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また小田急からJR横浜線で八王子、更にJRで拝島まで、
上手く急行を利用できないまま、 拝島に下りたのが12時35分。しかし、 駅の前の道を横切るとそこが玉川上水が流れている幸運。 川の左側を進むと、落葉が川を流れる。 私の歩行と合うかなと綺麗な落ち葉にあわせてゆく。 どうも、葉っぱの方が早い。 急いでも同じ速さでついてゆくとなるとキツイ。 諦めて歩く。 しかし急ぎ足で歩いても汗はかかない。 快適な散歩だ、 散歩道には落葉があって足には優しい感触。 誠に楽しい。 平日だが、散歩日和らしく今日は行き交う人が多い。 同じ方向に行く人と、 向うから来て風を切りながらさっさと行く。 概ね、みな早足で歩く。 本日(12月27日)より、10日以上前の散歩です。 あれから天候には恵まれたが、 暮れの日々は時間が出来ないので、 行けないまま日が過ぎたし、 更新も遅れている。 さおしかの部屋
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旅の写真
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また街道に出てしまい、玉川上水には見放されたまま。
もう2時間20分、歩いているのに、一向に進まない。 地図でみると、拝島までは入り組んでいる。 諦めて、牛浜から帰途に着く。 牛浜橋の由来のようですが薄くて読めませんでした。 牛浜橋から20分、牛浜駅のホームでおにぎりの昼食です。 どこと言って休むところもないまま休めないで、2時間半でした。 家から帰宅まで、6時間の旅でした。 歩数は17000歩(羽村から牛浜まで)でした。 あ〜〜〜ぁシンド! さおしかの部屋
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ここまで上水は確実に流れていましたが、散歩道が時折消えます。 街道に出たり、上水に出たりを繰り返しながら、30分、地もとの人の ご意見に従い出たのが多摩川。玉川上水と多摩川の区別が……。 あまりの銀杏の葉の美しさにパチリ。捨てては置けません。 多摩川べりも捨ててはおけません。 次は玉川上水にいつ出会えるやらの迷い道でした。 さおしかの部屋
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東京都小平市のガイドの抜粋ですが…
玉川上水羽村市で、多摩川の水を取り入れ、新宿区四ツ谷にあった 四ツ谷大木戸まで全長43キロにわたって掘られた、素彫りの上水路 だったそうです。 現在は三鷹の先辺りから地中に入って、その先、四ツ谷の大木戸ま では歩けないようです。水は地下に潜っているそうです。 徳川家康が江戸に入り、小石川上水、これを改良した神田上水、赤 坂溜池では人口が増えたために水が足りなくなり、そのうえ、江戸 城やその高台一帯にこれらの水は届かないため、幕府は承応2年(1 653)に玉川上水を掘ることを許可しました。総奉行は老中松平伊豆 守信綱、水道奉行は関東群代伊那半十郎で、町人の庄右衛門・清右 衛門兄弟がこの工事を請け負いました。4月から工事に入り、わずか 8ヶ月後四ツ谷大木戸までが完成。翌年の6月には虎ノ門までの地下 樋の工事も完成したとされています。その功績により、町人の二人 の兄弟は「玉川」そ姓を与えられたということです。 二人の銅像?が取水堰の側の公園にありました。 それ以後、上流の12キロを除いて空堀の状態が続き、上水の両岸は 雑木が繁茂し水路は荒れるに任されたマアmでした。小平市内を始め 多くの人の願により、昭和61年東京都の「清流復活」事業が実施され 小平監視所から杉並区の浅間橋の区間に下水処理水ではありますが、 流れが蘇りました。 平成15年(2003)8月、玉川上水は歴史的な土木施設・遺構としての 価値が認められ、既に暗渠化した緑道や駅などの一部区間を除いた、 約30キロの開渠部分が国の史跡に指定されたそうです。 公園を上から見ています。春には桜が見事でしょう。 多摩川です。豊に流れていました。 玉川兄弟の銅像です。逆光線で上手く撮れませんでしたが……。 ここは堰です。この堰から多摩川の水が取水されます。 ここから上水として流れてゆきます。 広い公園でした。 さてこれから玉川上水縁を歩きます。 ちょうど落葉の時期ですので、楽しみです。 さおしかの部屋
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家を出て、小田急電鉄、JR横浜線、JR八高線、青梅線と、
乗り継いで羽村駅まで、1時間25分かかりました。 八王子からは道の世界。八高線のドアは自分で開けるのです。 秋田で経験しましたが、急にローカルな気分にワクワクしました。 線路の周囲はあまり今までと変わらない景色でした。 駅からこの方面と坂を下りようとする通りに、 鎌倉街道、奥多摩街道があり、今度はドキドキでした。 坂の途中に禅林寺がありました。 ちょっと入ってみると中里介山の墓地がありました。 人気がなくて、中に入る気分になれませんでした。 奥多摩街道沿いは銀杏の並木が綺麗だった時期、 12月に入って間もない頃でした。 丘陵地帯の農家は水に不便をして、馬に水を運ばせ、その労力に川からの 坂の上に水飲み場を造り労ったようですね。昔は優しかったですね。 禅林寺の由来です。建長寺派、本尊は如意輪観音、他には、 豊臣秀吉ゆかりと、『大菩薩峠』の著者中里介山の墓がありました。 と、先ず羽村駅から禅林寺まででした。 次は玉川上水取水堰辺りに行きます。 さおしかの部屋
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