奥田堰碑から藤沢橋までは20分あまりで、 箱根大学駅伝でおなじみの遊行寺坂の下、東海道に出ます。 今日はここまで。 また歩くようでしたら載せます。 というわけで、 境川歩きは一時中止します。 さおしかの部屋
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境川を歩いてみる
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時にこういう光景を目にします。 東海道沿いでも見ました。 道路でも拡張するのに都合が悪いので、 一箇所に集めておくのでしょうか。 一基一基にちゃんと意味があってのものなのでしょうに、 不思議な感じがします。 捨てるよりいいだろうからと集めた人たちの心は痛まない? まあ、私の力ではどうにもなりませんが、 せめて、ささやかなブログにづづっておきましょう。
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上流に向かって右側は、特に人家が川に押し寄せていて、 川の縁は細くなっています。 自然に車の通る道を進むようになります。 思いなしか、 看板には様ざまな生物が生息しているように表示されていますが、 少ないので、なお更人家が多い割には殺伐さを覚える道です。 工事中の看板です。御所ヶ谷橋を渡らずに行こうと、 工事中の柵の中に入って「安全歩行路」とある域を行きますと、 事務所から男性が出てきまして、 「ダメ」とのことでした。柵の外に出ますと、柵を閉めました。 私も、 橋があるのにどうして工事中の柵の中などに入ってのだろうと、 我ながらあきれました。 御所ヶ谷橋を渡り今までと反対側道もこのように高く塀があります。 相当大きな工事、橋が出来るのでしょう。 さおしかの部屋
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同じくフリー百科事典から 【歴史】 1594年の検地によって、この川が相模国と武蔵国の境と正式に定められたため、 現在の河川名となった。この区間は、1893年に三多摩地域が神奈川県から、 東京府に移管されたことによって府県境(都県境)となた。下流部は高座郡と 鎌倉郡の境界とされ、現在も多くの区間が横浜市と大和市、藤沢市の境界とな っている。ちなみに、一般の河川とは逆に、下流になるほど境となる地区のレ ベルが小さくなってゆく(県から市へ、市から町名へ)。 かつては激しく蛇行しており、たびたび洪水を引き起こしたために河川改修が 行われて相模原市橋本付近よりも下流では、拡幅とともに流路の直線化が行わ れた。ところが左岸の町田市と右岸の相模原市の間では、旧流路にあわせて設 計された市境(都県境)の調整作業が殆ど進まず、互いに「川向こうの飛地」 を多く抱えている。 2000年代に入ってからこれらの飛地解消のための調整作業が若干進行しつつあ るが、住宅などがある場所では相模原市から町田市という例は多くあるが、そ の逆は公園や市道などの公共用地を除くと殆ど進行していない。 【河川施設】 本沢ダム(城山湖)−相模川の津久井湖との水位差を利用した揚水発電に使わ れている。増水時に境川へ流すための放水路が用意されている。 【事件】 2007年3月28日、東京都町田市鶴間の鶴間橋付近で1万円札が大量に流れている のが発見され、警視庁が川から269枚を回収したという騒ぎが発生した。 警視庁は通常の拾得物の扱いでなく、事件との関連を調べている。 (その後の消息は不明です) とまあ、後にも、支流・橋梁が、記録されているが、多くてその任にないので 省かせていただきます。 東と書いて「あずま」と読む東橋に着いた。 この道は下流方面、市役所の裏手に当たる道。 こちらはこれから行く上流の道。 実は今日はもう帰りたい気分。どこまで歩こうかな?藤沢橋までは行きたい。 前回の分岐点から5分も歩かないうちにJRの線路に突き当たる。 ここは線路の下に道がある???と思っていたが、ない。 致し方なく藤沢駅の地下道を通り、迂回する。 大きな迂回だ。 30分ほどのロスで、東橋に着いた。 やはり手ごわいと思っていた予感が的中した。 こんな予感は的中などしなくて良いのにと思う。 乗りかかった船ならぬ歩き始めた川歩き、 まあ、行けるところまで行く。 さおしかの部屋
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出典・フリー百科事典『ウィキぺディア』より 【地理】 境川(さかいがわ)は、東京都及び神奈川県を流れ相模湾に注ぐ河川。 二級河川系の本流、かつては相模国高座郡に由来する高座川(たかくらがわ) とも呼ばれていた。また最下流部から河口にかけては片瀬川とも呼ばれる。 水源は東京都町田市相原町の大沢キャンプ場付近。 東京都と、神奈川の境界に沿って南東に流れる。神奈川県大和市付近からは 南に流れを変え、藤沢市片瀬海岸から相模湾に注ぐ。 上流部は、現在の河川規模に比較して大きな河谷を形成しているが、これは、 かっての相模川の流路の痕跡であると考えられている。 境川の管理境界は町田市鶴間の都県境付近で、上流を東京都、 下流を神奈川県が管理している。 自治体の境界ではあるものの両岸は一体化して街を形成している。したがって 両岸に同一の地名が分布する。主なものに、相原、小山、(上)矢部、(上・ 下・西)鶴間、(西・東)俣野などがある。 東海道の藤沢宿は、この川にかかる藤沢橋を挟んで左岸・鎌倉郡の大鋸(だい ぎり)町・西富町と右岸・大久保町・坂戸町にまたがっていた。 飛行船の航行の目印によく利用される。 (これははじめ、建物かなと思ったが境川のことですね) 合流地点、右は柏尾川、右が境川、ここは境川を行く。
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