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チョンホ達は、盗賊捕縛の場所で後の事を呉々も頼み、忠州牧使令監に別れを告げると、チョンホの領地忠清道・清州に向かう事にした。
旅籠に置いて来た荷物は、ジョンファの無事の知らせに心底喜んだジョンファの兄ソンジンの取り巻きの一人のチャン・グンソクが自分から志願して馬でチョンホ達の後を追って届けて呉れる事に成った。
グンソクは、自分の浅はかな行動でジョンファを危険な事に巻き込んだ自分が許せなかったが、その事が切っ掛けで此の度の大掛かりな盗賊捕縛に繋がった事で、忠州牧使令監から
「此の度の事は、不慮の出来事でお前も生きた心地がしなかったで有ろう。幸い盗賊共は一網打尽に出来た。もう気にするな」
忠州牧使令監の言葉に思わず涙が零せそうに成ったが、ぐっと堪えていると、忠州牧使令監がチョンホ達の荷物を旅籠から持って来る様にと、部下に指示を出しているの聞き付け如何するのかと様子を見ていたが、チョンホ達の後を追って届けるとの話を聞くと自ら届けたいと忠州牧使令監に志願していた。
グンソクは、あのままチョンホ達と別れるのが嫌だった。
今なら、何故ジョンファの祖父や父親の忠州牧使令監がチョンホとソンシクを婿がねとして見ていたか、分かる気がしていた。
あれだけの手柄を立てながら、自分達の手柄を自慢するでも無く、只名も無き女人の行く末を案じている事に驚きと民を思う心を見た気がしていた。
グンソクは、今まで忠州牧使令監の子息の取り捲きとして、好き放題にして来た事を思い出すと、恥かしく身の置き所が無い様な複雑な気持ちがグンソクの心を支配して来て、自分の成すべき事が分からなく成っていたのだ。
荷物を届けるのは、口実で只チョンホやソンシクと話をしてみたかったし、盗賊の人質に成ったヒョニがチョンホに弓を向けられた時、何故チョンホを信じきる事が出来たのか直接本人に聞いてみたかったのだ。
グンソクは馬に荷物を括ると、馬に鞭を当て一路チョンホ達が向かった方向に馬を走らせていた。
馬を走らせながらグンソクは頭の中で、もしあの時チョンホ達が居なかったら自分はどの様な行動をしていたか考えていたが、如何考えても盗賊の巣窟と成っていたあの森に辿り着く事は出来なかったと思い知らされていた。
グンソクは、チョンホ達がジョンファとの婚姻話を断るのを聞いた時、ジョンファを侮辱された様な気がして許せ無かった。
二人に拒絶されたジョンファが、泣きながらチョンホ達の後を追って行くのを見た時、思わずジョンファの後を追いかけていたが、ジョンファが二人に追い付いて
「納得出来ません!私の何処がお気に要りませんの?」
ジョンファの言葉に
「気に入らないとは言って無い!只私もチョンホも己の理念に従ったまでの事だが・・・」
そう返事を返された事が、グンソクの感に障った。
家柄も気立ても良く、美人で思いやりの在るジョンファとの婚姻話を簡単に断る二人が許せなかった。
話に聞くと、チョンホ達の家柄も相当なもので、嫁の候補が相当居るだろうと言う事は、ジョンファの祖父の大監の言葉でも分かっていたが、ジョンファを其処ら辺の女人と同じ様に思われた事がグンソクには許せなかったのだ。
グンソクは、今まで秘かにジョンファの事を想って来たが、高値の花と諦めてジョンファの婚姻を祝福するつもりでいたが、チョンホ達二人が自分の理念に従い断る言葉を聞いた時、グンソクは如何してもどちらかにジョンファを妻にすると言わせたく成っていた。
そんな時に、事件が起こった。
