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忠州を盗賊摘発のドサクサに紛れ、旅立った形に成ってしまったチョンホ達だが、口には出さずともあの女人の行く末が穏やかで在る様にと思う心は一緒だった。
漢陽を旅立ってから秋も大分深まり、肌寒い日が続いていたが、チョンホ達は何事も無かった様に穏やかな旅を続けていた。
「何か、こう何も無いと退屈ですね」
「何だグンミン、お前は揉め事が好きなのか?」
「揉め事が好きって事は無いですよ。何にも悪い事は無い方が良いに決まってますからね」
「そうですね、何も無い穏やかな日が続く事は幸せな事でしょう。呉々も揉め事が起きない様にお前達も祈っていて下さい」
チョンホの言葉にグンミンが首を竦めると、すかさずヒョニに脇腹を小突かれていた。
忠清道・清州に在るチョンホの領地に入ると、チョンホ達一行は、領地を任されている執事夫婦に温かく向かい入れられていた。
「若様、大旦那様にお手紙を頂いてお待ちして居りました。予定より随分遅れての到着ですが、途中何かあったのでしょうか?」
「いや、別に何も無い、途中に在る温泉が気に入って数日逗留した位だ」
のんびりと穏やかに答えるチョンホに執事は、途中でチョンホ達に何が起こっていたかは想像する事も出来なかった。
領地に滞在中は、ヨンウンやグンミンも農作物の収穫を手伝いヒョニは執事の妻や娘と台所で賄いを手伝っていた。
チョンホはソンシクと一緒に農園や菜園を周りながら、下女や下男の話を聞いてチョンホは改めて領地を任してある執事の実直さに触れた様な気がして心が穏やかに成っていたのだ。
数日間をチョンホの領地で過ごし、次の目的地で在るソンシクの領地に向かい歩みを進める事にした。
ヨンウン達が手伝った事で、事の他作業が進み旅立つ日には持ち切れない程の食材や酒を持たされたが、ヨンウンは重いとも言わずに、むしろ自分から進んで荷物を持っていたが、考えてみればその半分以上がヨンウンの腹の中に収まるのであってヨンウンにすれば苦には成らなかったのである。
短い滞在では有ったが、その中でグンミンは執事から算術を教わっていたが、事の他呑みこみが早く商才が有る事に自分でも驚いていた。
秋晴れの中、進む一行の中に真新しいチマチョゴリを身に纏い嬉しそうにしているヒョニの姿が在った。
チョンホの領地に滞在していた時に、執事の妻が新しく作って呉れた物だった。
今まで、古着しか着た事のないヒョニにとっては、新しいチマチョゴリを着るのが勿体なく、荷物の中にしまって持って行こうとするのをソンシクの一言で着る事にしたのだ。
「折角作って呉れたんだ、着たら良いだろう」
「でも、勿体ないので余所行きにしようと思います」
「何、私の領地でもチマチョゴリ位新調してやるさ。お前はそれだけの働きをしているんだ、大威張りで着てて良いさ」
「そうだよ、ヒョニが着ないと俺達も新しい着物を着れないだろう。折角作って貰ったのに・・・」
途中から予定外に道連れに成っていたヨンウン達の着物は、擦り切れていて流石にチョンホも可哀想に思い、秘かに執事に頼んでいたのだった。
新しいチマチョゴリを着て歩くヒョニの姿は眩しかった。
今まで、地味で色あせたチマチョゴリを着ていたが、目の覚める様な真紅のチマと黄色のチョゴリに擦れ違う人々は、皆振り返りヒョニを見ていた。
美形な両班の若者二人、そして連れの綺麗な娘とお供の二人、旅をしているチョンホ達は事の他目立っていたのだ。
チョンホの領地・清州を旅立ち、ソンシクの領地全羅道・光州に向かっている時に、不思議な男人と道連れに成る事に成った。
身成りはみすぼらしく、見るからに落ちぶれた感じのする両班だった。
此の当時、両班でも相当の財力が無く、官史に成りえない両班の末路は相当惨めな物だったのだ。
その両班はチョンホ達が旅籠を出た辺りから、何と無く着いて来ていたが、昼食時に成り見晴らしの良い山の上で昼食を取る事にして座り、旅籠で作って貰った握り飯を食べようとした時に、その男人が声を掛けて来た。
「ほう、珍しい光景だな。両班が身分の低い者達と一緒に同じ場所で飯を食うとは」
繁々とチョンホ達を眺めていたが
「困った時は、相身互いと言う助けあいの精神が無くてはいかん。如何だその握り飯、同じ両班のよしみで私に恵んでくれぬか?」
「名前を名乗らずに、握り飯を恵んでくれと言うのも可笑しな話だ。事と次第に依ってはくれて遣らぬ事も無いが・・・」
