月の☆彩り

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武官編

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武官其の十二

翌日、宮中の執務室でチョンホが書類の整理をしていると、ソンシクが慌ただしく入って来て

「おい、聞いたか?」

「何をです?」

「昨日、太子殿下が特令熟手の作った料理を食した後に手足が麻痺したらしい」

「太子殿下がですか?・・・まさか、原因は分からないのですか?」

「原因は、今調べている処らしいが、医務官が毒を盛られたとの診立てをしたらしい」

「しかし、食事に毒を入れたと成ると・・・気味尚宮によって毒見もされて居る筈ですし、銀のさじに反応も出る筈、迂闊に太子殿下が食される事等有り得る事では有りません」

「医務官の話では、毒の中に銀のさじに反応しないのも有るそうだ。料理の事なので、今 水刺間に原因を調べさせて居る様だ」

「でも、何故其の話が昨日私達の耳に入らなかったのでしょう?」

「原因がはっきりしておらず、悪戯に騒ぎが大きく成らない様に関係者にしか通達されて居なかったらしい」

「そうですか・・・しかし銀のさじに反応しない毒、水刺間で原因が解明出来るでしょうか?」

「分からん、警備の問題なら我々で解明出来るが、料理と成ると専門外だからな」

「水刺間で原因が解明出来なければ、特令熟手は只では済まないでしょうね」

「太子殿下が係わって居る、多分・・・死罪・・・だろうな」

重苦しい雰囲気の中、チョンホは昨日のソ内人の事を思い出していた。

何故か、やつれていて思い悩んで居る様な感じだったのだ。

チョンホが分かるのは、水刺間が今、原因解明に大変な事に成って居るだろうと言う事だけで、太子殿下の容態が気掛かりで時間だけが過ぎて行ったが、水刺間に居るソ内人も大変だろうと考えて居た時だった。

ソンシクが穏やかな雰囲気でチョンホの傍に来て

「原因が分かったぞ」

「やはり、毒ですか?」

「いや、食い合わせだそうだ。ニクズクとチュンジョジョナプタンに入っていた朝鮮人参が原因らしい」

「食い合わせですか、しかし医務官でも分からない事を調べるとは、凄いですね。之で罪の無い特令熟手が死罪を賜る事が無く成って良かったです」

「其の事を調べて原因解明したのが、誰だか分かるか?」

「さあ、余程熟練した尚宮ですか?」

「いや、ソ内人だそうだ」

「ソ内人が?」

「ああ、ソ内人が自分で太子殿下と同じ物を食して、調べたそうだ」

「自分の体で試したと言うのですか?」

「其の様だな、しかし自分の体で試すとは、聡明では有るがやはり風変りだな。今まで誰もその様な事等した者など居らんからな」

感心しているソンシクを見ていて、彼女が自分の体で試した事にチョンホの心中は穏やかでは無かった。

「自分の体で試したなんて・・・其れで今如何して居るのでしょうか?」

「王様が医女を遣わして、治療をさせて居る所だ。詳しい事は、まだ分からんが・・・一つ確かなのは、原因を明確にする為に太子殿下より多く、原因に成ったニクズクを食したそうだ。其の為に太子殿下より症状が重く成ったらしい」

ソンシクの言葉に、ソ内人が『郷薬簡易方』を借りに来た時の様子が思い出され、医書を抱えて思い悩む様なソ内人の顔が忘れられなかった。

今、如何して居るのだろう?太子殿下より症状は重いと聞くと、チョンホは無性にソ内人に会いたく成っていたが、女官の官舎は男人禁制。

そんな事を考えて居ると、ソンシクが声を掛けて来た。

「女官の官舎は、男人禁制だから呉々も傍に行くなよ!! ソ内人の様子は私が調べるから心配するな、何せ私の奥方殿がソ内人の贔屓だからな、今までの事が有るから周りから変に思われる事も無いだろうからな」

ソンシクの言葉が、有りがたかった。

この様な時に、ソ内人の傍に行けないもどかしさに、苛立ちを覚えるがソ内人が女官で有る以上行動を慎まなくては成らず、決して自分のこの様な想いでソ内人に害が及ぶ様な事は避けなくては成らないのだ。

だが、何と辛い物なのだろう。

会いたい・・・只会いたい、一目遠くからでも姿を見たいと想う気持ちが湧き上がり、ソ内人を想って胸が押し潰させそうに成っているチョンホだったが、何時の間にか手にノリゲを握り締めて居た。

チョンホが無意識に握りしめるノリゲにソンシクが気が付くと

「まだ、見つからない様だな、錦鶏を持った女人か・・・」

「ええ、調べて居るのですが足取りが途切れたままで、何故か此のノリゲを傍から放す事が出来ずに、何時も持ち歩くのが習慣に成ってしまった様です」

そう言って、寂しそうに笑うチョンホをソンシクは複雑な思いで見て居たが、無言でチョンホの背中を軽くトントンと二度叩いて内禁衛の兵士訓練場に向かって行った。



ソンシクの胸の内をチョンホが知ったら如何成るのだろう、錦鶏を持った女人とソ内人が同一人物・・・其の事実を握り潰して、敢えてチョンホに知らせずに居る事に罪悪感を覚えるが、最近のチョンホを知る限り正しい選択だったとソンシクは考えて居た。

そんな事をソンシクが考えて居る等と知る由も無く、ソンシクの後ろ姿を見送りながらチョンホは、自分の気持ちに飲み込まれそうな時に、何時も傍に居て呉れるソンシクの存在が有りがたかった。

