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チョンホ達を見据える覆面の男人の手には、ヒョニの腕が掴まれていた。
チョンホは、それと無く覆面の男人の周りを見渡し、他に捕まった女人が居ないか素早く確認したが他の女人の姿は見えなかった。
多分、ヒョニはそろそろ役人が着く刻限なので、一人で様子を見に行った処で捕まったのだろう。
覆面の男人は、ヒョニの腕を引っ張り自分の前に立たせると、勝ち誇った様にヒョニの首筋に短刀を付き付けて、此方を見ながら残った盗賊達にチョンホ達を捕まえる指示を出す話の内容と夕刻に押し込んだ屋敷での対応を見る限り盗賊達の首領の様だった。
「大人しくするんだな、大分俺の手下共を手荒に扱って呉れた様だが、此処までだ」
「別に手荒に扱った覚えは無いが?私は借りた借りを返したまでだ!」
「若造が・・・・しかし良く此処が分かったな。此の場所は旨い具合に俺達を役人の目から隠して呉れていたんだが、此の場所を知られた以上此処に留まる訳にもいくまい」
「此の場所が私達に知れたのは、お前達の悪運が尽きた証拠だ!お前達が今までして来た悪行も此処で尽きる運命だろう」
ソンシクの言葉に首領は
「悪行と言ったが、俺達は役人程悪い事はしていないぞ。大体役人共が賄賂を受け取って、豪商共に便宜を図り、その豪商共が遣りたい放題で民を泣かしている。その方が余程悪行だと思うが?」
「生憎そんな役人達が居るのは事実で嘆かわしいが、全部の役人がそうでは在るまい!民を泣かせているのはお前達も同じだろう。人の家に押し入り女人を攫って身代金を要求し、身代金が払えなければ手籠にして売り飛ばす、酷い話だ」
「俺達が攫って来るのは、賄賂で私服を肥やす役人や、悪徳な豪商の娘や女房達だ。貧しい民は役人に掛けられた重い税金や、税金を払う為に高利で豪商に借りた金を払う為に娘達を売っている。不公平だろう?俺達はその不公平を無くして遣っているだけだ」
「それはお前達の悪行を正当化する為の言い逃れだし、女人達には関係の無い事だ!役人の中にも国の行く末を憂いている人達も大勢いるぞ」
「行く末だと?前王が遣りたい放題でどれだけの民が泣いたと思っているんだ。官僚達はそんな前王のいい成りだったではないか!!」
「だから、前王の常軌を逸した行動に心在る官僚達が立ち上がって、中宗反正を起こしたんです。お前達が自分の悪行を正当化する理由には成りませんね」
チョンホの言葉に首領は些か腹を立てたのだろう、ヒョニの首筋に当てた短刀を持つ手に力を込めると
「お前の能書きはいい、此の娘を無事に返して欲しければ大人しくすることだ。俺の失敗は只一つあの時お前達を殺さなかった事だ」
人質を取られ、何も出来ずにいる事に苛立って手を握り締めるソンシクだったが、チョンホは、ソンシクが盗賊の首領と話している時に傍の小屋に掛った弓を見付けると盗賊に気付かれ無い様にそっと傍に寄ると、手を後ろに廻し弓と矢を手に入れると何を思ったか、盗賊の首領に向かって弓に矢をあてがい弦を引いていた。
盗賊の首領は、チョンホの行動に驚き他の盗賊達も事の成り行きを只見ているだけだった。
「此の娘を犠牲にして俺を捕まえる気か?如何せ身分の低い娘だお前が気に止める必要も無いんだろうな」
此の盗賊の言葉にヒョニは動じず、弓で狙いを定めるチョンホの瞳を見ていたが、ゆっくりと目を閉じてチョンホの手から矢が放たれるのをじっと待っていた。
今、此の時ヒョニの心の中には、恐れも戸惑いも無く只チョンホの瞳を・・・・静かな息使いを・・・張りつめた空気を心で感じ取っていた。
盗賊にすれば当てが外れた。
今まで、危ない状況の時は娘を人質にすれば、その場を逃れる事が出来たし、チョンホ達と夕刻に押し入った屋敷で出会った時も同じ手口で逃げる事が出来ていた。
何故、今 同じ手が通用しないのか?
