さおしかの日記ブログ

日記は主に近辺散歩、神奈川県道を歩く、江の電散歩、川沿い歩き、湘南散策を載せて行きます。

寺社関係見聞記

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            先ずは大仏様にお参りした
 
 
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鎌倉大仏の名で親しまれている高徳院の本尊、
国宝銅造り阿弥陀如来坐像は、建長四年(1252)から、
十年前後の歳月をかけて造立されたと見られる……。
と、渡された御参拝巻にはあり、
 
尊像を収めていた仏殿は建武元年(1334)と、応安二年(1369)年に、
大風で損壊したらしい。
十五世紀以後、同仏殿が再建された形跡は認められない。
 
 台座を含む総高一三、四m、仏身高一一、三m、重量約百二十一t
 
と、あった。
 
 
 
 
その裏に、
 
 
 
 
         観月堂と観音像があった
 
 
 
  観音像の安置するお堂です。
 
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字が小さいので案内を記録します。
 
 
丹精に彩られたこの建物は、もとはソウルの朝鮮王宮にあったもので、
1924(大正13)年、杉野喜精氏によって当山へ寄贈されました。
鎌倉三十三観音23番札所とも鳴っている当山では、今日、
この建物の中に江戸後期の作品とみられる木造の観音菩薩立像を、
安置しています。
 
でした。
 
 
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今日は九品寺からこの観音様まで、
一日で(11時7分から14時30分までですが)八山巡ったのは初めて。
途中江ノ電やバスに乗りましたが、今日の日程は記録に値する、
と思います。歩数は11460歩でした。
             (因みにここの参拝巻は200円だったかな?)
 
 
 
                   さおしかの部屋
 
 
 

極楽寺は二十二番札所

  
 
     極楽寺は極楽寺駅の直ぐそば……
 
 
 
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         極楽寺には山門の代わりに石柱があった。
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境内の参道は長い。
 
     両脇が桜並木、春なら良かったのにと思った。
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     本堂。
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       大きな木が寺の歴史を感じさせる。
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極楽寺駅から江ノ電で長谷駅まで行くのもいいが、
まだ時間にユトリはあるので、
さっきの極楽寺坂を下った。
今日は大仏様までは終わらせたいな……。
 
 
                   さおしかの部屋
  
  光明寺からは駅までバス、そして……。
 
江ノ電で長谷まで行く。
長谷駅から海に向かって、もう直ぐ海というあたりで、
ぶつかった道を右に折れる。
やがて坂道にかかるところの右側に「星月の井戸」。
 
いまは素通りする。
坂にかかった道の左側に細い道がある。
成就院への参道、その先に山門らしいのが見える。
     実は寺域と娑婆との境界でした。
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坂の終りで見えた海(坂ノ下海岸から、材木座海岸まで見える)。
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     本当の山門。
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成就院の縁起があった。
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     本堂。
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          名前は判らないです。
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お参りを済ませてご朱印を戴き、
お辞儀をすると、
「ご苦労様でした、気をつけてお帰りくださいね」
の言葉。
ここは、丁寧な扱いをしていただいた。
「有難うございます」とふたたびお辞儀をする。
 
帰りは山門を出て左に折れると、
階段だった、階段の参道から極楽寺坂に戻れた。
 
 
 
                    さおしかの部屋
 
 
     蓮乗院は光明寺の直ぐそばです。
 
光明寺の総門の右手に山門があります。
(実はこのお寺は恩義のある方の墓地があり、
年に一回は墓参でくるお寺です。)
 
蓮乗院の縁起には、
 
当院は光明寺創建以前よりこの地にあって、
当寺は蓮乗院と称し真言宗に属していたと伝えられています。
しかし、
創立年代や開山(初代住職)についてはつまびらかではありません。
 
寛元元年(1243)光明寺が、
記主禅師良忠上人によって創建されたのですが、
落成に至るまでの間、上人は当院に居住して、
督励に専念された由緒により、
その後、新住職が、光明寺に入山する場合は、
必ず一度当院に入ってから改めて本山方丈にむかう慣例が、
残されております。
当院の本尊は阿弥陀如来立像をお祀りしてありますが、
この仏像は源頼朝の御家人千葉介平常胤の守り本尊と伝えられており、
当院の寺紋が「月星」であることから何らかの形で、
千葉家との係わり合いがあったものと想像されます。
 
鎌倉市文化財
本尊阿弥陀如来立像由来記
 
本尊阿弥陀如来立像(寄木造り像高八十一糎)は、
新編相模風土記によりますと、
千葉介平常胤の守護仏と伝えられるとあります。
しかしこの事実を証するものは現在まではありません。
 
札番 十九番
寺院名 天照山蓮乗院
宗派 浄土宗
札所本尊 十一面観音
 
 
などがありました。
 
 
    蓮乗院の山門
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   光明寺の左へ塀越しにゆくと千手院
 
ここの縁起は解りませんでした。
 
ので、鎌倉三十三観音札所めぐりの一覧を参考に記します。
 
札番 二十番
寺院名 天照山千手院
宗派 浄土宗
札所本尊 千手観音
 
とありました。
 
     山門。
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今日は、坂ノ下方面にも廻ります。
あと、三山お参りする予定です。
 
 
                          さおしかの部屋
 
 
 
 

光明寺は十八番札所

 
                 開基は北条のお寺
 
ここ、光明寺は鎌倉市内では、はずれの位置にあるお寺、
観光客は比較的少ない。
 
十八番札所たなると、この巡りも半道中は過ぎた。
 
案内に拠ると、
 
 
材木座に所在する光明寺は、
江戸時代には浄土宗関東十八檀林の第一位として格付けされた
格式の高い寺院です。
開山は記主禅師然阿良忠、開基は鎌倉幕府の、
第四代執権北条経時で、仁治元年(1240)
鎌倉に入った良忠のために、経時が、佐助ヶ谷に寺を建てて、
蓮華寺と名づけ、それが寛元元年(1243)に現在地に移り、
光明寺と改められたと伝えます。
 
元禄十一年(1698)建立の本堂は、国指定重要文化財。
また、弘化四年(1847)建立の山門は、県指定重要文化財。
ことに本堂は、鎌倉で現存する近世仏堂のうちでも最大規模を誇ります。
当寺は、今なお、建長寺、円覚寺と並ぶ壮大な伽藍を構成しています。
 
十月十二日から十五日の間に行なわれる「十夜法要」の行事は今でも、
夜市が立ち、大勢の人で賑わいます。
 
 
宗派 浄土宗
山号寺号 天照院蓮華院光明時(てんしょういんれんげいんこうみょうじ)
創建 寛元元年(1243)
開山 然阿良忠上人
開基 北条経時
 
 
と、ありました。
 
     総門。
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     山門。
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         鐘楼。
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     本堂。
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このお寺は花が少なかったです。
総門の右手にこれからお参りする蓮乗院はありますが、
次回です。
 
                   さおしかの部屋
 
 

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