チョンホの行動を本気で心配して、時には叱責される事も有るが、そんなソンシクが傍に居て呉れたからこそソユンの事も乗り越えられたのだと思う。


其れから数日の間、宮中で水刺間の女官の話題が絶えなかった。

『自分の体で試し、太子殿下の麻痺の原因を突き止めた、忠義の女官。』

王様も、命を掛けた女官の働きに大層感心して牛肉を下賜されたと、官史達の評判にチョンホの心は重かった。

幾ら原因究明が、水刺間に命じられてもソ内人が何故、自分の体で試す様な真似をしたのか、ソ内人自身に問いただしたいと思う気持ちを抱えたまま、長い時間が過ぎたが完治して現場復帰をしたとソンシクに知らされ、安心する自分がいてソ内人自身に問いただしたいと思った事等如何でも良く成って居た。

只ソ内人が無事なら、其れだけで良かったのだ。

無事で宮中に居るなら、何時か又書物を借りに来るだろう。

今度は水刺間の傍に佇んで、様子を窺う事無く居たが、自分の事でソンシクや副官達を心配させる事が心苦しく、構えて平静を保とうとしていたチョンホだった。




ソ内人が、完治して水刺間に復帰してから数日が過ぎて居たが、一向に姿を見せないソ内人にチョンホは一抹の寂しさを感じて居た。

只、書物を貸すだけの官史でも良い、少しの時間でも良い会って顔を見て話をしたい。

そんな事を考えて居た時に、取次の兵士がチョンホの元に来て

「従事官殿、水刺間の女官が面会を・・・・」

兵士が、全てを言う前に飛び出して行くチョンホの姿が有った。

傍に居た、副官のリュ・テジュンが思わずチョンホの後を追って、チョンホに面会を求めて来た女官とチョンホを建物の蔭から見て居たが、二人の様子に他の官史が通り掛った時に何とかチョンホの気持ちを知られずに誤魔化さなければと思っていた。

何せ、チョンホはソ内人の事に成ると、完全に無防備に成ってしまい、何時もだったら、自分の気配に気付き声を掛けて来るのだ。



チョンホはソ内人に会うと、今まで思って悶々として居た感情を全て押し殺し、笑顔を向けて居た。

「驚きました。太子殿下の病気の原因を見付けたそうですね。しかも自分の体で試したとか」

「他に方法が無くて」

「今度はどんな書物をお貸ししますか?」

「今回は考えていなくて・・・・他の医書をお願いします」

「また医書ですか?」

「患者の症状と薬和剤が多く記録されている物をお願いします」

「分かりましたが、体で試さぬ様に」

「はい」

やんわりとソ内人に釘を刺して居た。

果してソ内人がその事を分かって呉れたか心配だったが、前よりもやつれているソ内人にそれだけ言うのが精一杯だった。

手を伸ばせば、触れる事の出来る距離にチョンホは、思わず抱き締めたく成る衝動を抑えて、ソ内人の瞳に映る自分を見て満足する事にした。

チョンホはソ内人に医書を渡すと、前回と同様に後ろ姿が見えなく成るまで見送っていたが、其の事を見て居た副官のリュ・テジュンの心中は複雑だった。

兵士のコ・ドンヒョンが、錦鶏を持った女人の足取りをソンシクに言われて握り潰し、自分も又、チョンホに嘘の報告をしていたのだ。

だが、天が定めた様に係わり合いを持つ二人の様子を見て居たが、其の場に居た溜まれずに執務室に戻り知らぬ振りをしていた。

後で、ソンシクに其の事を報告したが、ソンシクも又、チョンホが抱えるソ内人への想いに哀愁を感じて思い悩んでいるのだった。

武官其の十一

宮中でソ内人に出会い、声を掛けてから一体何日が経ったのだろう。

ソ内人に会えずに居る此処数日間、一日がとても長く感じられ、チョンホの心に余計ソ内人への思慕が募っていった。

会いたい時に会えず、声を聞きたい時に気けず、今何処で何をしているのか、其れさえ聞く事の出来ない状況の中、ソ内人と会えない時間がチョンホの中で、ソ内人への想いを募らせる事に成っていた。

水刺間の傍で、ソ内人の影を求め佇んで居ると、必ずと言って良いほど副官のリュ・テジュンか兵士のコ・ドンヒョンが呼びに来るのだ。

今日も呼ばれ、執務室に戻って書類の整理をしていた処、ソンシクが夜勤の為に出仕して来た処だった。

「如何した?やけに機嫌が悪そうだな」

「別に、悪くは有りませんが」

「そうか?相当不機嫌そうに見えるぞ」

「・・・・・・」

「ああ、そうか!又水刺間の傍から呼び戻されたな」

ソンシクの、其の言葉にチョンホは驚いた様に、ソンシクの顔を見て居たが

「何故、水刺間の傍から呼び戻されたと分かるんですか?」

「お前、最近ソ内人に会えないから此の処,水刺間の傍に良く行って居るだろう。私が、副官達にお前を見掛けたら呼び戻す様に言って有る」

「何故、その様な事を・・・・」

「チョンホお前、自分が相当目立つと言う事を知って居るのか?大分女官の関心を引いているぞ」

「そんな、目立つとは・・・」

「まあいい聞け、お前は自分で気が付かないだろうが 女官達が、お前に見惚れて居る事等ざらに有るんだ。そんなお前が水刺間の傍で他の女官の事を知りたくてウロウロしてる。自然女官達の関心も、お前が何故水刺間を気にするのか、気に成るだろう用心しろと言った筈だ」

