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チョンホは役人らしき者達に監視されてる事と、老婆の行き方知れずに成っている孫息子の事を相談した役人の態度が気に成って酒幕の女将に官営の高官で在る県監(従六品)の普段の様子を聞いてみたが、この町にいる高官は民の事を考えて呉れる優しく思いやりの有る高官だと褒めていた。
老婆の訴えを聞かないのは、下の役人で面倒な事に係わり遭うのが嫌なのだろうと言う事だった。
面倒な事と言っても、最初は親身に成って老婆の話を聞いてくれていたと話していたのだ。
翌日、掌を返した様にと言うのは・・・・多分老婆の話を聞いてから、翌日に掛けてその役人に対して何かしらの働きかけが有ったのだろう。
下の役人が勝手に訴えをもみ消す事は、出来ない筈である。
その役人の上官、若しくは其れ以上の立場の者の指図なのか?
三陟の官営に居た判官キム・ドンギュ。
汚職に塗れ、私腹を肥やすキム判官の様な役人等、何処にでもいるが、この町に居る県監の評判の良さにチョンホは、何か引っかかる物を感じていた。
それ程、思いやりの有る人物なら、下の役人も老婆の話しをうやむやにする筈は無いと考えていた。
現に、その役人は、老婆の話を聞いた時は、親身に成っていたと言っていたのだ。
何か有る!!
そう考えたチョンホは、急に妓房に行きたいとソンシクに話していた。
「珍しいな、お前から妓房に行きたいなんて、如何言う風の吹きまわしだ?」
「いいえ、別に・・・只此の町の役人達が出入りすると思い、何か妓生達の噂話しに出るかも知れないと思っての事です」
「酒が入ると迂闊に話をする奴も居るからな・・・・何か手掛かりがつかめるかも知れない。よし行こう!」
そう言うと、早速酒幕の女将に妓房の場所を聞いて、出掛けたが、田舎の妓房と言っても、其れなりに賑わっていて、夜が華やかに彩られていた。
チョンホとソンシクは、普通なら書堂に通う年頃で妓房に通うには若く、一応乞食両班のイム・ジュファンに社会勉強の為にと言う名目で連れて行って貰う事にしたが、経費はもちろんチョンホとソンシクの負担だった。
始めての客と言う事も有り、通された部屋は隅の方の寂れた部屋だった。
生憎、主だった妓生達は、常連の官営の役人達の座敷に出てしまい、残っているのは売れない妓生と賄いの女中だけだったが、その方がチョンホ達には好都合だった。
妓生と賄いの女中は、妓房に慣れていないだろう年頃のチョンホとソンシクの初々しさと、整った顔立ちに女心が刺激され親切に色々と話を聞かせてくれたのだった。
チョンホ達は、思いやり深い高官で在る県監の噂に
「それ程の人物が、この様な田舎に埋もれているのは、勿体ない。漢陽に出て祭り事をした方が、良いのではないでしょか?」
「民に慕われる様な役人等、ほんの一握りだろう。あやかりたい物だな」
そう言ってわざと高官を褒め挙げて妓生達の様子を窺っていたが、乞食両班のイム・ジュファンが
「そんなに出来の良い役人なんかいる物か、如何せあくどい事等しているんじゃないのか?」
妓生が側にいた賄いの女中の顔色を見ていたが、声を潜めると
「内緒の話ですけど、表向きは、評判の良い方ですが、裏では相当あくどい事をしていますよ」
その言葉にソンシクは自分達の感じていた物が、間違いないと確信していた。
妓生は、俯いて話を聞いている賄いの女中の様子を見ながら、話を続けていた。
「本当は、この賄いの女中は、元は両班の奥さんだったんですよ。高官の策略でご主人が濡れ衣を着せられて、身分を奴婢に落されて、こんな処で働いていますけどね」
気の毒そうに話していた。
「ほら見ろ、そんな善人の役人なんかいないのさ。金儲けと権力しか考えていないのだろう。表向き善人を演じていれば、事が露見した時部下に罪を着せる事も出来るからな」
ジュファンの言葉に、その妓生は隠された高官の噂話を聞かせてくれた。
賄いの女中に、罪に落された経緯を聞き出し、妓生から聞いた噂に高官の表の評判と裏腹な隠された裏の顔を垣間見た気がした。
下女の話が本当だとしたら、見えない処で行われているであろう高官の悪行に激しい嫌悪感を抱いたチョンホ達だった。
そして、一連の若者達の行方知れずに、何か関与しているのではとの疑惑が湧いて来て高官の身辺を秘かに調べる事にした。
妓生の話だと県監は、今夜秘かに呼び付けた商人の様な男人と密会していると言うのだ。
チョンホは、妓房の下女に酒幕に使いを出してグンミンを呼んで貰うと、県監と密会していた商人らしき男人の身辺を調べる様に話し、グンミンも心得ている様に直ぐに行動に移していた。
チョンホ達は、一頻り妓生と賄いの女中から話を聞き出すと、妓房を後にしていた。
酒幕に帰る途中で、何か男人の言い争うような声を聞いて、思わず足を止めると声が聞こえた方から
”何をするんですか!!”
男人の悲痛な声に、チョンホ達は声の方に駆けだしていた。
声の主は、もう一人の男人に斬り付けられ、よろめいた処にもう一度斬られそうに成っていたが、駆け付けたチョンホ達に助けられ、斬り付けた男人は舌打ちをすると顔を見られない様にして逃げて行った。
残された男人が怪我をしていたので、取り合えず酒幕に連れて行き医者を呼んで手当をして貰ったが、思ったより怪我の具合が軽かった様だが、その男人は逃げた男人に斬り付けられた事が信じられないと言う様に茫然としていた。
取り合えず、今夜は酒幕に泊めて様子を見る事にしたが、その男人は眠れずに夜を明かした様だった。
翌朝、酒幕の女将が部屋に薬湯を持って来て、その男人の顔を見ると驚いた様に
「まあ、怪我人が運び込まれたって聞きましたが、お役人様だったんですか?一体何が有ったんです?」
「女将、この男人と知り合いか?」
ソンシクの問いに
「ええ、官営のお役人様で、あのお婆さんの行き方知れずの孫息子の話を聞いて呉れたお役人様ですよ」
「確か、掌を返した様に老婆の訴えを退けて、老婆から逃げ回っている役人でしたね」
チョンホの言葉にその役人は身の置き所が無い様に小さく俯いてしまった。
「何か訳が有るのだろう、良かったら話してみて呉れないか。私達に出来る事が有れば手助けができるかも知れない!」
ソンシクの言葉に、その役人は暫らく黙って考え込んでしまったが、チョンホもソンシクも決して話を急がせず、その役人が話し出すのを待っていた。
暫らく考え込んでいた役人が、重い口を開くと
「失礼ですが、貴方方は、もしかして領議政大監様から通達の有った成均館の儒生で在られるパク・ソンシク様とミン・ジョンホ様でしょうか?」
その問いにソンシクは
「ああ、そうだが、此処の官営にも如何やら通達が有ったようだな」
「そうですね。しかし解せませんね。通達が来ていながら陰で私達を見張っていましたからね」
「まあ、チョンホそう言うな、何か訳が有るんだろう?」
ソンシクは、その役人の顔を見ながらチョンホの言葉を押さえると、その役人が次に話し出すのをじっと待っていた。
その役人は、覚悟を決めたのか重い口を開いて話しだした。
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