ここまでくると水源地が気になる。 青少年センターの表示はありますが、水源地とはない。 何かで調べたところでは、水源地は草戸山の中のようだった。 夏の山行きはあまり感心しないが、ここまで来たからには近寄りたい。 表示にしたがってゆく。 大戸行きのバスが曲がった角を私も左に折れる。 川とも思えない川を覗く。 これが境川の上流か〜〜と言葉に出してしまった。 またやや、登ったところに、小さな滝、水は澄んでいる。 滝音がここまで来た私を勇気付けてくれる。 周囲には誰もいない。 大戸観音から何分も来ないうちにバスの終点らしい場所に来た。 時間表を写した。 その先に柵がある。近寄ると青少年センターは休み。 今日は月曜日だった。 入れない。 残念だったが、この中に入らないと草戸山にも大地沢にも、 まして水源地にも行けない。 まあ、ここまで来たので、気分は満足だ! 水源地には今度はちゃんと曜日を確認してこよう。 バスは中々来ないから歩いて観音様まで戻って昼食にしよう。 そして歩けるところまで歩こうと決めて帰宅の道に進む。 川とも思えない水の流れ、ゆっくり流れていた。 写真、真ん中の道に見えるのが川です。 水源地に繋がる滝? 青少年センターへの道はここで閉ざされる! 町田市を歩いていたつもりがここは相模原市になっていた! 柵の中には道が続くが、入れないね! ここを行かないと草戸山にある大地沢(水源地がある)には行けない。 左側には車が通るが、かなりの坂道、この道を行っても水源地には 行けない。沢が離れてしまうからだ。地図にはそう記してあった。 空しく帰りましたが、次は境川とは関係なく来ます。 いい日に旅立ちます。 今度は一気に大戸の青少年センターまでバスで来れば、 帰りは楽なはず、と獲らぬ狸の皮算用……。 今日は(相原から大戸までの行きかえり)12700歩でした。 で、河口から数えてみますと144642歩でした。日数13日。 お疲れさんです。 さおしかの部屋
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2009年07月17日
全1ページ
[1]
大戸観音のそばに地名の由来の記録がありました。 大戸は元禄三年(1690)から多摩群横山之庄「上相原村」が村名。通称は、 「大戸」と呼び、通称の方が近隣には知れ渡っていたので、大戸の呼び名は、 上相原村の屋号とも言える。現在の町田街道は、大戸街道と呼ばれたいた。 この街道が鶴間から分岐して秩父、高崎方面に向かう「鎌倉街道山之道」 と言われ、この場所から山路への入り口であり、横山之庄の相州口として、 大木戸番所が置かれたと伝えられ、大木戸をいつしか「大戸」と呼ぶように なった。 この番所の傍らに「了心庵」という草庵があり、後に八王子市山田の、 雲津庵の末寺で「祐照庵」と呼ばれた。 境内に観音堂が建立されたのが慶長元年(1596)で、当時から大戸の観音と 呼ばれ、門前には旅人宿や居酒屋が立ち並んで賑わい、鐘楼は八王子八景の、 景勝の地として「大戸の晩鐘」とうたわれている。 と言うことでした。 大戸の晩鐘 夕かすみ たつや大戸の 鐘の音に 妻木を負ふて 帰る里人 1998年3月 町田市教育委員会 とありました。 大戸観音の正面です、この晩鐘の奥に観音堂があります。 色々な方面に行くバスがあります。乗り間違えないようにします。 人気はありませんが、 細かく道しるべがあり、行きやすくなっています。 でもバスの数は少ないので、 予定を考えて近づいたほうが良いです。 地名に八王子が出てくるので遠くまで来たなあと思いました。 さおしかの部屋 |
全1ページ
[1]







