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熱中主婦♪
Easy Going♪ 今日も善き日であります様に☆彡

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私の欲張りな土曜日、演奏会編は・・・

スピアナート会 

お世話になっているピアノの会の演奏会♪

今日の出演者は、この会の企画運営を担って下さっている主催者とお仲間の二名。
ゲスト演奏は、二台ピアノのコンチェルト会で全伴奏を務めて下さっている
伴奏王子の臼田圭介氏。

昨年3月に行われたコンチェルト会から、少しの充電期間を経て今日の演奏会が実現。

久しぶりに拝聴するお仲間の演奏は熱意に溢れていました。

会場のピアノはSteinway & Sons Full Concert Grand Piano D-274 Hamburg
どの曲も、素敵な程にピアノが響いていました。

私、とても申し訳ない事に開演には間に合わず、
『聖フランシスの2っの伝説』第1曲の演奏途中から扉越しに、
そして第2曲から着席。

プログラムは難易度が大変高い難曲揃い。

以前、公開レッスンの際に第1曲で受講された彼女。
あれから2年、日々研鑽を積まれた証を、今日の演奏に反映させていました。
第2曲は波を表現している低音が轟き、惹き込まれました♪
とても壮大で荘厳な聖フランシスでした。

響きの中で私は大きな刺激を頂戴しつつ、立ち止まっている自分に気付きました。
取り残された気になって・・・反省!!

休憩を挟んで、お仲間との再会は1年振り。
私はこのS女史が弾かれるピアノも大好き。
バッハが似合い、ショパンの舟歌は憧れの一曲。流石!!
モシュコフスキーの『愛のワルツ』は初めて聴きましたが、
春の日差しが明るく、花が咲き恋をしたくなる様な曲を
素敵に演奏して下さいました。
難曲とお耳受けしましたが、是非弾いてみたいです。
『さくらさくら』は和を織り交ぜた世界をピンクの花びらが
舞っている様に演奏して下さいました。

休憩15分挟み・・・ゲスト演奏♪

先日のコンセプトライブで演奏された中からチョイス+星に願いを(ジャズバージョン)
アンコールはドビュッシー『子供の領分』より第一曲
『グラドゥス・アド・パルナッスム博士

レコーディングも終盤との事(Twitterにて森君ツィート)。
日々お忙しくお過ごしにも関わらず、今日のピアノの音は
何か力強さを感じる演奏でした。
特に『さくらさくら(臼田圭介編曲2015)』は、やっぱり圧巻!!
こんなにもこの様に弾けたら、ピアノ楽しい〜だろうなーって
思ってしまいました。




今日は開演に間に合わず、申し訳なく思いながら会場に向かいましたが・・・
行って良かったっ実に。。。

素敵な土曜日の午後でした。
『お仲間』のご活躍は、嬉しい〜です。
やる気スイッチをONにして頂き、次回8月のコンチェルトに向けて頑張ろうと
心に誓いました。


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主宰者さま、S女史よりお心遣いを頂きました


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今日はお心尽くしの演奏会でした。

素敵な演奏の数々、そしてお心遣いまで頂戴して
ありがとうございました。

私は、会の皆さんの足手まといにならない様に諸先輩方の背中を追い、素敵な演奏が出来る様に頑張ります

これからもお世話になりますので、どうぞ宜しくお願い致します<m(__)m>

今日はお疲れ様でした〜


 
こんなにも揺れる地震は初めてで、しかも揺れている時間が長かったことは覚えています。
 
あの日は金曜、天候は晴れ、わたしと同僚T課長は養護老人ホーム事務室にいました。15時からの養護老人ホーム民営化の会議にT課長とクルマで外出する寸前でした。
その揺れは、机上のマグカップから飲み物があふれ出し、電柱や建物、立ち木までも大きく揺れていました。
当地が震度5弱だったことや、津波のことは夕方のテレビ報道で知りました。
 
当時のわたしの職業は、公立養護老人ホームの施設長(課長級)。T課長は老人保健センターの老人担当課長。H課長は老人保健センターの保健担当課長。
 
11日の晩は、同僚のH課長とともに、東武鉄道伊勢崎線上り普通列車から館林駅で下車を余儀なくされ、市立老人保健センターに身を寄せた帰宅困難者の宿泊支援をし、帰宅したのは深夜でした。
 
