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白川郷にて・・・・・・・・H22.5.4 撮影・ももんもも
くまちゃんと娘の後ろ姿&民家園
よく人におとなしそうとか、まじめで優しそうな感じとか、言われ続けて、イワユル個性のない少女時代を過ごしてきた。中学生のとき、芝居の世界に目覚め、文化祭で、脚本を書いた。典型的なコテコテのシェークスピアの喜劇「十二夜」である。
その中で、演じたい役があったけれど、・・・・・・私にその役は、巡って来ず、代わりにナレーションと、助監督プラス演技指導をこなした。その時の反動もあってか、高校に入学と同時に、演劇部に入部。期待感でいっぱいだった。
文化祭や3年生を送り出す予餞会で、運のいいことに、二回主役が巡って来た。役を決める時は、いつもオーディション形式で、投票で決まる。
私は、自分のキャラから脱出したかった。そして、別の人格になりきることは、自分への挑戦だったのである
高校を卒業後は、服飾デザインの学校で、デザイナーを目指した。
でも、もう一方で、あの舞台でのワクワク感が忘れられず、アマチュア劇団に所属して、大阪公演や博多での5週連続公演などをこなした。劇団名は、「かさぶた喰い」。人の心の中にある「かさぶた」を、剥がして、喰ってしまおうというコンセプトから生まれたのである。夜は、12時近くまで芝居のけいこ。芝居のけいこの後に、学校の課題をしなくちゃいけないので、寝るのは、いつも夜中の2時3時。全員、何処かの劇団で、芝居経験があり、主役を射止めるのは、至難の業。そこでも、役は、オーディション形式で決められ、2年間の間に、私に主役が巡って来る事はなかったのである。しんどくて、楽しくて、刺激的な、青春時代。大阪公演の時、大阪城で、歌と踊りの練習をしていたら・・・・・警察官が来て、蜘蛛の子を散らすように、逃げ惑ったのが、昨日のことのように・・・・・思い出される。
二兎を追うものは、一兎をも得ず・・・・・・二足のワラジは、履くもんじゃない。
結局のところ、ことわざ通り、デザイナーになることも、役者になることも、どちらの夢も叶わなかったのである。
どちらも、中途半端で、終わってしまったけれど、私の中で、何かが生まれ、弾けて、消えて行ったのは、まぎれもない事実で・・・・・
それが、どんな形で、私の中から、ヒョッコリ顔を出すのか・・・・・そのまま、何も起こらないまんま、眠りにつくのか・・・・・
きっと、未来は・・・・・誰にもわからない。わからないからこそ、おもしろいのかもしれない。
ずっとずっと、遠い昔の独り言に、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
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☆お芝居のこと
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高校の演劇部に入っていたころ、たまたま文化祭で、樋口一葉の「たけくらべ」をすることになり、私は、作者の樋口一葉を演じることになった。 |
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