|
晴れる様子なので電車に乗りました
JRから京急と乗り継いだ車窓は桜が満開の土曜日でした。
三崎口からバスで、
「城ヶ島入り口」で降りるつもりがバス停はなく、
ついに三崎港を経て、次は通り矢を表示しています。
心配になり、運転手さんに聞きました。
と、
後ろにいたお客さんが「あの階段を…」といいました。
運転手さんも「この手前の階段を上がれば宮川に出られます」
と言います。
バスを降りて、言われた階段を見ますと、
確かに階段はありました。
遠くからですと「上れなくはない」と思わせました。
しかし、近づくと、階段の一段一段は自宅の高さの倍はあり、
これを何段?
城ヶ島大橋の上に行くまでには80段いや100段はありそう、
さすがのさおしかも、たじろぎまして、
港まで戻り「遠回りしてゆこう♪」と思いました。
出来るだけ橋から離れないように道を選んで、
吼えられた犬の飼い主に尋ねました。
「宮川に行きたい」と。
教えて戴いた通りに大きくカーブする車の道を上り、
出た信号を右に折れました。
「もしかしてバス通り?」ピンポ〜〜〜ン、正解でした。
おじさん有難う〜〜と叫びました。
あったバス停
どこで入ったのか解りませんがそれ以降、
バス停がありません。
あるのは、宮川大橋・宮川小橋・またただの、宮川橋・
そしてまた宮川大橋。橋だらけの道には人の姿はなく、
車とバイクと自転車だけでした。
宮川湾が見えます。
城ヶ島の端が見えます。
供養塔です。拝みました。 困ったときの(寂しいときの)です?
左側に風力基。これは通り矢で見えたものです。
ヒジキを干しているおばあさん。内緒で写しました。
この三枚の風景はまだ宮川湾だと思います。
ひょっとして毘沙門湾かも?
よくあるバイパスに入っていました。
殆どの橋は深そうな谷にかけられていて、さおしかは、
怖くて覗き見もしないでとっとと渡りました。
今度は右手にきた風力基
いくつ目かの宮川大橋です。
ゆるい下り坂の道です。 宮川は抜けたと、確信できました。
「毘沙門高架橋」有難うです。
山の間に人家も見えます。港の風景も……。
ここまで、向うが先から本当の一人旅。
バイクの人はともかく、自転車の人は振り向いてゆきました。
心の中では「早く行ってくれ〜〜〜と叫んでいました。
もう直ぐ、港町めいた場所に着きます。ホッとしています。
道も下り坂ですし……。
さおしかの部屋
|
三浦半島を歩く
[ リスト | 詳細 ]
|
城ヶ島の雨のなかの歌詞に惹かれて♪
工業の町らしい看板
通り矢の案内板
地層を刻んだ大きな崖だ。右下に上の案内板がある。
さっきの女性の言った「住むのによいとこ」から戻り、
バスの終点を通り越してゆくと、
あった。
崖の下に看板が……。
では、ここが「歌詞にある「通り矢のはな♪」か
まあ、いいや、それらしい場所にはたどり着けたのだから
と、思ったとたん、バスが来た。
狙っていたバスだ!