帰宅困難者のなかには、市内ホテルに宿泊できたひともあれば、夕食すら食べていないひと、様々でした。
男60、女10、計70名
 
情報が混乱するなか、帰宅困難者の宿泊支援は、私たち現場の判断と裁量に委ねられていました。
今思うと、組織は私たちに何を指示したらよいのか分からないほど混迷していました。
 
唯一、部長の命令は、東武鉄道館林駅から60人くらいの帰宅困難者が老人保健センターに行くからそれを受け入れてくれ。
東武鉄道伊勢崎線の復旧見込みは無いという情報が寄せられたことを知ったわたしは、H課長及びT課長と相談して、宿泊受入れの準備にとりかかります。時刻は17時過ぎ。
 
市内の大半が停電するなか、停電と別系列で供給を受けていた養護老人ホームには、自宅建物が受損被災したにも関わらず入所者の安否を気遣う部下も駆けつけ、万全の態勢が整いました。電気が生きている!
 
当時の記録には、次のように記されています。
 
■平成23年3月11日21:00夕飯を収容所へ納品
カップめん50、割り箸、歯ブラシ、紙コップ、タオル
 
・カップめんは、お店の在庫全てを部下が買って来た結果50個でした。
・歯ブラシ、紙コップ、タオルは施設の備蓄在庫品80組ほどを持参しました。
・収容者の血圧等体調管理のため、T保健師も1名送り込みました。
 
■平成23年3月12日08:00朝食を収容所へ納品
おにぎり80個、みそ汁
 
・朝食は、50人の入所者用の調理を後回して、収容所の提供分を優先する指示。
・朝食は、通常の調理担当を3倍に増やし、80個のおにぎりは、部下がひとつひとつ握りました。
(養護老人ホームは、朝昼晩の食事を直営で炊事します。そのため、コメやミソの在庫はある程度融通がききます。)
 
12日朝食の様子1▼真ん中に見えるのが塩むすびとみそ汁。白衣を着て立っているのが保健師。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-cc-b7/orionc45/folder/803823/68/70211368/img_0?20150312000122
老人保健センター2F。普段この座敷は、地域の高齢者が使うスペースです。
12日朝食の様子2▼リーマン風のひとが多いですね。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-cc-b7/orionc45/folder/803823/68/70211368/img_1?20150312000122
老人保健センター1F。普段このロビーは、地域の高齢者が使うスペースです。
その晩の収容所では、余震など有事に備え担当のH課長が不眠で終夜待機していました。
 
翌朝は、JRが運行を再開してという情報をもとに、希望するひとを最寄のJR熊谷駅へ送りました。
1台目のバス。収容所発08:45
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-cc-b7/orionc45/folder/803823/68/70211368/img_2?20150312000122
バス2台の手配は、内部手続きの問題から一苦労しました(汗)
2台目のバス。収容所発09:00
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-cc-b7/orionc45/folder/803823/68/70211368/img_3?20150312000122
見送りに青い帽子を被った副市長がいます。
 
雑感ですが、福祉の専門語に公助という言葉があります。たとえば生活保護。
自分ではどうにもできないほど困っているひとは、役所が手助けをして、文化的で健康な暮らしを支えること。
市町村役場の使命は、こういった夕食、宿泊、バス送迎。当たり前のことをやることだと、今でも思います。
 
そのときは、ガソリンが不足することや原発事故の影響から再び老人保健センターが3月17日から避難所になるとは予想も出来ませんでした。
 
震災の1年後、おにぎりを作った公立養護老人ホームは2012年3月末に閉所。
 
2013年3月末、T課長は定年退職。
2014年3月末、わたしが定年退職。
2015年3月末、H課長は定年退職します。
 

転載元転載元: オリのドゥカティ日記

3/11あの日のこと・・・


今年も3/11を迎えました。

あの日、2011年3月11日・・・

私は歯の治療のために遠足通院。しかも初診でした。
確か歯が痛くて前日に連絡をして、翌金曜日の午前中一番最後に診察して頂き・・・
その帰りの電車の中で震災に遭いました。
電車が館林駅に入線する直前。これはラッキーでした。