盗賊は、自分の身を守る事を考えたが両班の若造が、人質を無視して自分の事を弓の的にする気に成っているのを感じヒョニを抱き抱えたままジリジリと後退りをしていたが、足の踵に石が触れ一瞬足元に盗賊の注意がそれた。
その一瞬をチョンホは見逃さず、引き絞った弓の弦を放すと矢を放っていた。
矢はヒョニの首筋から僅かに逸れ、後ろの盗賊の右肩に刺さると盗賊は、手に持っていた短刀を落しヒョニを抱き抱えていた手を放し咄嗟に右肩を押さえた。
ヒョニは盗賊の手をすり抜けてチョンホの傍に駆け寄って来たが、盗賊は自分が矢に射られた事が信じられずに茫然としていた。
人質が居る以上、まさか本当にチョンホが弓を放つとは思わなかったが、右肩に走る鋭い痛みが自分達の悪事の終わりを告げていた。
「其処を動くな!!」
声の方を見ると、役人達が何時の間にか周りを取り囲んでいた。
「使いを貰って直ぐに駆け付けたが、皆無事で何よりだった」
馬から降りて忠州牧使令監がチョンホ達の傍に近付いて来た。
「矢を放った時は冷や冷やしたぞ。しかし、大した腕前だな」
忠州牧使令監に褒められるとチョンホは恥ずかしそうにしていたが、ヒョニに向かって
「大丈夫でしたか?怖い思いをさせてすまなかった。怪我はしていない様で良かった・・・・」
チョンホの言葉に、ヒョニは
「少しも、怖く有りませんでした。若様を信じていましたから」
「お前に頼まれて、弓を教えたが・・・お前が時々弓の練習をしているのは知っていた。だが、無謀だぞ」
チョンホの行動に一番驚いたのは、ソンシクだったのだ。
忠州牧使令監の指示の元、チョンホ達が先に捕まえていた盗賊達が役人達に依って引っ立てられられると、様子を隠れて見ていたジョンファ達が傍に寄って来た。
「お父様・・・・」
「ジョンファ怖い思いをさせたな、もう大丈夫だ。皆が心配してるぞ・・・・特にお前を盗賊の隠れ家とは知らずに、民家に預けたグンソクはお前に何か有ったら死んで詫びたいと私に許しを請うていたぞ」
「あの方が悪い訳では在りませんのに・・・・」
「しかし、君達のお陰で散々手こずっていた盗賊達を一網打尽に出来たんだ。礼をしなくては・・・」
「忠州牧使令監、申し訳ありませんが此の度の私達の働きを評価して下さるなら、褒美が欲しいのですが」
チョンホの言葉に皆が唖然としていた。
何時もなら、自分の働きよりヒョニ達の働きを褒めていたのだが、チョンホの次に発せられる言葉に誰も異論を唱える者はいなかった。
チョンホは、忠州牧使令監にジョンファ達を助ける手助けをして呉れた女人の刑罰を恩情を持って軽減して欲しいと頼んでいたのだ。
ジョンファからも事情を聞いた忠州牧使令監は
「事情が事情だ。娘達を助けて貰ったし、他に何人かの女人も保護した。悪い様にはしないから安心してほしい」
忠州牧使令監の言葉に、話を聞いていた女人はハラハラと涙を流してチョンホとソンシクに頭を下げていた。
「そうか、あの者達は旅立ったか・・・」
「引き止めたのですが、日程が大分遅れたと言って行ってしまいました。父上は大分あの若者達が気に入られてましたから・・・残念です。もう少し私も係わりを持ちたかったのですが・・・」
「ああ、何せあの領義政大監が見込んだ者達だからな」
「領義政大監と言えば、中宗反正を陰で取り仕切っていたと聞き及んでいますが・・・」
「ああ、あ奴は相当の狸だからのう、表立って動かんかったが軍を掌握していたな」
そう言いながら、残念そうにチョンホ達が旅立った方角を見ている大監に忠州牧使令監は、今度新しく雇い入れた女人を紹介した。
チョンホ達に依って救われた、あの女人だった。
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武術にすぐれたヒョニだからこそ、チョンホさまの動きが読めたんですね。
哀しい身の上の女性が、せめてその身が立っていくような救われ方をしてよかったです。
2010/5/20(木) 午後 8:23 [ トモコ ]
お互いを信じる事が出来たから、取れた行動だと思います。
人質がヒョニでは無く、他の女人では動きが読めずに矢を射る事が難しいと思え、あえてヒョニを人質にしてみたんですが・・・
自分が普段考えていた話では、人質にチャングムを考えていたんですが、その話を書くのはだいぶ先に成りそうなので、取り合えずヒョニを人質にしてみました。
この時代、悲しい女人は大勢いたんでしょうね。
私の話の中だけでも少しは助ける事が出来て良かったと思います。
何時もコメントありがとうございます。
お忙しいでしょうが、お身体ご自愛下さいますよう。
2010/5/21(金) 午前 1:41