ソンシクの其の言葉に、チョンホは驚いていた。

今まで、女官を見る事も気に掛ける事も無く来たが、まさか自分が女官の感心を引いて居るとは、思っても居なかったのだ。

そう言えば、良く視線を感じた事が有り、振り向くと女官達が居た事が数え切れない程有ったが、まさか自分を見て居る等と思ってもみなかったのである。

「幾ら何でも、相手は女官ですよ。女官が王以外の男人の事を気にするなんて事・・・」

「ソ内人も女官だが」

「・・・・・・」

「気を付けろよ、女人の嫉妬程怖い物は無いぞ。女官達がお前に焦がれて、お前の一挙手一投足を見てるんだ。そんなお前の関心が他の女官に向いて居ると知れたら、如何成ると思う?」

「一体・・・」

「ソ内人の足を引っ張る女官が出ないとも限らん」

「そんな、ソ内人は関係無いでは有りませんか」

「だが、女人の心は恐ろしいぞ、自分に感心を持って貰えないと分かると、お前の感心を引いてる女官に嫉妬し憎悪が向く、ソ内人が大事なら自重する事だ」

ソンシクの言葉が胸に刺さった。

忘れて居た訳では無いが、ソ内人は女官だったのだ。

チョンホの向ける想いで、下手をするとソ内人に悪意を向けられるかも知れない、自分はどの様な処罰でも受ける覚悟が有るが、自分の想いにソ内人を巻き込んではいけないのだ。

『用心する事だ』ソンシクの言葉が、心の中で渦を巻いている。

チョンホは、ソンシクの忠告を受けて、水刺間の傍に行く事を止めて居た。

今日で約束をした日から、何日が過ぎたのだろうか?

一日千秋の思いで、ソ内人を待つチョンホに取って刻が経つのがとても遅く感じられ、一日が途轍(とてつ)も無く長かった。

顔に出す積りも無いが、そんな思いが如何しても顔に出てしまうのだろう、其の度にソンシクに注意をされて居るチョンホだった。


ソンシクや副官のリュ・テジュン、キム・ヨンテクと警備の事で話をしていると、取次の兵士が入って来てチョンホに声を掛けて居た。

「ミン従事官殿、水刺間の女官がお会いしたいと面会を求めておりますが、如何致しましょう?」

「分かった、すぐに行く」

そう言ったと思ったら、足早に執務室から飛び出して居るチョンホが居た。

「仕方のない奴だな」

ソンシクは、そう言って苦笑するしか無く、副官達も素早いチョンホの行動に呆気に取られて居たがソンシクの其の言葉に穏やかに微笑んで居た。

「普段、冷静沈着なチョンホでも恋の病には、勝てないと見える。お前達、呉々もチョンホが暴走しない様に見て居て呉れ、何か有ったら・・・私が殴り飛ばしてでも止めて見せる」

「従事官殿、其処までご心配為さらなくとも大丈夫だと思います」

「そうです、ミン従事官殿も良くお分かりに成っておられると思います」

「お前達にも苦労掛けるな、呉々もチョンホの事を頼む」

チョンホが飛び出た執務室で、其の様な会話が成されて居るとも知らず、只水刺間の女官だと言う事だけで飛び出して来たが、果してソ内人なのか?姿が見えるまでチョンホの中に不安が有った。

建物から出て、瞳がソ内人を捕えると今までの不安が消え去り、チョンホは顔が綻んで来るのを止め様が無かった。

久し振りに見るソ内人は、何故かやつれていて、チョンホは自分の知らない処で何が有ったのか聞きたい気持ちが湧き上がって来たが、踏み込んで聞くとソ内人との関係が切れてしまうかも知れないと思い、辛うじて自分の感情を押しとどめて居た。

「久し振りです。暫らく見掛けませんでしたが?」

「事情が有りまして申し訳ありません」

「構いませんよ」

「あとは、申し訳有りませんが書物を貸して貰えませんか?」

その言葉に、何冊か貸す為に用意がして有ったが、ソ内人が何の書物を望んで居るのか気に成って、何を貸そうか聞いて居た。

「今度は、何を貸しましょうか?」

「郷薬簡易方を」

「郷薬簡易方と言うと医書ですね」

「はい」

「医書も読むのですか?」

「事情が有りまして・・・」

チョンホは、ソ内人がやつれた事と何か関係が有るのかと思いつつ聞く事が出来なかった。

「ついて来てください」

ソ内人を教書閣に連れて行くと、素早く郷薬簡易方を探し出して渡していた。

医書を抱えるソ内人が、嬉しそうな顔をして呉れるのを心待ちにして居たが、見る事が出来たのは医書を抱えて思い悩む様なソ内人の顔だったのだ。

自分の前から、遠ざかるソ内人の後ろ姿を見て居たが何故か切なかった。

あれ程までに会いたかったソ内人だが、会う時間は短く言葉を交わす時間は尚短く、幸せな時は一瞬にして過ぎ去ていた。

会って居る時は、至上の喜びが有り、会えない時は寂しさに包まれる。

ソ内人の姿が完全に視界から消えると、会う以前よりソ内人が恋しく成っていた。

チョンホはそんな自分の感情に戸惑って居たが、ソ内人を想う心を止めようとは思わなかった。

執務室に戻ると、ソンシク達が何事も無かった様に警備の話を続けて居たが、ソンシクがチョンホの顔を見るなり

「随分寂しそうだな、もっと嬉しそうな顔をしてると思ったが、まあ恋の病とはそんな物だろうな」

ソンシクの言葉に、赤面するチョンホを見て、普段感情を出す事の少ないチョンホの初々しい一面を見た副官達は、何故か嬉しく成りチョンホの報われ無い想いを見守って行こうと心に決めて居た。



屋敷に戻ると、弟チョンウの婚姻の為に領地から戻って来た両親に挨拶をして、近情報告をしていたが、話がチョンホの婚姻の話に及ぶと話を誤魔化し、早々と両親の部屋を後にしていた。

