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月刊予約絵本《こどものとも》267号 山本忠敬(やまもとただよし) さく/え
1978年6月1日 発行 発行所 福音館書店
この作品が描かれた1970年代の山手線は、30年の時を経て大きく変貌を遂げており、同じ山手線と呼ばれながらも、ずいぶん雰囲気の変わった路線(線区)になりました。
当時の電車は既に2世代前の車両で、隣接して走る車両を含め世代交代が進んでおり、(故)山本忠敬さんの書かれた本作品は、貴重な資料的価値があると思われます。順を追って、見てまいりましょう。 表紙絵は、当時の品川電車区でしょうか。当時から山手線の電車を多数収容するため、2階建て構造になっています。 この車両基地は、山手電車区を経て、今はJR東日本東京総合車両センターと呼ばれています。 この絵には、3000両以上量産された103系の最終仕様車である、ATC搭載タイプと、それ以前に作られたタイプの両方が描かれ、興味深いものがあります。 山手線電車は2世代の世代更新を経て、現在はE231系500番台というステンレスカーに更新されました。編成面でも6扉車が1両増え、11両編成になっています。 (本記事の終わりに写真を載せておりますので、ご覧下さい) 絵の左下の電車の屋根には、二重丸のような形状の物体が描かれています。これが、グローブ型ベンチレーター(略称:グロベン)という通風装置です。 この103系電車初期の時代までは、今のようにクーラーが当たり前ではありませんでした。 このため、少しでも外気をたくさん取り入れようと、このような換気装置が付けられていました。 クーラー標準装備が当たり前となった今では、通風装置にグロベンが使われることはなくなりました。 高架橋を行く京浜急行の600系電車は過去の車両に、山手線と平行して走る貨物線も、埼京線や湘南新宿ラインが走るにぎやかな路線になりました。 西島三重子さんの歌にもでてくる、「池上線」の歌詞を思い出す緑の電車3000系も今はなく、目黒の目蒲線は地下にもぐって「目黒線」に変わり、様相が一変しました。 東横線の電車も当時から見れば、二転三転し、いまや「桜木町」の地上駅はなく、終点は「元町・中華街」になりました。東横線と山手線の間の貨物線を旅客化し、いまや埼京線、湘南新宿ラインといった新規系統の電車が走るようになりました。 代々木、新宿間を走る電車も様変わりし、E231系とかE233系と言ったステンレスカーの独壇場となってしまいました。 小田急線初期ロマンスカーの3100形電車(NSE車)は、今は後進に道を委ね、唐木田検車区に保管されています。 小田急の5000形と、京王の6000系はまだまだ元気に活躍していますが、小田急も京王も新製車はステンレスカーばかりになりました。 中央線の列車系は、急行が消滅し近郊型の115系が新宿に来ることも、国鉄色の特急あずさも過去のものとなりました。 西武2000系は今も元気ですが、サーモンピンクとベージュの塗り分けの101系電車は過去のものになりました。 西武5000系は、初代「レッドアロー」として名をはせたが、後進の10000系に道を委ね、今は横瀬車輌基地に先頭車が静態保存されている他、一部の車体は富山地方鉄道に譲渡され、立山路で活躍しています。 私鉄の103系といわれたほど両数の多い東武8000系電車は今も健在ですが、池袋−赤羽間の路線だった赤羽線は、大きな変貌を遂げ、いまや埼京線や湘南新宿ラインが往来する重要路線になりました。 都電荒川線の7000形電車は姿を消しましたが、新7000形電車は今も健在です。最近は都営バスと同じ緑とベージュの色合いのみですが、リバイバル塗装された車もあるようです。 初代AE車を引き継いだ現在のAE100型電車も、あと数年で、山本寛斎氏デザインの3代目スカイライナーに引き継がれる予定です。 山本寛斎氏の手掛ける新型スカイライナーのコンセプトは「凛とした空間」です。「新型スカイライナー」は原点回帰の思いを込めてAE形の称号が継承されるようです。 京成の塗色も懐かしいものがあります。下を行く山手線他の車両も今は昔。 山手線日暮里駅付近は、新幹線工事が始まるまでの間、色々な電車が集まる好適撮影ポイントとして、ファンに人気の場所でした。 この本でも、その光景が描かれています。左側の複々線を山手線と平行して走る京浜東北線は、ここに描かれたスカイブルーの103系ATC車から数えて4世代目のE233系電車が3世代目の209系電車を駆逐しようとしています。 中央の特急はつかりに使用される、583系寝台電車も今はなき存在。右側のEF80形電気機関車,153系急行電車、103系常磐緩行及び、453系急行電車も今や過去の車両となりました。 にぎやかな上野駅の地上ホームを、神田方から眺めたところですね。東北、上越新幹線のない時代ですから、国鉄色の特急電車がいっぱいです。 なつかしい20系客車の姿もあります。 神田、東京間の高架線を走る103系たちですね。今は、すべての路線がステンレスカーになったおかげか、前ほど派手でなくなりました。 東京駅の丸の内口も、三角屋根をドーム型に復元するのはいつでしょうか。 中央線ホームが階上に移り、横須賀線は地下へ、線路を1つづつシフトさせ、いまや、東海道線と、東海道新幹線の間に東北・上越新幹線のホームができました。 さらに、有楽町よりの地下には京葉線ホームが。ただ1つさびしくなったのは、九州方面のブルートレインが「風前のともし火」といったところでしょうか。 東京モノレールの500系も、東海道新幹線の0系も今や昔。最近では、資本参加のおかげか、JR東日本の電車車内の路線図に東京モノレールが追加されたようです。 当時の「品川客車区」脇を通過する山手線電車です。1986年に「東京運転所」になり、2000年を待たずして,閉所となってしまいました。今は一部客車の留置もあるものの、配置はなく留置線扱いです。 やっと品川までもどってきました。最近は新幹線駅としての機能も増え、「エキナカ」という流行語を生んだ店たちもでき、すっかり様変わりした品川駅ではあります。 山手線E231系電車[品川にて 撮影:湘南鉄道研究会(M)] 山手線E231系電車[有楽町にて 撮影:湘南鉄道研究会(M)] 京浜東北線209系電車[品川にて 撮影:湘南鉄道研究会(M)] 京浜東北線E233系電車[有楽町にて 撮影:湘南鉄道研究会(M)]
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2008年11月03日
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