何の躊躇も無く屋敷に飛び込み、盗賊相手に怯む事も無くいる二人に驚いた。
自分だったら、見て見ぬ振りで通り過ぎていただろう事に、チョンホ達が命掛けで何の縁も無い人達の為に戦っている姿がグンソクの目に焼き付いていた。
何の欲も無く、只人の為に戦う姿は、今まで自分達がして来た事と何と大きな差が有るのか・・・・
そう思うと、グンソクは急に自分のして来た事が恥ずかしく成っていた。
ジョンファを民家に預け、一目散に忠州牧使令監の元に走っている自分がいた。
何故か、あの二人に対して卑怯な振る舞いだけはしたく無いグンソクだったのだ。
忠州牧使令監に事の次第を伝え、役人を連れて盗賊に押し入られた屋敷に戻ると直ぐ様ジョンファを迎えに行ったが、預けた民家から住人と共に姿を消して居る事が分かると、言い知れぬ不安に襲われて茫然として居ると、忠州牧使令監の息子のソンジンがグンソクの異変に気が付き、問い詰められ事の次第を話していた。
ソンジンは、父親が牧使を勤めるだけあって何か感じたのだろう、何時もと違い迅速に預けた民家の事を調べると、事の次第を父親の忠州牧使に報告に行ったが、其処でジョンファが人質にされ盗賊に連れ去られた事を知ったのだ。
チョンホ達の姿が消えて居たが、現場を調べていた忠州牧使令監の
「如何やら、チョンホ達は盗賊達の後を追った様だな」
その言葉に、一筋の望みを託している自分がいた。
今まで神仏に頼んだ事等無いが、縋る思いで祈るグンソクの姿が在った。
もしジョンファが無事に戻る事が出来たなら、今までの行いを悔い改め民の事を考え弱い者を助ける為に行動する事を誓っていた。
近隣を探しながら時間だけが虚しく過ぎ去り、焦る気持ちに絶望的に成っていた時に、チョンホ達の傍に居たグンミンが現れた。
「お嬢様を連れ去った盗賊達の隠れ家を見付けましたので、直ぐに案内する様にとの事です。お急ぎ下さい」
「ジョンファは無事なのか?」
「私が此方に向かった時は、奥の小屋に他の娘と一緒に押し込められていましたが・・・・」
「チョンホ達は何をしてるんだ!」
グンソクの苛立った様子に忠州牧使令監は、落ち着いた様に
「此処でこの男人を問い詰めても仕方在るまい」
「小屋の傍には見張りが居て、側に近ずく事が出来ません。盗賊の人数は三十人程と見受けました」
グンミンの言葉に、忠州牧使令監も心中は穏やかでは無いが、自分が動揺しては手抜かりを起こしかねないと静かに役人達を指図してグンミンの後を追た。
暗い夜道に提灯の灯りで足元を照らし、走るグンミンの足の速さは尋常では無く、松明を翳して馬で後を追う忠州牧使令監達はグンミンを見失わない様に必死だった。
グンミンが持つ提灯の灯りだけが道しるべなのだ。
必死で馬を走らせ、森に着くと周りを囲む様に役人達に指示を出して森の中に入って行くと、其処で見る光景に思わず息を呑んで動けなかった。
焚き火の灯りに照らされて、チョンホが弓を引いてる姿が見えたが、弓の先には人質にされているチョンホ達の連れの若い娘の姿が在ったのだ。
固唾を呑んで見ていると、チョンホの行動に盗賊の方が動揺して後ろにジリジリと後退っていたが、何かに一瞬気を取られた時、チョンホの指先から鋭く矢が放たれた瞬間、周りに居た役人達は思わず目を閉じていた。
役人達は、娘の悲鳴が聞こえると思って居た所に聞こえて来たのは男人の唸り声で、目を開けると盗賊が右肩を押さえて信じられないと言う様に茫然としていたのを捕縛した。