チョンホは、自分の気持ちがソ内人に有る以上、其の想いを隠して他の女人を妻にする事が嫌でたまらなかったのだ。

ソ内人との婚姻が叶わぬ夢なら、例え報われ無い想いと分かって居ても、ソ内人の傍でソ内人を見守って居たいと思う自分が居た。

ミン家の事は、弟チョンウの婚姻が正式に決まると弟に任せられると安心が出来、心配する事も無く居たが、後は只チョンホに持ち込まれる縁談を何とか誤魔化してうやむやにするだけだった。

「チョンホは、何故あれ程婚姻を居やがるのか、チョンウは何か知って居ないか?」

「私は何も存じませんし、兄上は私には何もお話しくださいません。只私の婚姻を事の他喜んで下さっています」

「まさか、女人が嫌いと言う訳では無いでしょうね。男人の方が好みなのでは?ソンシク様とは事の他仲が宜しいようですし・・・」

妻の其の言葉に、苦笑いを浮かべて

「ソンシクには妻が居よう、チョンホは自分から言い出して女人と一度は婚約して婚姻直前まで行っているのだ、まさか女人が嫌い等と有る訳が有るまい」

「でも、今度の事で一族の皆さんから、総領息子を差し置いて弟に妻を迎えるとは如何いう事だと、お叱りを受けて困っています」

「何、気にする事は無い、チョンホにも何か考えが有るのだろう。もう少しチョンホの思う様にさせて遣ろうと思っている」

「旦那様は、チョンホ様の事が心配では無いのですか?」

「心配しても如何しょうも無いだろう。其れほど心配ならヨナとテジュンに聞いてみては如何だ」

「ヨナは身重で、亭主は遠方に居りますのにチョンホ様の事で心配事を増やす訳にも行きませんし、テジョンにも何もお話ししていない様ですし」

「なら、放って置くしか無い。まさか縛り上げて無理やり婚姻させる訳にもいかんからな」

そう言って笑う夫に、溜息をつく継母だった。



チョンホは夢を見て居た、憂い顔で沈むソ内人を慰めて居る自分がいて、何故か幸せだったが、現実では到底叶わぬ夢だった。

今は、夢の中だけでもソ内人の傍に居られる事が至上の喜びに成っていたのだ。

武官其の十

狩りの翌日、宮中を軽やかに走るソ内人を見掛ける。

足を少し引きずる様にしていたが、まるで小鹿が走る様に嬉しそうに走っていたのだ。

何が、そんなに嬉しいのだろうか?

そんなソ内人を見掛ける事で、チョンホの気持ちも明るく成っていたのだ。

周りに人が居ない事を確かめ、傍に行って声を掛けるチョンホが居た。

もし、声を掛けなければソ内人は、私に気付く事無く、其の儘、私の目の前を駆け抜けて行ってしまっただろう。

チョンホに取って、ソ内人と話す一時が何故か、穏やかで何物にも代え難い物に成っていたのだ。

ソユンが亡くなってから自責の念に駆られ、長い年月その様な感情を持つ事も無く過ごして来たが、ソ内人に感じるのは其れだけでは無かった。

湧き上がる此の想いが一体何なのか、自分の気持ちを持て余していたが、ソ内人の瞳に映る自分を見た時、何故か幸せだった。

「足首は、治った様ですね」

「いいえ・・・あの・・・」

しどろもどろに答えるソ内人を可愛いと思っていた。

走っていた事で、少し息切れがして上手く話せない様なので、落ち着く様に話すチョンホがいた。

「構わないですよ、落ち着いて」

ソ内人は、私の言葉で落ち着いて息を整えると、生き生きとした顔で

「貸して頂いた書物は、全部書き写しました」

「もうですか?」

「はい」

嬉しそうに話すソ内人の、書物を書き写す姿がチョンホの脳裏に浮かび、次に貸す書物を何冊か選んで有った事を思い出していた。

「訓練で、宮中を数日留守にしますので、十五日の辰の刻(午前八時)に来て下さい。他の書物をお貸します」

「ありがとうございます」

ソ内人の、美しい声音に思わず顔が綻ぶのが自分でも分かった。

チョンホは、ソ内人が目の前から走り去って行く後ろ姿を見送り姿が見えなく成ってから、内禁衛の執務室に戻っていた。

執務室では、ソンシクが昨日の狩りの報告書を書いて居たが、入って来たチョンホの顔を見ると意味深に笑って

「随分楽しそうだな、何か良い事でも有ったのか?」

「別に、何も有りませんが・・・・」

何故か、ソンシクに心の奥底を見られて居る様で照れ臭く成り、誤魔化す様に弟の話を持ち出していた。

「実は此の度、弟チョンウの婚姻が決まりましたので、其のせいでしょう」

「確か、チョンウはお前より八歳年下で、今年十八に成った筈だな」

「ええ、昨年から縁談が持ち込まれて居たのですが、継母の私より先に嫁を持つ事は成らぬと言う言葉に、婚約だけして今まで独身で・・・」

「其れはそうだろう、幾ら厚顔の継母殿でも、お前の婚姻の前に自分の息子の婚姻を決められる筈が無いからな。其れにユン・テウンとお前の命を狙って居たイ・ギヨル大監と娘のイ・サンイに人質にされる等、お前の足を引っ張って居たくらいだ、少し謙虚にして無いとミン家一門から財産狙いだと問題視されるからな」