その後の事は、恐らく「一生忘れられない時間帯」です。

あの日は寒くて、真っ先にATMを探してお金には困らない様にして・・・
駅前のコンビニで少しばかりの食糧を買い、駅前のホテルや宿泊施設を回ったけど・・・女一人と云えども、どこも受け入れてはくれませんでした。
これは無情でしたっ実に。

駅に戻ってみたら、帰宅困難者はどうする事も出来ずに、待機。
一人じゃーない、こんなにも沢山の人達もいるのだから・・・と。

館林市が用意して下さった収容所は、本当に本当に暖かくて、行き届いたお世話をして下さいました。
あの晩は余震が続き、長野を震源とする大きな地震もありました。
お部屋ではテレビを点けて、次第に入ってくる東北の現状には言葉がない程。
被害はあっても風景が変わっていない事は不幸中の幸いとも感じました。

書き綴り始めたら、幾らでも・・・
あれは2011年、4年も経ってしまいました。

今週になってから、少し息切れ気味で凹んでいますが・・・
いけませんね。
3月10日は東京大空襲、70年にもなるんですね。
語り継いで風化させず、平和な日本でありますように。
戦争のない世界でありますように。

戦争と天災について考える連日。
3月10日11日は、変わらぬ風景の中で、「平和に暮らせている事」
「当たり前の日常」に感謝する日ですね。


タイトde懺悔♪



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このブログを始める時、何の気なしに名付けた『熱中主婦♪』

遠からず熱中してなくもないけど、『道楽主婦♪』の方がマッチしてるでしょうか。

金曜日は書の稽古、土曜日はお茶の稽古、そして今日はお世話になっている会の書作品取り纏めと会議に出席。。。

今日の取り纏めは、4月に都美で予定されている書道院展に出品する作品。

書道院の会員、同人、審査会員の順に作品を並べて、拝見。

序列関係なく、作品を目にする事は大変勉強になります。

今回書かせて頂いた詩文書作品は、『桜の木の下で』を全文、2尺×8尺に5行で入れました。
文字数が大変多く、一枚書き上げるのに筆によっては1時間近く掛る場合もあり、
最終的には小振りの長鋒でも20〜30分程掛り、気力・体力・集中力を要しました。

今回は参考手本なしで、自分の感覚で作品を作らせて頂きましたが、
参考手本無しなんて、初めての事です!!

とても好きな歌曲の歌詞を書かせて頂ける事、心が元気になる詩文だった事もあり
楽しく、然程悩まず、努力もせずに、提出の日を迎えてしまいましたが・・・

「自分なりに考えて書く」、、、これは大きな勉強になりました。

その甲斐あって、今日先生方そして皆さんの作品を拝見して、また違った見方をしている自分に気付きました


・・・とは云え、帰宅したらかなりの疲労。

最近、ピアノの練習は、二台ピアノのラフマニノフのピアノ協奏曲2番の二楽章プリモ、本番までちょうど6カ月。
まだ先の様に思いますが、実は切羽詰まってます。
ソロとは違う難しさに加えて、ラフマニノフですから。。。
無謀な選曲でしたが、とにかくあの美しい曲を練習出来る事、大変だけれど何て幸せ!!

そしてソロはドビュッシーの『月の光』。
これは昨年の秋、発表会が終わった翌日から取り組んでおりますが、
今月予定されている発表会に出せるでしょうか。


ピアノと書、気が抜けずに、ヘロヘロな日々でもあります(^^ゞ

フットワークは軽いけれど、今日は帰宅したら少しばかり体が悲鳴をあげており、
ピアノの練習をお休みしてしまいました。

あるサイトで練習日記を付けていますが、、、練習しなかった事は懺悔です(/_;)

「毎日1回でいいから弾く事」、これは師が仰った事で、心の中に残っている一つです。

3月2日からは、毎日書道展の詩文書2尺×6尺『桜の木の下で』全文、
地元に出品する漢字作品、ピアノはラフマと月の光・・・

痩せる思いで・・・楽しく向き合ってみます。

少しずつ、少しずつ豊かに、、、変わりゆく自分でありますように(^−^)




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