14時27分のバスだッ。
大急ぎでバス停に戻ると間に合わないで、バスは発車してくる。
停まってくれ〜〜、と手を振ってみた。
乗せてくれ〜〜、と手を振ってみた。
運転手さんは停まってくれた。「良かった〜〜〜」
運転手さんにお礼を言って座席に着いた。
誰も乗っていないバスだった。
が、ともかく通り矢には来れた。三崎口に着いた。
お疲れさんでした。
さおしかの部屋
|
|
通り矢は三浦半島の突端にあります
ついたのは14時8分でした。
磯伝いに左に進みました。漁港のような工場のような場所です。
見えた城ヶ島大橋
左側の妙な岩です。
橋より左側には妙な岩がありました。
こんな形の岩は中国の「石林」で見ました。同じ方向に傾いていましたが、
もっと丸い形でした。
妙な形の岩と草原。岩は尖っている。
停止の中に入ってゆきますと、
老人の男女の話し声が聞こえてきました。
「ここは住むのに良い」
という話のようでした。
近づくと女性は磯にいて、干しておいた海草を取り込んでいます。
一抱えぐらいですが、周囲にもっと海草はあるのに他には手を出さずに、
同じ台詞を繰り返していました。
言葉の合い間に割って入りました。
「ここは通り矢ですか」と……。
男性が、「ここは八景原」と言いながら、手のひらに書いて教えてくれました。
「金沢八景の八景原……」
なるほど、女性のいる後ろも横も磯が広がっています。
さっきの岩は向きを変えてただの三角の岩に見えます。
磯の奥のほうにいた人もなにか抱えて帰ってきました。
さおしかもお礼を言って後戻りしました。
通り矢と思われる場所に行くためです。
女性はまた話しています。
「ここは住むのに良いところだよ」
と、
さっきの男性の話では、
この辺りは台風も城ヶ島が遮るのか、磯の向きがへこんでいるからか、
台風は沖の方を行ってしまうそうです。
なるほど、磯には普通は荒らされた様子もなく、
石や砂に苔のような、海草のようなものが張り付き、全体に黒々したかいがんです。
バスの時間を確認して、
通り矢の案内のある方角に向かいました。
さおしかの部屋
|
|
三崎口からバスで油壺入り口で下車
バスの道から右手に入り、しばらく行くが、
地図でみた「諸磯隆起海岸」の見所は低地にあるらしい。
見つからなかった
この辺りから見えた霞んでいる冨士山
民家がバラバラある間を行く。
坂を下るとバスの道、登ると海岸に出るにはまた下る。
しかし、下って海岸に出るには小高い丘のようなものを越えて、
その先に海は見える。
結局、NTTの手前からバス道にでて、
三崎港まで行く。
三崎港は賑わいきれない雰囲気がある。
市場・駐車場を過ぎて、
カーブする手前にバス停。一時間に一本ぐらいの便だ。
そろそろ、歌舞島町?と思った。
公園らしい空き地に案内。
よく分からないが案内が3基あった。
道は陰って行く。道路を隔てて海は続いていて、
またもや、公園らしい風情。
道を渡り、施設らしい場所に入ると市営プールがある。
そこになんと鳥がいる。
プールを占領している鳥の群れ、キンクロハジロとオオバンも。
プールをすぎると広々した施設がある。
どうやら人もいる。これが本当の公園らしい。
ベンチ・南方めいた樹木、その間に霞んだ冨士山。
冨士山をみると嬉しくなっちゃう
冨士山がこんな場所で見えるとは思いもしなかった。
地層が出ている……。
三崎港まで帰り、来たバスに飛び乗ると、
なんといま来た道を戻ってゆくではないか……。
覚悟を決めて終点まで行ってみる。
終点は「浜諸磯」。時間は15時10分。
運転手さんに聞くと、
「三崎口から来たバス」とのこと。
「このバスは三崎口に帰るからそのままでいい」
というお言葉。
運賃は「いい」という。
そのまま、
また歩いていた海岸べりを廻り、飛び乗った三崎港を経て、
三崎口に帰って来られた。
三崎口を15時30分過ぎの電車に乗れた。
こんな経験はよくある。知らない街はアクシデントの連続だ。
だから一人が気が楽に動ける
さおしかの部屋
|
|
鳥居があって神社のような?
三崎口駅からバスでゆく。
和田バス停までは歩いても良かったぐらい近かった。
バス停からバスの進行方向を向いて左に折れる。
日陰になると急に寒くなる。
山影にひっそりそれらしい佇まいがあった。
和田義盛が住んでいたらしい場所に武勇を称えての碑とのことです。
椅子もありました
今朝、出かけるときから変だと感じていた右足の外側のくるぶしが、
嫌な感じだ。
バスを降りたあたりからじわじわ痛みになった。
次第にというより歩くたびに確実な痛みがおそう。
ここからなら和田城址は近いはずだが、
次第に襲う空気の冷えと足の痛みとに負けた。
バス停まで帰る。
道路の角度が変わったからか痛みは引いてきた。
どうしようかと迷ったが、
ここまで来てみればそれでよいという気分になっていた。
また、さっき来た道に戻り、
三崎口駅までバスで帰り、そのまま帰宅した。
ときどきこういうことがあるが、こんなに顕著に右の足の外側のくるぶしの、
存在を主張したのは初めてだった。
くわばら、くわばら……。
なお、現在はシップ薬だけで現状維持まで復活できていて、
近所の歩きなどはチビチビ始めています。
さおしかの部屋
|