「あの事件から、継母も大分変りましたから、其れにチョンウは性格の良い弟ですよ」

「当たり前だ、お前に母親を命掛けで助けて貰ったんだ、それで性格が悪いなら私が殴り飛ばしていたさ」

ソンシクの辛辣な物言いの中に、チョンホに対しての温かい思いが感じられていた。

「確か、此の度の司馬試を落ちた様だが?」

「父が此の際、チョンウに婚姻して落ち着いてから司馬試を受ける様にと言われて・・・」

「しかし、屋敷に新婚夫婦が居たら、お前が辛くないか?」

「いいえ、其れに新婚夫婦でしたら、ヨナとテジュンもそうですが・・・」

「おいおい、弟とあいつ等を一緒にするな、兄が独身で弟の女房に成れば、屋敷の切り盛りをしなくちゃ成るまい」

「其の事でしたら、チョンウ達は婚姻して当分忠清道の領地に住みながら継母からミン家の仕来たり等教わる事に成ってます」

「その方が良いな、お前が独身だから、あの継母殿も考えたのだろう。しかし、お前も何時までも独身と言う訳には行かないからな」

チョンホは、ソンシクのその言葉にソ内人の顔を思い描いていた。

もし、婚姻するなら・・・・ソ内人・・・・一瞬浮かんだ其の想いに、チョンホは自分の心の奥底に隠されて居た、ソ内人への気持ちに気が付いてしまったのだ。

今まで、何故か気に成り少しでも姿を見たい、少しでも声が聞きたいと想っていた此の感情が恋だと知ったが、ソ内人に此の想いを告げる事は出来ないのだ。

ソ内人は女官で、女官は王の女。

他の男人と結婚する事も出来ず、只ひたすら王の為に存在して王が望めば側室に成る運命で、他の男人に想いを寄せても、想いを掛けられても死罪に成る。

考え込んでいるチョンホの顔色が悪く成った事で、ソンシクは一瞬不味いと思った。

『もしかして、自分の気持ちに気が付いたか?』

そう思ったが、何れ気が付く事で、チョンホのチャングムへの気持ちに気付くのが遅い位だった。

「如何した?顔色が悪いぞ」

「いいえ、別に何でも有りません・・・」

チョンホは、動揺を見せない様にしたが、ソンシクを誤魔化す事が出来なかった。

「ソ内人は、女官だぞ」

「・・・・・・分かってます・・・・」

「そうか、分かって居るなら其れで良い・・只・・用心する事だ」

ソンシクの言葉が胸に響いていた。

多分、私より先に、私の気持ちに気が付いて居たのだろう。

そう考えると、狩りから帰る時の荷車の手配も、私が言うより先に手配してくれていた。

独身の私が、足を挫いた女官を役目がら気にしても、可笑しくないが・・・ソンシクの奥方が贔屓する女官、誰が聞いても、違和感が無く受け取れていたのだ。

其れから数日の間、内禁衛の兵士の訓練と、弟の婚姻の手配で忙しくしていたが、ソ内人を想う自分の心を止め様もなく、只ソ内人に会いたかった。

書物を貸す約束をした日が、待ち遠しかったのだ。



チョンホは夢を見て居た。

佇む自分の傍に、寄り添う様にソ内人が居て、穏やかな其の空間で得も言われぬ幸せに包まれ居るのだった。

そんな細やかな幸せが、夢の中でしか手に入らない事で目が覚めると一抹の寂しさを感じていた。

自分の想いを止め様も無く、だが自分の想いを告げる訳にもいかず、只・・・・見守る事しか許されない恋、現実が切なかった。



ソ内人と約束した十五日辰の刻、約束の刻限から一刻過ぎてもソ内人が現れず、ソ内人を待ちながら書物を読んでいたチョンホだったが、深い溜息と共に書物を閉じると、袖から、ノリゲを取りだして暫し眺めて物思いに耽っていた。

『錦鶏を持った女人』幾ら探しても見つからず、鳥屋で聞いたカン・ドックは、何処となくうさん臭い物が有って、其の男人に係わり会うと何故か『錦鶏を持った女人』命の恩人を冒涜(ぼうとく)している様な気持ちに成って居たのだ。

足取りが途絶えたままで、気に成っていたが、ソ内人に気が向いて居た為其れ以上調べる事も無くいた。

其れでも、一応兵士にカン・ドックの事を調べさせて居たが、若い女人の影が見えずに居た。

個人的な事で、迂闊な人間に頼む事も憚られ、信頼出来る兵士のコ・ドンヒョンに調べる様に頼んでいたが、まさか陰でソンシクが手を回して話を握り潰して居るとは、夢にも思わずに居たのだ。



幾ら待っても現れないソ内人。

彼女に取って、チョンホは書物を貸してくれる只の優しい官史なのかも知れない。

だが、チョンホは其れでも良いと思った。

自分の想いは、死んでもソ内人に伝える事の出来ない想いで、見守る事しか許されないのだ。

宮中の巡察の刻限が迫り、着替えに戻る時に水刺間の傍を通ると、何時もソ内人に纏わり付いて居る女官の声が聞こえた。

其の女官の声を覚える積りも無かったが、何時もソ内人の傍に居る事が多く、ソ内人の姿を探し易かった。

「尚宮様、あの日以来チャングムが、部屋に戻って来ません。尚宮様チャングムを何処に行かせたのですか?」

「チョン尚宮様がお使いに・・・」

「チョン尚宮様は、ハン尚宮様がお使いに行かせたと・・・」

「私は、知らないわ」

二人の会話に何か違和感を持ったが、ソ内人が現れない事が何か尚宮に頼まれた用事だと分かり、訪ねて来るのを待つしか無いと其の場を後にしていた。


其れから、数日が過ぎたが、一向に現れないソ内人の様子を知りたく、水刺間の傍で佇むチョンホを副官のリュ・テジュンが見掛け巡察の指揮を仰ぎに話掛けて来た。

何時もだったら、其の位の事は副官が自分で対処して呉れているのにと思って訝しんで居たが、まさか副官のリュ・テジュンにまでソンシクが手を回して居るとは考えて居なかったのだ。

