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映画「エンディングノート」が
全国で再演されているらしい。
見てないお友達に また勧めている。
内容等はこちらで(^_^;)
エンディングノート 公式サイト
私は昨年秋、娘に誘われて名古屋で見た。
定年退職後、肝臓がんが発覚し 余命を宣告された父親
余命をカウントダウンして 人生最後の幕を引く準備に取り掛かかる決心をした、
その死までの記録を
是枝監督の助手をしていた娘が
ドキュメンタリーとして撮り続けたのだという。
私は 最初、あまり見たくなかった。
シリアスで暗いのは苦手だと…
しかし 娘が絶対見た方がいいんだって、と誘われた
映画興行業界にいる元同僚に勧められたと、
映画は 重い題材とは違って 淡々と観るものを引き込んだ、
映画を見てもほとんど泣いたことがない私だが、思わず涙が流れてしまった。
周囲では鼻水をすすり上げる人も多く、
持ち込んだギターを傍らに置いた若者は 何者か?
声を立てないものの、身を震わせてしゃくりあげて、
最近親を亡くしたか??
ひょっとして 製作者の身内か親戚か?といぶかるほどだった。
静かな感動というか さざ波のような空気が 映画館を支配していた。
今回の監督の娘さんは カメラ店を営んでいたという祖父の影響で
小さい時から ビデオで家族をとっていたという
家族全員が 撮られることに慣れているのか、みんな身ぎれいで 自然な感じがする。
画面は極力明るく、深刻にしないという監督である娘の意思が貫かれていたらしい
音楽がきれいで 父親はユーモアを交えて 一種のさわやかさがあった。
もと営業マンだったという父親の姿に驚いた。
色々段取りするのが身に沁みついているというが
がんを抱えて死に至る自分の終末までを、エンディングノートに克明に
マネージメントする
そういうことが可能なのかという驚きもあった。
人間は死に直面して オタオタし、感情の波に翻弄されるのが常ではないか?
その上、周囲の者の思惑や しがらみに足をすくわれて 自分が保てるものだろうか
痛みなくして死ねないのではないか、
とか いろいろの不安や恐怖が私にはあった。
聖人君子じゃなければ 人間はそう簡単に死ねるものじゃない、と。
また、意識不明のまま自分が死んだかどうかわからず、
霊魂だけが 未来永劫 この世に彷徨う話も聞いて 怯え、恐怖した。
この主人公は すべてを考慮して 葬式を教会式に変える決断までしている。
自分の足で教会を訪ね、牧師に会い、
自分の魂の平安や人生の意味を知ろうとして話をしている
最後は娘の手で洗礼まで受けている。
私にはそこまで突き詰めて考えることはできないと思うが、
自分の終末をきちんとコントロール?してマネージメントまで出来るということに
驚きと同時に目を開かされた思いがした。
一言でいうと、
死を目前にして 自分らしい姿を持ち続けることができるかもしれない
むしろ 明るく、希望すら湧いてくるような映画だった
人は 死や 死にゆく自分の姿を はっきりと知ることはないだろう。
そして最後まで意識があることが良いことかどうかわからないが
少なくとも
私は この映画を見て
死にゆく最後まで 自分の意識や意志を持っていたい、と願った。
最後の場面で 妻である母が 夫である父親の手を取って
「こんなことになるのだったら もっと大切にすれば良かった」と
むせぶ場面は心に残った。
娘のカメラは回り続けていたが デキュメンタリーと思えないほどの
自然な流れの映像だった。
観終わって、しばらく友達などに この映画見ることをよく勧めた。
自分でも本屋さんに行って エンディングノートを幾種類か吟味して一冊買ってみた。
しかし、今までの人生を振り返ったり、整理することは なかなか難しい…
けれども それをやり遂げた人がいるということに驚きと前向きな気持ちが出た
私の死は いつ訪れるのだろう。
ずっと先かもしれないし、
ひょっとして そんなに先ではないかもしれない。
人生の峠を越えた年齢となって やはり立ち止まって考えなければいけない、と
思った時に 勇気を与えてくれた映画だった。
全国であと 一週間ほど上映されるらしい。
朝日コム
「エンディングノートを撮った砂田監督にきく」
まだ 2月中、一週間程度 再演しているところがあるらしい
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