さおしかの日記ブログ

日記は主に近辺散歩、神奈川県道を歩く、江の電散歩、川沿い歩き、湘南散策を載せて行きます。

小田原から東海道

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保土ヶ谷駅まで11075歩

コサギもいました



6枚目の写真の「歴史の道」の近所にどうやら、
あったようでした。
この日は家を出るのが午後でしたので、15時過ぎていました。
心せくまま、写真だけ撮ったのでここ残りですが、
また、近いので気が向いたら行って見ます。



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ちゃやまちばし、宿場町らしい橋の名前です。お茶屋さんとかあったのでしょうか?
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向こう側に表示が見えましたが、車の間から写してもただの東海道の表示でした。
戸塚を過ぎたあたりから、一キロごとの表示がなくなりましたね。
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こちら側には脇本陣跡です。
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やれやれ保土ヶ谷駅の入り口です。ここからJRで帰ります。
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心残りですが、
ここまでで小田原からの東海道の旅は終わりにします。


本日は曇り空、でもハンカチを二枚汗でグッショリにしました。
歩数11075歩、時間は1時間20分でした。
小田原からですと何歩でしょう、時間はどのぐらいでしょうねぇ。
暇になったら数えて見ます。
お付き合いいただいて有難うございました。
どうもお退屈様でした。

                               さおしかの部屋

保土ヶ谷松並木と上方見附跡もありました




プロムナードの立て札には、



 「保土ヶ谷の松並木」と題して、

わが国における街道松並木の歴史は古く、遠く奈良時代に遡りますが、
江戸時代に入ってからの1604年、幕府は諸国の街道に並木を植えるよう命じました。
以後、夏は木陰を作り、冬は風雪を防ぎ、植樹帯は旅人の休憩所となることから、
官民挙げて大切に保護されました。

保土ヶ谷宿の松並木はこの付近から境木まで3キロメートルあまり続き、
広重や北斎などの浮世絵にも度々描かれました。
昭和初期までは比較的良好な状態で残されましたが、時代と共に減り続け、
現在は権太坂付近に僅かな名残をとどめるだけになっています。


この松並木の復元工事業では、「上方の松原」と呼ばれていた今井川に沿った、
約300メートルの区間に松などの木々を数十本植えました。



 「保土ヶ谷宿の一里塚」

松並木と同時期、街道の距離の目安として、
日本橋を起点に一里(約4キロ)ごとに築かれたのが一里塚です。
一里塚は、街道の両側に土を盛って小山を造り、
その上に遠くからも目立つように榎(えのき)や松などの木々が植えられました。
保土ヶ谷宿の一里塚は、日本橋から八番目の位置にあり、
現在の車道上にありましたが、古くから南側の一基しか伝わっていません。
その一里塚も明治時代の初め、宿場制度の廃止に伴って姿を失いました。

この度の一里塚復元事業では、設置する場所の制約から文献にあるような、
「五間(9メートル)四方」に相当する大きさの塚は築くことができませんでした。
が、塚の上には昔のように榎を植え、松並木と併せて宿場時代の再現に努めました。

            
              東海道保土ヶ谷宿松並木プロムナード実行委員会
                          横浜市保土ヶ谷区役所

                          平成19年3月


と、ありました。時代の変遷を感じさせられる立て札に出会いました。


イメージ 1










神社のちかいところにあるのがひょっとすると明治時代に植えられた榎かも
しれませんと思い、カメラに収めました。かなり大きい木でした。
川を隔てたプロムナードより小高い場所にありました。
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車道(国道一号線)側からみたプロムナードの様子です。
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これが復元した松並木とありました。
まだ二年余りしかたっていませんが、機嫌よく育てて欲しいなァと思いました。
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                                    さおしかの部屋

シャリンバイの花と実

川沿いの道から東海道に戻るとシャリンバイの花と実



この季節にこの花とこの実、
季節を忘れての花と実は大げさではなく可愛いです。

道もやや下りが終わり、緩やかな行程ですが道は益々広く、
くるまの行き来はスピードがまして恐怖の様相です。

また、バス停と標識が続きます。


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どうやら下りの道も終わり、
保土ヶ谷駅までは平な道のようです。
ホッとして歩けます。

本日ここで終わり、次回をお楽しみに……。

                                  さおしかの部屋

ゆるい登り坂です

バス停と歩道橋の表示を追いかけます



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もう、権太坂上ですが、すこし下りなのかなあ?
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後ろのグレイのフェンスは横横(横浜・横須賀道路)のものです。
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東海道から少し逸れた場所に川が流れ、向こう岸に公園がありました。
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この川の向こう側です。渡って休みたかったのですが、まだ疲れていませんでした。
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道路にはくるまの量が多く、おっとり歩いていられません。
横切るときは横断歩道もありますが怯んでいると、
運転手さんが「どうぞ」と手の仕草をしてくれます。最近は、
本当に運転手さんが優しいです。
「有難う、有難う」を繰り返しながら歩きました。
なんだかかなり迷惑をかけているのかなと、反省鹿の旅です。

                                さおしかの部屋      

権太坂に近づきます

戸塚から平和台まではバスでゆきます。




あまり乗り気ではありませんでしたが、
12日経ってしまいました。

起きると曇り空、汗をかかなくてすむかなと思うと、
でかける準備、洗濯も一回だけにして出かけました。

薄手のセーターに薄いブルゾン、外気はやや涼しいですが、出かけました。
なんなく戸塚区戸塚駅の東バスセンターへ、
ここも乗り場が分かりにかったですが、それらしいバスが止まりました。
運転手さんに「平和台は通リますか」に、
運転手さんは大きく頷きました。

戸塚駅から20分で着き、歩き始めました。


いよいよ権太坂にかかりました。
イメージ 1






直線の道路は歩きやすいです。見通しがよいからです。
両側が切り取られているようで、切り通しのようです。低いですが。
イメージ 2






ここから保土ヶ谷です。意外にはやく来ました。
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権太坂の表示です。歩道橋に描かれていました。
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振り返るといま登ってきた戸塚区の道路です。
「さよなら戸塚区」。「こんにちは保土ヶ谷区」です。
イメージ 5



まだそんなに暑くないです。セーターは脱ぎません。
坂道を上がってきた割には暑くないです、これも曇り空の有り難さです。
本格的な上り坂は未だのようです。

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