其れから何度か、水刺間の傍で佇んでソ内人の様子を探って居ると副官のリュ・テジュンか兵士のコ・ドンヒョンに声を掛けられ内禁衛の執務室に呼び戻されていた。

思想(後)

アジュンから、女官の事を聞かれる度に調べて教えて居たが、ソンシク自体も何故かチョンホがその女官と係わりを持った事で、不思議な思いを感じていたのだ。

今まで、チョンホの方から女人に感心を示す事が無かったが、珍しくチョンホに女官の名前を訪ねられた時、何も考えずに教えて居た。

私がその女官の事に感心を示している事で怪訝そうな顔をしていたが、感心を示して居るのが、私では無くアジュンだと教えると安心した顔が有った。

「宮中から、警備を掻い潜って大胆にも外に出た事に興味を持った様だな,家の中ばかりに居るから突拍子も無い行動的を取った女官が気に成るのだろう」

「まあ、普通の女官のする事では、有りませんから」

「普通の女官では無いな、聞いた処によると、風変りな女官みたいだ」

私の其の言葉で、考え込むチョンホから、今まで感じた事の無い雰囲気を感じていたのだ。

チョンホにチャングムの名を聞かれた頃から、チョンホの様子が可笑しかった。

何故かチャングムの事を気にする様に成っていたのだ。

ソンシクは、アジュンに聞かれるままチャングムの試験の事を調べて、教えて居たが、何故かチョンホも試験の結果を気にしていたが、チャングムに書物を貸す依頼を受けた事を話して呉れて居た。

ソンシクは、何時しかチャングムの様子を調べるのと同時に何気にチョンホの様子も見る様に成っていた。

時々、心此処に有らずと言う様な事が何度か有ったが、そんな時チョンホが見て居る先には女官達がいたのだ。

今まで女官に興味を示した事など、一度も無かったチョンホだが、只、女官で有れば誰でも良いと言う訳でも無かった。

チョンホが心此処に有らずで見て居る先には、必ず水刺間のチャングムがいた。

女官達の中にチャングムが居ないと、気にする事も無く通り過ぎて女官を見ようともしないのだ。

最初は、チョンホが書物を貸す事に成った女官位にしか思って居なかったが、度重なるチョンホの態度に何か嫌な予感がしていた。

其の事をアジュンに話すと、アジュンも同じく感じて居たのだろう

「チョンホ様は、・・・・チャングム様に恋をしておいでなのでは?」

「君にもそう見えるか?多分・・・・そうだろうな、だが今の処チョンホに自覚が無いみたいだ」

「ご自分の気持ちに、気付いていらっしゃいませんの?」

「まだ気付いて無い様だな、チョンホに取って初めての感情なんだろうが、だが気付いても如何しょうも有るまい相手は女官だぞ」

女官は王の女、他の男人と結婚する事も出来ず、只ひたすら王の為に存在して王が望めば側室に成る運命で、他の男人に想いを寄せても、想いを掛けられても死罪に成る。

幾らチョンホが想いを掛けても、相手に気持ちを伝える事は出来ないのだ。

狩りが急遽、翌日に変更に成った事を、チョンホが知らせに屋敷に寄ってくれたので、部屋で酒を飲みながら狩りの打ち合わせをしていたが、話が何時しかチョンホの命の恩人の話に成り、捕まえた女密偵から『錦鶏を持った女人』の事を聞いたので今日、急ぎソンパに赴き鳥屋を片っ端から訪ねてやっと手掛かりを掴んだが、途中で途切れたと残念そうに話すチョンホだった。

「何、錦鶏を買った若い娘。其れだけ分かっただけでも進歩ではないか、足もとのおぼつか無い年寄りでは無くて幸いだ」

ソンシクはチャングムに向くチョンホの関心を何とか『錦鶏を持った女人』つまり命の恩人に向いて欲しいと思い、翌朝早く宮廷に赴く前に内禁衛の兵士で非番のコ・ドンヒョンを訪ねていた。

三浦の乱の暴動の折インボムと倭軍の伝令の馬を止めて、密書を奪い取り怪我をした兵士だった。

「休みの処、悪いが内密に調べて貰いたい事が有る。チョンホに係わる事なので、迂闊な者に頼めぬのだ、お前を見込んで頼む」

「ミン従事官殿には、今まで大変お世話に成ってますし、薺浦では命を助けて貰って居るのでお役に立てるなら、何でも言って下さい」

その言葉に、昨夜チョンホから聞いた命の恩人の話をし、手掛かりが途中で途切れた事を話すと

「分かりました、その『錦鶏を持った女人』の足取りを調べれば良いのですね」

コ・ドンヒョンは快く引き受けて呉れたので、ソンシクは急いで宮廷に赴き行列に加わっていた。



狩りが終わり、漢陽の屋敷に戻るとアジュンの酌で酒を飲みながら、狩りの様子を話していたがアジュンの興味はやはりチャングムで、今度の一件もそうだがチャングムの聡明さに感心していた。

何時しかチョンホの事が話題に出て居たが、ソンシクの見た限りでは、最早チョンホがチャングムに恋をしている事は一目瞭然で、此の時ばかりは流石にソンシクもチョンホの一途さに閉口していた。

