|
「あの老婆には、悪い事をしました。あの老婆が官営を訪ねて来て、孫息子が行き方知れずに成ったので探して欲しいと私に頼んで来たので、色々とその時の状況を聞いて捜査をしようとした矢先、上司からその一件には係わる事は罷り成らぬと言われ、理由を尋ねても知る必要など無いと言われ取り合って貰えず、翌日あの老婆が訪ねて来ても上司からの命令で話を聞く事も出来ずに・・・・其れからは姿を見ると自責の念にかられ老婆を避ける様に成っていました」
その役人は、肩を落として帰る老婆の後ろ姿に亡くなった自分の祖母を思い出したと話していた。
老婆を避ける様に成って、老婆が肩を落として帰る後ろ姿を見る度に、何か老婆に申し訳無く思い上司に相談したが、けんもほろろに扱われ、係わり合い成るなと再三の注意を受けたが、孫息子を探し周る老婆が哀れに成り、秘かにその孫息子が行方知れずに成った時の事を調べ出していた。
その事を知った上官に呼び出され、今回の事に成ったのだった。
怪我をした役人は老婆の孫息子の事を調べるうちに、県監の今まで見えなかった闇の部分を知る事に成って、驚きと共にその事を黙認するしか無い現実に遣り切れない思いで胸が潰されそうに成っていた。
今まで仕えた上官の中でも、民の事を考え決して己の欲望を満たす為に動く上官では無いと、尊敬の念を持っていたのだ。
だがそれは、あくまで表の顔で裏の隠された顔で、自分に盾を突く者達を平気で罠に掛け有りもしない罪を作り貶めていたのだ。
今度の一件は、他に行方知れずに成っている若者達とも関係している事が分かり数人の役人が係わっている事も分かって来た。
そう思っても、下級役人の自分には何の手だても無いまま時間だけが過ぎて行ったが、此処数日上官達の動きが慌ただしく、町に入って来た旅の両班を見張る様な行為にもしかして領議政大監より通達の有った成均館に通う方々かも知れないと思ったが、余りにも若い二人に人違いかも知れないと疑心暗鬼に成っている官営の役人達を見ながら、もしかしてあの二人なら手助けをして呉れるのではないかと一筋の望みを持って内密に尋ねる矢先だったのだ。
一通りの話を聞いていたチョンホとソンシクだったが、同じく話を聞いていた乞食両班のイム・ジュファンもその話しを聞いて何か考え込んでいた。
傷は浅手でだったが、命を狙われた役人が又襲われ無いと言う保障が無い以上、怪我をした役人を其の儘にして置く事も出来ず取り合えず安全な処に移す必要が有った。
乞食両班のイム・ジュファンの提案で、怪我をした役人を取り合えず人目に付かないように荷車に乗せてござを被せ他の荷物を乗せると外に運び出した。
ジュファンが他に隠れ家として安全な処が有ると言うので、此処は、ジュファンを信用して怪我をした役人の事を頼む事にしたのだ。
怪我をした役人の話では、如何やら県監の命令で内密に他の役人が動いて居るようで、その中の一人が隠れる様に人目を気にしながら出掛けるのを見ると、こっそり後をつけて行くと、山間の谷間に入って行ったが見張りが居て、其れ以上は跡を追う事は困難で何をしているかは、不明だが何か有る事は確かだと話していた。
チョンホ達は、怪我をした役人の話で、官営の役人が当てに出来ないどころか、もしかしたら敵対しなくては成らない現状だが、怪我をした役人の様に県監の不正を見かねて正義の為に動く者が居るかも知れないと微かな希望を持つ事にした。
ジュファンが安全だと言う場所に怪我をした役人を移すと、丁度グンミンが戻って来た。
「あの商人みたいな男人は、此の先に在る山間の谷間に入って行ったので、そのまま後を付けましたが、途中から見張りが厳しく後をつけるのが困難で・・・しかし、あれ程見張りが居る処をみると、余程知られたら困る事でも有るんでしょうね」
グンミンの報告に、その山に何か秘密が在る事は明白だった。
チョンホは、暫らく何か考え込んでいたが、ソンシクに
「ヨンウンに働いて貰いましょう」
「確か行方知れずに成った孫息子は、身体つきがヨンウンに似ていたな・・・・ヨンウンを餌にして悪党を釣り上げようという魂胆か?」
「餌にするとは、聞こえが悪いですね。いっそヨンウンに相手の懐に潜り込んで貰おうと考えただけです」
「まあ、どちらにしても、そうしないと糸口が掴めまい!ヨンウン済まないが頼む」
「人助けに成る事ですからね。それにあの婆さんが可哀想で・・・俺でよければ餌にでも何でも成りますよ」
ヨンウンはそう言うと笑っていた。
翌日、ヨンウンとグンミンは近隣の村に出掛けたまま戻らなかった。
その次の日、一緒に行動していたグンミンからの書き付けが子供の手によって渡されたのだった。
「お兄ちゃんが、此処に来て此の手紙を 両班のお兄さんに渡すと、お駄賃を呉れると言ってたよ」
手紙を持って来たのは、七歳位の子供だったが、子供にそう言われ手紙を受け取ると、ソンシクが多めに金子を出して子供の手に金子を握らせていた。
「有難う。助かったよ坊や、何処で此の手紙を渡されたんだ」
「此処から、二つ先に在る村の外れだよ。弟と遊んでたら、お駄賃を呉れるって言うからさ、此処まで来たんだ。おいら、弟や母さんに美味しいお餅食べさせてやりたくてさ」
そう言うと、ソンシクから貰った金子を巾着の中に大事しそうにしまい込んでいた。
「そうか、美味しい餅を弟やお母さんに食べさせてやりたいのか・・・其れなら態々遠い処を手紙を運んで貰ったんだ。別に餅をやるから、その金子はお母さんに渡してやればお母さんも喜ぶだろう」
チョンホはそう言うとヒョニに言って、別に餅を用意させ風呂敷に包んで子供の背中にくくり付けてやった。
「こうすれば落さなくて済むからね。皆で食べなさい」
子供は、お駄賃とヒョニから沢山の餅を貰い嬉しそうに帰って行ったが、その後ろ姿を見てヒョニが
「弟やお母さんに餅を食べさせてやりたいなんて・・・父親は居ないのかしら?」
「親の居ない子等、大勢居る。お前もそうだったろう」
ソンシクにそう言われ、ヒョニは一瞬寂しそうな顔をしていた。
兄の事を思い出していたのだろう。
親に死なれて、兄と二人で生きて来て、目の前でその兄が死ぬ処を見ていたのだ。
「あの子は、それでも母親が居るだけ幸せではないかな?」
ソンシクは、ヒョニの寂しそうな顔に気が付かない振りをして言った言葉だった。
グンミンの書き付けには
『ヨンウンが、男達に連れ去られた。後を追う』
それだけが書かれていた。
前もって、何か有ったら呉々も抵抗だけはするなと、怪我をしない様にとチョンホが言い含めて居た為に、ヨンウンは無抵抗で捕まったのだろう。
|