好きなものだけ買いました。 お焼きが2種類しかなかったのは、がっかりしましたが、 まあリュックを持っていて良かったぐらいの量になりました。 心残りは「八木節」を見れなかったことぐらいでした。 林檎も美味しそうでしたが、 重くて、 結局、姉のタクシーに便乗で楽に帰り着けました。 さおしかの部屋
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旅の写真
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「……トイレのそば?」 と思いました。そう聞こえました。 まあ、探せば分かると思い、休憩所(これが)です。 やはり木々の大きく繁っているのには驚きました。 ここと思った方向に行きましたが、 三つ石は木々の陰です。 階段も立派になっていました。かなり急な階段です。 三つ石はここからは見えそうに思いました。 10メートルぐらい降りましたが三つ石は枝の陰です。 ここまでくるとかなり眺望は良かったです。 さて帰りのバスの時間を確認に行きましたが、 下車したバス停より100メートルぐらいのところに公衆電話ボックスがあり、 時刻表もありました。聞き間違えていました。 それにまだ、20分ほどユトリがあります。 バス停の反対側にオレンジ色の花が見えました。 もう動くのが嫌で、遠くから群生と言うにはには乏しい花と、 周囲の松の木々を写しましたが、 肉眼で見るより花はぼんやりしています。 高原の風景のようではありますが、 やけに松の木だけ目立ちます。 もっと下まで降りれば三つ石がよく撮れたかもしれません。後悔の写真です。 砲台もあったようですが、字がよく読めません。戦跡ですね。 結局、帰りは公衆電話ボックスのところからバスで帰りました。 歩いて真鶴駅まで行こうと思ったのは私には無謀でした。 でも、二人三人の徒歩の人は見ました。 歩けないことはないですが、バスで15分ぐらいだと、 一時間では歩ききれないでしょうね……。 この行程は湯河原からですのに6000歩行きませんでした。 さおしかの部屋
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今回は真鶴駅から真鶴岬までです。 40年ぶりの岬まではまるでジャングルの中でした。 木々が繁り、 以前の姿は見られませんでした。 木の大きさは過ぎた年月を感じさせました。 驚いているのは私だけかもしれませんが、 バスが暗い道に差し掛かると、 子供が不安になったのか泣き声や叫び声をあげていました。 もっと明るい道のように覚えていましたが、 これでは帰りの歩きは断念です。 さおしかの部屋
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始めは歩く予定でしたが、いわゆる「残暑」という日差しは、 きつかったです。 それに調べるとバス路線もあるのです。 運転手さんが乗り込まないうちに、 料金表の辺を写しました。 まだ、金額は入っていません。 金額が入っていないと間が抜けていますね。 次々に乗客が乗り込んで来ました、お使いの婦人、学生さん、 観光客めいた夫婦連れ、 例によって一番前の席、運転手さんの隣の席にかけました。 バス道路は細く、人家のある道を通りますが、 ちょっと降りようとは思えない曲がりくねった道で、 まあ、真鶴まで連れて行ってもらおうと心に決めました。 30分ほどで、真鶴に着きました。 真鶴の駅に着きました。昔の駅は人力で作ったようです。 地図の拡大したものです。 駅の周囲には何かの記念碑もありました。 細かいことが不明ですのでのせませんが、 真鶴らしい石が使用されていました。 これから真鶴岬に行きます。 やはりバス利用です。 一時間の二本ぐらいありそうです。 初日の出の見える宿があるかどうかの下見です。 さおしかの部屋
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波にチャプチャプ浮かぶカモメは昔覚えた童謡の歌詞を思い出させます、 戦争疎開で来ていた親戚の子が教えてくれました。 ♪カモメの水兵さん、並んだ水兵さん、 白い帽子 白い服 白いくつ、 波にチャプチャプ浮かんでる。 歌詞は定かではありませんが……、 戦争中の緊迫感を解くのどかな記憶です。 現在のカモメの向こうには、潜水艦も見えました。 半分姿を見せている潜水艦判ります。これは日本の船しょうか? この写真を撮った翌日、 横須賀港に米艦がきたというニュースがありました。 「非核三原則」という言葉も、思いだしました。 ノーベル賞に繋がった言葉ですよね〜〜! 軍艦旗がはためいています。 さおしかの部屋
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