チョンホの想いが、止めて止まる筈も無いが、相手が女官で有る以上チョンホの想いが叶う筈も無く、只々チョンホの熱が冷めるのを待つしか無かった。

程良く酔った頃に、コ・ドンヒョンが訪ねて来たので、ソンシクは酒を勧めながら早速話を聞く事にした。

ドンヒョンの話では、ソンパへ行きチョンホの足取りを辿りながら、チョンホの調べた『錦鶏を持った女人』の足取りが料理人のカン・ドックと言う処で途切れた事で、カン・ドックの事を調べると、作り酒屋を営んで居て、女房と二人で住んでいると言う事で、息子が居たが流行り病で既に亡く成っていると話して呉れた。

「若い女人の影は無いか・・・」

ソンシクの言葉に、ドンヒョンが驚く事を話し出していた。

カン・ドックの近所の家で、色々聞き込みをしたがその時カン・ドックには養女が居て、十年程前に宮中に上がり女官見習いに成ったが、此の度正式な女官に成って居ると言う事だった。

「その女官の名前が分かるか?」

「確か、ソ・ジャングムと言ってました」

「おい、聞き間違いでは無いのか?」

ソンシクは自分の耳を疑っていた。

「いいえ、確かにソ・ジャングムと言う名前です。その家の亭主が、正式な女官に成ってカン・ドックの家を訪ねて来たその娘を見て、凄い美人に成っていたと話してました」

「・・・・・」

「それに、その男人の女房の話では、半年程前の夜更けにその娘がカン・ドックを訪ねて来たのを見てます。女人が家に入って行くのを見て、こんな時刻に女人が訪ねて来るのがおかしく思い、塀越しにのぞいて見てると、部屋から漏れた明かりに赤いチマが見えたので、カン・ドックが浮気でもしているのかと、思わずその女人の顔を見たところ、横顔でしたがその娘だったそうです」

ソンシクはドンヒョンの言葉に、血の気が引く様な感覚に襲われたが、傍で聞いて居たアジュンも同じ気持ちだったのだろう、酌をする手が震えていたのだ。

ドンジェが擦れ違った赤いチマの女人、ソンシクは、ドンヒョンの話に暫らく考え込んで居たが

「ドンヒョン、此の事は誰にも話すな!!」

「ミン従事官殿にもですか?」

「ああ、チョンホの耳だけには絶対入れないで貰いたい」

「しかし、ミン従事官殿の命の恩人で、ミン従事官殿も必死に探してると聞いていますが・・・」

「だから、余計不味いんだ」

「しかし・・・」

「チョンホの為だ・・・・お前、最近のチョンホの様子に何か気が付いた事は無いか?」

「ミン従事官殿の様子ですか?・・・・別に、只・・・」

「只・・・何だ?」

「この様な事を話して良いのか・・・・」

「良いから言ってみろ・・・何でも良い」

「実は、最近気が付いたのですが、宮中で指揮を仰ごうと傍に行くと、何時もでしたら声を掛ける前に、気配で私に気が付かれるのですが、此処何度か考え事をしているのか、気付かれるのが遅れて居ます」

「その時チョンホは、何を見てる?」

「・・・・・」

「隠すな!!」

「・・・・女官です・・・・」

ドンヒョンの言葉に、チョンホの恋をこれ以上隠し果せる筈も無く、協力して貰うことにした。

「薄々感じて居ると思うが、チョンホは女官に恋している・・・本人には、まだその自覚が無いが自覚した時に、命の恩人がその女官だったと知れたら、チョンホの想いは止まる事が出来なくなる。女官にその様な想いを抱くこと自体罪に成るからな」

「まさか・・・ミン従事官殿の想い人が命の恩人なのですか?」

「ああ、お前が気付く位だから、多分副官のリュ・テジュンも気付いて居る筈だ。チョンホの熱が冷めるまで何とか周りに気付かれ無い様にして貰いたい」

「分かりました。私でお役に立てるのなら・・・」

そう言ってドンヒョンは帰って行ったが、チョンホが想を掛ける女官と命の恩人が同一人物、此の偶然の一致に最早ソンシクもアジュンも声が無く、暫らく考え込んでいたが、チョンホに知らせれば、チャングムに対するチョンホの想いを止める事が出来ずに辛い思いをするだけだと、チョンホには知らせずに置く事に決めた。

「一体、チョンホ様が何をしたと言うのでしょう。ソユンを失い、そして今度は、好いた女人が女官、命の恩人も女官、一体、神仏はチョンホ様に何を求めて居るのでしょうか?」

深い溜息と共に、アジュンの口から出た言葉に、ソンシクも

「偶然の一致なのか?其れとも神仏の導きなのか分からないが、分かるのはチョンホにとって辛い事だけは、確かだと言う事だ。チョンホが女官に恋したのも偶然では無く天命だとしたら、私達は、只、見守る事しか出来ないだろう」

「そんな天命だなんて・・・・もしそうならチョンホ様に取って試練ですわね」

「諦めろと言って、諦められる筈も無い、想うだけなら咎める事も出来ないだろうが、チョンホが暴走しない様に、私も傍で見守って居るから心配するな」

チョンホのあまりの運命に、涙ぐむアジュンに優しく言っているソンシクだったが、事実を知ったら、命の恩人がチャングムだと知られたらチョンホは如何するだろうか?