グンミンに案内されて来る間に、殆んどの盗賊を縛り上げていた手際の良さに忠州牧使令監も驚きを隠せなかったが、ジョンファの話でその時の事を聞いて居ると、漢陽の領義政大監から父親の大監が貰った書簡に書かれて在ったチョンホ達の活躍を褒め称える領義政大監が決して大袈裟では無い事を物語っていた。
全ての盗賊を捕縛して後始末をしていると、チョンホ達は、此のまま旅立つと言って後の事を呉々も頼んで旅立ってしまったのだ。
グンソクは馬を走らせながら、自分達が今までして来た事を思い起こしていたが、何れも人に誇れる事等無く、寧ろ人に嘲けられる事ばかりだった。
只、その時の気分次第で日々を過ごして来たが、人々に如何思われようが構う事は無かった。
だから、今チョンホ達と出会い、チョンホの相手の心の奥底を見透かす様な眼差しに戸惑いを感じていたのだ。
山を越え、暫らく馬を走らせていると村外れの酒幕で昼食を取るチョンホ達を見付けた。
馬から降りるとゆっくりと酒幕の側に行き、近くの木に馬を繋ぐと荷物を馬から下ろしチョンホ達が座っている処まで行くと声を掛けていた。
「旅籠に置いて在った荷物を持って来たが・・・・」
「有難うございます」
「済まなかった。あそこまで出向くと戻るよりも進む方が楽だったからな・・・・今此処に居ると言う事は食事はまだだろう。一緒に如何だ?」
グンソクが座れるようにヒョニが座を譲り、酒幕の亭主に食事の追加を頼んでいた。
グンソクは座ると、忠州でチョンホとソンシクにした自分の行動を詫びて、ジョンファを助けて貰った礼をしていた。
そうして、もう一度ジョンファとの事を考え直して欲しいと二人に頼んでいたのだ。
「私達に言わないで、自分が妻にしたら如何なんだ。私達の妻に成るよりもジョンファは幸せに成ると思うがな」
「馬鹿な事を言うな、私では釣り合いが取れないし、ジョンファが可哀想だ」
「可哀想か如何か・・・・貴方に想われている事は知らないのでしょう?」
「それに私達は、はっきり断りを入れている。他の男人に取られる前に早く告白するんだな」
考え込むグンソクに
「今までの事を、償う気持ちで此れからは動けば良いのではないでしょうか?」
グンソクが考えて居た事を見透かす様に言うチョンホの言葉に
「そうだな、確かに人に褒められた事では無い様な事ばかりして来たと聞いているが、此れから如何するかだと思うがな」
「そうですね、信用して貰うのは大変ですが、己の行動を悔い改めて今から如何生きるかが大事ですね」
チョンホとソンシクの言葉に今まで胸に痞えて居た物が取れて行く気がした。
「当たって砕けろと言うだろう。精々粉々に砕けてみたら如何だ?」
「酷い言い様だ。まるで私では駄目に聞こえるが」
「何だ、自信が無い様に見得たが、精々頑張るんだな」
「多分、想いは伝わると思いますよ」
二人の言葉に穏やかな自分が居るのが不思議だった。
食事をしながら一頻り話し込んでいたが、チョンホ達の足を此れ以上止める訳けにもいかず、村外れまで見送ると引き返した。
チョンホに矢を向けられた時の気持ちをヒョニに聞いて見様としたが、止めておいた。
多分『信頼』の二文字しか無いのだろう。
後日、漢陽に戻った頃、領義政大監よりグンソクとジョンファの婚姻の話を聞く事に成る。
忠州の大監から書簡が届いて『グンソクの押しの強さに負けた。ジョンファを幸せにして呉れるだろう。孫息子のソンジンもチョンホ達に出会い刺激を受けた様で此れからが楽しみだ』と綴られていた。
追記
さる官僚の子息の結婚式に呼ばれ、お供に名も無き女人を同行したが泣かれて困ったと書簡に有った。
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