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目を覆うばかりの惨劇。 日が経つにつれ増える懸念。 それでも 現場の人が出来ること 離れていても出来ること どこにいても出来ること 同じ方向を向いて何かができるはず 名も知らぬ誰かのために「何かできないか」 そう思った瞬間に 誰でも、前に一歩踏み出しているのだと思う。 そこから次の一歩をどう踏み出すか 踏み出せるかどうかは問題ではない 皆、すでに最初の一歩を踏み出すことができているのだから。 さぁ、皆で一緒に前へ。 歩みを進めよう。 |
思いを思いのままに
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「悔いが残る」とはよくいったもの。
毎日を楽しく暮らしているし、充実した生活も送っている
仕事も・・・順調かと言われれば順調
体調も大病を患うこともない
何より、嫁さんのお腹には待望の新しい命が宿っている
これ以上ない程の恵まれた環境に自分はいます
それでもなお、悔やまれることはあるものか・・・
それを思い知らされる出来事がありました。
先日、祖母が他界しました。
息を引き取る数日前に倒れ、ICUで治療を受けた祖母・・・
急いで駆け付けた時、
意識はなく
呼吸器を挿管され
多量の点滴のために浮腫でむくんだ祖母がそこにいました。
病院まで2時間はかかったため、状況は分かってた
仕事でこういう場面を幾度も見たことがあったため、予想はしてた
それでも、会った瞬間
「嘘やろ」
と言ってしまいそうになった
限られた面会時間で嫁さんと声をかけた。
「ばあちゃん、何しよん!ひ孫も抱かんでどうするん!!」
「おばあちゃん、ここにひ孫がいますよ、8月に産まれますからね!」
自発呼吸はほとんどなく
呼吸器での強制呼吸が続く中、声をかけ続けた
5分ほどして・・・
「ほら、拓●●ばい!分かる??」
ばあちゃんがうっすら目を開けた
しばらく話しかけ、目に生気が宿ってきた。
5分ほど話しかけたところで、ばあちゃんがこっちに手を伸ばして起き上がろうと
「まだ寝とかな!すぐには良くならん!」
・・・
・・・・・・
そして面会時間も少なくなり、あまり刺激してもと思い、病室を出ることに
「また来るけんね、ゆっくり休むんよ!!」
その時、ばあちゃんが、目で、口元の動きで、
「まだ行かんで」
と言ったような気がした
自分は後に控えた面会者のこと
何よりこれ以上刺激してはいけないのでは
という思いから、精一杯の笑顔で「行かないで」と感じたまま病室を出た
医者の話では快方に向かっているとのこと
この日は福岡に帰り、また週末に来ようと思っていた。
次の日、昼前に付き添いの従妹から
「調子が良く、呼吸も安定してきた」
との連絡
その次の日
「呼吸器を外す目途が立ちそう。このままだとしばらくしたら一般病棟に行ける」
ほっとした
仕事中もマメにメールチェックして近況を確認した
次の日、2月8日
仕事中に
「今家族が呼ばれて、向かってる」
とメールが
とりあえず急いで休みを取って帰宅
すぐに熊本へ向かおうとした
その帰宅途中電話が
「今皆で確認しました」
「確認」?
あとはよく覚えていないが、身重の嫁は福岡に残し
父を乗せ熊本へ
ばあちゃんちで布団に横たわるばあちゃんに会った
あの時
「行かないで」
と感じたのに何故病室を出たのか
もっと話ができたのに
もっと心を通わせれたのに
もっと想いを伝えられたのに
まだ温かいばあちゃんを前に頭が真っ白になった
本当に
本当に
本当に
悔やまれた
でも想いはばあちゃんに届いているだろうか
通夜の夜、二人っきりになった時
1時間近く二人で話をした
昔のこと
家族のこと
自分のこと
ひ孫のこと
泣いてはばあちゃんが心配する
そう分かっていたが泣いた
葬儀で言葉をかけた
「子どもが産まれたら、ばあちゃんと2人で見に行った秋月の桜を見に行くよ」
今は
いつも傍にばあちゃんがいるような気がする
秋月の桜が咲くまでもう少し
子どもが見に行けるのは来年の春だけど、今年も見に行こう
きっと、ばあちゃんも見たいと思ってるし
最後に・・・
J−painterさんがちょうど1年前にアップした動画を
これを見て少し前を向いて歩くことができました
ばあちゃん、ありがとう
当分そっちには行かんよ
70〜80年分の話すネタを持ってから行くけん
気長にじいちゃんと待っときぃ!!!!
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