だが何を考えても、チャングムが女官だという事実は変えようも無く、チョンホも見守る事しか出来ないだろう。

ソンシクは、胸の中に湧き上がる遣る瀬ない思いに、只々、神仏にこれ以上の試練をチョンホに与えない様に祈る事しか出来ない我が身が切なかった。

思想(前)

瀕死の重傷で、通り掛った女人に手当を受けチョンホが助かった事に、アジュンは心底安心していた。

深夜の急を告げる兵士に、ソンシクの動揺は相当な物で、此のまま宮中に出仕しても明国の使節団の警護の任が無事に済むとは思えず、ソンパへ行ってチョンホの事を見舞って来るように話すアジュンだった。

其れでも警護の事に拘るソンシクに対して、アジュンの口から出た、きつい物言いにソンシクは驚きを隠せなかった。

「寝不足では、まともな警備が出来ませんの?」

普段穏やかで、誰に対しても決してきつい物言いなどした事の無いアジュンだったが、チョンホが怪我をした事で動揺するソンシクに、自分の動揺を隠して兎に角ソンパに行かせなくてはとの強い思いが有った。

万が一・・・とは、思いたくないがチョンホが命を落としたら・・・・アジュンは怖かった。

ソンシクは、一体如何成ってしまうのだろう。

ソンシクとチョンホの友情を今まで見守って来て、チョンホに何か有ったら自分はソンシクを支える事が出来るのだろうか?

ソンシクをソンパのチョンホの元に向かわせると、神仏に祈っているアジュンの姿が有った。

ソンシクがソンパから戻るのまでの時間が、ひたすら長く感じられチョンホの怪我の様子が分からない分、アジュンは不安に襲われていたが、明け方にソンパから戻ったソンシクの口から

「生きていた」

只、その一言に、心から安心するアジュンだった。

今までにも、チョンホが怪我をした事は有っても軽く、危険な事も何度か有り三浦の乱の暴動鎮圧に従軍した時も、今度程心配した事は無かった。

チョンホがソユンの事で心が傷つき辛い思いをしていても、其れでも時が解決して呉れると思っていたが、今度だけは違っていたのだ。

ソンシクが、睡眠も取らずに宮中へ赴き、警護の任に着いて居る間、アジュンも又睡眠を取る事無くソンシクが帰るのを待っていた。

ソンシクが宮中から戻り、チョンホの様子を話してくれた事で、命の恩人の話を聞いてアジュンは神仏に感謝していた。

その女人が通りがかる事が無かったら、チョンホが命を失っただろう事を聞いた時に、アジュンは何か運命的な物を感じていたのだ。

天がチョンホを生かして居る、何故かそう思えるのだった。

「私の警備に問題は無かったが、警備の事で一騒ぎ有ったようだ」

ソンシクがソンパから戻り宮廷に出仕すると内禁衛で問題が起きて居たのだ。

明け方に宮中に忍び込もうとした女官を捕まえた話しに、何故か心惹かれその女官の事が知りたくてソンシクに女官の事を聞いていた。

ソンシクの話では、女官が宮廷から忍び出た事で内禁衛の警備の甘さが問題に成り、アン従事官の責任問題が取り沙汰されて、謹慎処分を言い渡されていた。

もし、其の時、ソンシクが宮中の警備に就いていたら、謹慎処分を受けたのはアン従事官では無く、ソンシクの筈だった。

その女官の名前は『ソ・ジャングム』

何故、危険を冒してまで宮廷の外に出たのか、逃げ出すつもりなら戻る必要は無かったはずだ。

その女官が追放に成らず多栽軒に行かされる事に成った話しに、水刺間の女官が菜園で何をするのか興味が湧き、ソンシクに聞いて見ると菜園は宮中の墓場みたいな処で、罪を犯した宮中の者が追い遣られる場所だと話してくれた。

水刺間には戻る事も叶わぬだろうと言われていたが、その女官がキバナオウギの栽培に成功して、報奨として水刺間に戻れた事を聞くと、益々その女官の事が気に成って来ていたアジュンだった。

料理試験の学科に落ちたらしいが、多栽軒では勉強する事も儘ならなかっただろう。

小麦粉を無くしても実技の試験に機転を利かし合格する才能、アジュンは凄いと思った。

同じ女人の身で、聡明な『ソ・ジャングム』・・・・一体どんな女人なのか、ソンシクに言わせると、相当の美人だが風変りな女官だと言っていた。

私は、その風変りな処に惹かれているのだろうか?

何故これ程、気に掛るのか不思議だったが、チョンホが名前を知りたがっているとソンシクに聞いた時、何故か不安な思いが湧き上がり、チョンホが多栽軒の主簿から依頼されて、チャングムに書物を貸す約束をした事をソンシクに聞いた時、何故か二人の縁を感じていた。

チャングムがもしかすると、チョンホの運命の相手かも知れないと感じるアジュンだが、幾らアジュンがそう思っても相手が女官では無理な事だった。

女官は王の女、只ひたすら王の為に存在して王が望めば側室に成る運命で、他の男人を想う事も、男人に想いを掛けられる事も罪に成り死罪に成る。

チョンホもその様な事位知って居る筈なのだ。


そんな時、狩りの時期が早まり翌日に変更に成ったとチョンホが知らせて呉れたので、翌日の打ち合わせをしていたが、女密偵の言葉からチョンホの命の恩人の手掛かりが分かり、ソンパに手掛かりを求めて探しに行って来たが見つからなかったと失望しているチョンホを見ていた。

『錦鶏を持った女人』錦鶏は明国からしか入らない貴重な鳥で、有力な手掛かりの筈が途切れた事に、チョンホは落胆していたが、命を助けて呉れた女人が若い女人で錦鶏を持っていたとの話にアジュンは運命を感じていたが、不思議だった。

何故、チョンホが書物を貸す事に成った女官にも運命を感じるのか?

何故、どちらも運命を感じてしまうのか?

只、不思議だった。

次の朝早く、宮廷に行く前に寄る所が有ると、予定より早く屋敷を出たソンシクの後ろ姿を見送りながら、チョンホに係わりの有る事なのだろうと思いながらも、ソンシクの狩りの成功を祈っていた。

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