砕氷船「しらせ」の前方にグレイの船体が見えます。 ここにも大勢の人が並んでいます。 映画「亡国のイージス」の劇場版は海の美しさが描かれていました。 テレビでの「…イージス」は小さくまとまったもので、 がっかりしました。 大洋に乗り出す護衛艦は海とも戦っていましたが、 平和ボケの私の脳裏には、堂々とした海の印象が強かったです。 で、まあ、護衛艦「きりしま」には乗りませんでした。 まだ「赤いくつ」の像も見たいし、そこまでは1キロはありそうだし、 その後も歩いて乗り物までたどり着く予定でしたので、 艦船の見学は外からの観船にしました。 近くに戦闘時の自衛隊の食事が机?テーブルに並んでいました。 意外にカロリーは低いなあと思いました。 鶏ご飯や、タクワンやが缶詰になっていました。 宇宙食などはもっと食事と思えないような感じと聞いていましたが、 自衛艦の食事は原型があるので、 なんとなくホッとしました。 大桟橋から離れて、さっき下車したバス停に来ました。 これを左に折れて山下公園のメインの方氷川丸の方に行きます。 多分、1キロぐらいでしょう。 さおしかの部屋
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旅の写真
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あれは戦艦だった気がしました。 どっしりして大きかったです。 これは乗る前にチラシを貰ったのに書いてなくて、 軍艦とは違うと思っていましたので、近くにいた自衛官に聞きましたら、 「砕氷艦」とのことでした。 南極などで氷を砕く艦だそうでした。 近づくと、船にも、乗船する橋の脇にも書いてありました。 なぁんだでした。 橋を渡るとき一瞬やめようかと思いました。 ちょっと不安でした。 ぞろぞろ並んでいた人の列のまま乗船しました。 珍しいものも見つからずに、3階に上りました。 ぐるぐる甲板を廻りました。 もっと上にも行っている人もいますが、資料室的な場所に、 昔からの南極船の記録がありましたが、 大勢の人がたかっていました。 南極での服が展示してあり、南極の石もありました。 ずるずる人の波についてゆきますと、出口が表示してます。 私はその列の後ろにつきました。 階段に近づくと自衛艦が二人いました。 「おっ」と思いました。 急な階段と思うと、自衛官の方が、 「後ろ向きでもいいですよ」と声をかけてくれましたが、 敵に、いや他人に背を向けるのも憚られましたので、 細い(55センチぐらい幅の)階段の手すりに掴まり折り始めました。 自衛艦の人は、上の二人も下の(下にも二人いました)人も、 「ゆっくりでいいですよ」と声をかけます。 足は自然に左、右、左、右と動けました。 階段が細くて、両手で手すりが掴まえられたので上手く降りられました。 また、デッキをゆくと、もう一つ階段です。 3階まで上がったのですから当たり前ですね。 やっと最後の難関、艦からの下船の細い橋です。 なんかゆらゆら動く橋で一番怖かったですが、 海に落ちることもなく、 膝変形関節症はかなり良くなっていることを実感できた、 「しらせ」乗船体験でした。 あれが「しらせ」ですよ。 救命ボートですね。 南極の服です、寒そうですね。 展示室です。 最初の石と次のと三枚が南極の石です。 江の島のときは岸壁から甲板にすっと乗れましたが、 今回はちょっと難儀でした。 でも、足は少しずつですが良くなってゆくようで、 それが確認できてよかったですが、 もう少し歩くことを続けましょうと思いました。 追記 海上自衛隊の南極観測協力の歩みとして、パンフレットから… 「ふじ」は第7次〜24次の間、25回参加。 「初代しらせ」は、第25次〜49次の間、25回参加。 今回の「しらせ17AGB)」は、H21年5月就役、 H21年(第51次南極観測)から参加するそうです。 任務は、海上自衛隊に所属する自衛艦で、南極観測協力を行うわが国唯一の、 砕氷艦で、物資の輸送、人員の輸送、観測支援などだそうです。 聞いた話では今年の11月に南極に出かけるそうです。 ニュース等で見られるかもしれませんね。 無事の任務を果たせるように祈りたい気分です。 11月が待ち遠しいですね。 さおしかの部屋
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もう桟橋に来たのかと思っても、 陸地と変わらない景色です。 空が良い、本当に久しぶりによく晴れています。 少し行って分かりました。 自衛官がいて、 「…見学の方は左へ」 と言う案内です、何の見学かはよく分からないけど、 殆どの人が左に行きますので、真似して私も左へ行きました。 また自衛官が二人いて、なにか(チラシ)配っています。 見るとかなり良い印刷のチラシで、艦が写っています。 近くに「しらせ」「きりしま」の見学のためのたてカンバンもあり、 何か自衛艦の見学の列についてきたことが分かりました。 そういえば横浜150年記念の記事の中で、行事にそんな見学も見たような、 見なかったような記憶は曖昧でしたけど。 まあ、ここまできてしまったから引き返すのもシンドイし、 このまま見学する気持ちになったのでした。 今は、コンチネンタルや、この間行ったパシフィコ横浜や、 その前にある赤レンガ街を眺めながら進みます。 これは自衛艦ではなかったです。 ベイブリッジが見えます。 つばさ橋も見えます。 自衛艦見学に並んでいる人たちが画面右に見えます。 さおしかの部屋
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バスは中華街から山下公園の脇を通り、 マリンタワーを過ぎ、港が見える丘公園の坂を上り、 大仏次郎邸?は見えたが岩崎邸は見えなかった。 外人墓地は塀の中、あっというまにバスは坂道を下る。 丘では殆ど乗客が乗らなかったし、降りなかったようだった。 また、欅の並木や、銀杏の並木を抜けて、 いよいよ大桟橋が近い。 この辺から(山下公園の脇)乗る人はしきりに、 「赤レンガ街」という。 バスの運転手さんは、判で押したように、 「ここからでしたら歩いた方が早いです」 という。 大桟橋バス停はすぐに着き、降りられた。 丘にはこの道を登る、いつか友人と歩いて登った道だ。 港が見える丘公園は降りないので、折角着たが港は見ないで降りる。 このバスで1時間乗って廻った。信号で止まっていたので、写せた。 「赤いくつ」バスはまだ1時間以上走らないといけないようだ。 久しぶりに晴れた空が眩しい。桟橋は近いらしい。しきりに人の流れが 行く。分からずに桟橋を目指した。 さおしかの部屋
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バスには前から乗り、真ん中の扉から降りる。 乗るときに100円払うと、乗った人は中にはいってゆく。 赤レンガ街のバス停で、ベンチに忘れ物があるのに気づいた。 運転手さんに声をかけてみた。 運転手さんが車内に放送すると、 おっかさんが「何とかちゃんのだ」と、 とりに走った。 無事に少年の手に戻った。バスは走り出した。 バスは中々大桟橋に着かない、 最初の写真は高速の下を流れる川を渡った。 これから港が見える丘公園に行くらしい。 次のまでが赤レンガ街ですよ。 この六枚目と七枚目は開港記念会館、バスの中からでは全体像は見えない。 ここには市川房枝さんの応援に行きました。 このときに、一諸にいた人が「応援に来たってその人に投票するかどうか 分からない」といった言葉はまだ「衝撃的な言葉」として耳に残っています。 何年か前の夏の日でした。 中華街が見えてきました。 さおしかの部屋
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