`)

2011/7/3(日) 午後 5:49 [ エイ爺 ] 返信する

ショックなことが続くと感覚が麻痺したように感じるけれど、それは無情ではなく、自分が壊れないようにする本能的な反応だと思う。

お二人のご冥福と、みゆみゆの脱・ショックをお祈りします。元気だしてね。

2011/7/12(火) 午後 9:02 [ ran-chang ] 返信する

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