相手は、自分達より年上だったが、余りの身成りの見窄(みすぼ)らしさと、それに反した横柄な態度に、ソンシクがそう言うと
「貴公の言う事ももっともな事だ。私はイム・ジュファンと言う。如何だその握り飯恵んでくれ」
「名前を名乗らせて、差し上げ無いと言うのも可笑しな話しですので、此れをどうぞお食べ下さい」
チョンホはそう言うと、自分の握り飯の包みから一つ手に取り、包みに残った二つの握り飯をジュファンに渡していたが、その様子を見ていたヒョニが自分の分の握り飯を一つチョンホに渡し、水の入った竹筒をグンミンがジュファンに差し出していた。
ジュファンと言う男人は、余程腹が空いているのだろう。むさぼる様にしてチョンホから渡された握り飯を食べていたのだ。
食事が終わり、歩きだすチョンホ達の中にジュファンの姿が在った。
チョンホもソンシクもその男人に着いて来いとも、着いて来るなとも言わず何時の間にか自然にチョンホ達一行に加わる形に成っていた。
夕刻、町に辿りつき旅籠を探すと当然の様にジュファンもチョンホ達の後に着いて宿の中に入って来ていた。
余りの厚かましい態度に、ヨンウン達も驚いていたが、当のチョンホやソンシクが何も言わないのに自分達が文句を言う訳にもいかず、相手が両班と言う事も有りジュファンの行動を黙認する様に成っていた。
ジュファンは、時折黙って姿を消す事が在ったが、何時の間にか現れるとチョンホ達の中に入って歩いていた。
チョンホもソンシクも、その得たいの知れない乞食両班の事が気に成ったが、話の中に時折垣間見える知性の深さに驚き、自分達から離れずにいる事で、自分達の側に居るのは、何か目的が在るのだろうと考えて、敢えて何も言わずにいたのだ。
それ程大きく無い町の酒幕で、昼食を取っている時にチョンホ達の側に老婆が近付いて来ると徐にヨンウンの腕を掴んで
「ギョンインや、今まで何処に行ってたんだい!夜も眠れない程心配したんだよ」
老婆の言葉に、酒幕の女将が驚いて
「御婆さん、此の人はギョンインじゃないよ。人違いだよ」
酒幕の女将の言葉で、我に返ったのだろう。
その老婆は寂しそうな顔をして掴んだヨンウンの腕から手を放していた。
驚くヨンウン達に、酒幕の女将は
「此のお婆さんの孫息子が、二月程前から行き方知れずに成ってましてね。背格好の良く似た男人を見るとこんな風に成っちまうんですよ。決して悪気は無いんです、許して遣ってくれませんか?」
両班が一緒の所為か、老婆の無礼を咎められたらと考え低姿勢で話す女将に
「許すも許さないも無い、わざとではあるまい。しかし、その孫息子は何処に行ったんだ」
ソンシクの問いに、酒幕の女将は
「さあ、私達も探したんですけどね・・・何処に行ったのやら」
「この男人と同じ背格好なら、相当目立つだろう。誰にも見られずに姿が消える事はあるまい」
ソンシクと女将の話を聞いていた乞食両班は、何を思ったのか
「他に行方知れずに成っている者はいないのか?」
乞食両班の問い掛けに、酒幕の女将は暫らく考え込んでいたが、何か思い出した様に
「そう言えば、町外れに住んでいた若い男人が此処一月程姿を見せなく成っていますね」
女将のその言葉を聞いていた客の一人が
「此の先の村にいた若者が、何人か二月程前に消えたと聞いた事があるな」
「あら、初耳だわ」
「普段から、悪さばかりしていた奴らだから、居なく成って村の人達もほっとしているんだろう。探す事もしなかった様だ」
客と女将の話を聞いていたチョンホとソンシクは思わず顔を見合わせると、乞食両班の様子を窺っていたが何か考え込んでいる様子に気が付かない振りをして
「何か、おかしいですね。一・二ヶ月の間に若い男人ばかりがいなく成るとは・・・」
「ああ、匂うな」
ソンシクの言葉に乞食両班のイム・ジュファンが、思わず着物の袖口に鼻を付けて、クンクンと匂いを嗅ぎながらヒョニに
「そんなに匂うか?」
「旦那様の事では無いですよ!若様達は他の事を言っているんですよ」
「そうか?」
そう言いながら笑うジュファンの瞳が笑って無い事に、気が付いているのはチョンホとソンシクだけだった。
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彩さん、こんばんはっ。お久しぶりです。
「ファン・ジニ」のキム・ジョンハンも流浪の両班でしたね。物乞いの食べ物を横取りしちゃったりしてました。ジュファンもそんな感じなのかな。
次、読ませていただきに行ってきまぁす。
2010/7/14(水) 午後 9:34 [ トモコ ]