世の中の事

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

猫、馬鹿、医者、坊主、先生だったかなぁ^^;
 
 順番はどうなのか、昔から言われているらしいが、結構インパクトがある…
 
 
 医者、坊主、先生、と言えば 人の命を救い、人を導く尊い方々だ。
 
 昔から村の集まりなど、みんなのいるところに現れたところを想像してみよう。
 
「先生様、ようこそおんさった、 ささっ、ずっと奥へ、真ん中の良いお席へ」と
衆目の中、下へも置かぬ別格の扱いで案内されるものだろう。
 
また 坊様が村長さん宅の法事に現れたとしよう・・・
 
 金襴の法衣と袈裟をまとって、長い数珠と金色かなんかの大きな扇子を懐手に
白い足袋で颯爽と現れるさまは神々しい存在であったろう。
 ふすまを取りはらった広間の両脇に正座している村人を通り過ぎて
おっさまは 中央の畳を踏みしめ、大きな仏壇の前、紫の大座布団…
うっかり乗ると ひっくり返りそうな厚みのある豪華な座布団におもむろに座り
周囲を睥睨するさまが目に浮かぶ…
 
学校の先生様も 昔は 可愛い我が子を導く絶対的なお方で、
当時は小中学校を出たぐらいの親がほとんどで、
先生と言えば文句つけようもない教養の高く、仰ぎ見る存在に違いなかった。
            …今は思えば学校の先生も受難の時代だ、
 
 
 一方猫と言えば、
勝手気まま、働くわけでもなく 犬と違って人間の顔色を見るでもなく
夏は涼しく、冬暖かい場所を探して 寝る…
猫を見れば家の中で一番快適な場所がわかるというものだ。
 
  なぜ 昔から 猫、馬鹿に続いて 偉いはずの医者、お坊さん、先生が
勧められもしないのに 自分から一番良い座布団に座ると
皮肉って揶揄されたのだろうか?
 
 疑問符をかけないでも これは誰にもわかる
…人間の心情というものは複雑だ。
 
いくら偉い、下へも置けないお方でも、いつもいつも
自分から 私は偉い、と上から目線だと…ん? ホントに偉い人なのか?
 
人の気持ちもはばからず、自分が一番と当然のように要求したり行動したり
するのは浅ましく見えるもの。
 
 人に勧められて、なお謙虚に自分を顧みる度量が、上に立つほど
必要なのだろう。
 
 「稔るほど、頂(こうべ)を垂れる稲穂かな」 
 
 人々にちやほやされて それがあたりまえのようになって
人が困っていようが、周囲の状況はどういうものか振り返るのも忘れて
一番に遇されるものと疑いもしない傲慢なふるまいは
やがて、だんだんに人の心に影を落とし、
本来の衆生を導く暖かい思いやりや、高邁な精神から遠ざかっていくのを
迷える民衆は 敏感に感じ取るものなのだ。
 
 いわば猫、畜生と同じレベルにまで貶められるほど
自分の身分に胡坐をかいた人は 医者、お坊さん、先生であろうと
否、医者坊主先生だからこそ醜い…
 
 
 
 そして、
  最後の馬鹿なんだけど、これはちょっと含蓄があるとおもう
 
 馬鹿…これはどういう意味だろう、
馬と鹿は動物の中でも、いわゆるバカじゃないと思うが、
人間じゃない存畜生という存在か…
 
 最初から世間、社会的規範から逸脱した存在で、誰かの手助けのいる
存在ならともかく
 むしろ、容姿端麗の華やかな美人、
学歴万能のエスカレートに乗ってきた純粋培養のエリート、
会社のトップで いつも部下にフォローされている人、
我がままいっぱいに育ったお嬢様、 
周りにかしずかれて家事もしたことがないような
世間知らずの深窓の奥様…今どきそういう人がいるかどうか、^^;
 
 とにかく何不自由なくみえて、うらやましがられる存在であるひとが危ない…
 
 人々が集まる場所や、常識的に考えて、配慮があってしかるべき時に
 一番快適な良い座布団に 当然な顔して座る人が…
 これこそ、馬鹿なんだよ、と言っているのかもしれない。
 
   
  人の気持ちを配慮できなかったり、 深い考えもなく
思ったことを思ったまま口にしたり傍若無人に振る舞って
人に受け入れられると思っているような人は 
それほど偉い人でなくとも普通にそこいらにいたりする。
 
 人生の荒波にもまれ、うっかり他人に足すくわれないように
必死で生きている人から見ると 溜息の出るような存在かもしれない。
そういう人たちは、
 あの人は無邪気で お幸せね、という。
 
  また人に可愛い、とか素直、とか純粋、とか言われて裏があるとも思わず
 褒められたと喜んでいるおめでたい人を馬鹿というんだ、と思う。
 
 自分が不用意に言い散らかしたことで だれかが傷ついていること
すら気づかない人はそこらじゅうにいる。
 
   「無知の罪」という言葉があるが
        これは限りなく重い罪だと思う
 
  猫、馬鹿、 医者、坊主、先生、
 
 
つまり、
 
 誰もが猫は、勝手に居心地の良いところに行く動物だと知っている。
 
尊敬されるべき医者、坊主、先生の中には 猫、馬鹿並みの輩もいる
 
そして、そこいらじゅうに はた迷惑な馬鹿がいるということだろうか
 
    馬鹿の種類はいっぱいあるんだなと思う。
 
 もちろん
   この私も 長い年月、馬鹿をやってまいりました…
 これからは、謙虚に精進したいです。
 
 
 

    …それにしても 長い時間かけて こんなこと書いている私こそ…
   ホントの馬鹿じゃないでしょうかね ふぅ
      
 
 
 
 
 丸3年前、乳がん術後、
3か月に一度の診察と腫瘍マーカーを中心とした血液検査、
ホルモン剤投与を受けている。
そして1年にいっぺん、一日がかりで全身検査を受ける、
 市民病院で手術してくださった先生が郷里に帰られたため、
紹介を受けて、今のドクターがいる大学病院に変わった。
 
 3か月に一度の検査は 担当医のアルバイト先の病院で 簡単に受けられたが
一年に一度の全身検査は大学病院なので、 なかなか予約が取れなくて
結構待たされるということが昨年もあった。
 
 担当ドクターが 今年4月に大学病院から、私立の総合病院に変わられると
いうことで  昨年11月下旬の診察で
「どうされますか?」と聞かれたので 
「もちろん、ついていきます」と言い、今までの資料と紹介状を薬の切れる
1月にもらいに行くことになった。
 
 
昨年の12月の中旬に、
早めに予約を取っておこうと大学病院の総合受付に電話した。
 
何と担当医の診察は 1月は、もう満杯で 2か月後の2月20日しか
それも午後四時にしか診察予約はとれないという、
 1月に切れる ホルモン剤については 先生のアルバイト先で何とか
一か月分、もらえたが、 資料等は 大学病院でないと出せないとのことだったので
2月の20日を待ちかねて 出かけた。
 
 
 午後4時きっかりに受付に診察券をだした時、一応、
「何時頃になりますか?」と確かめた。
前回1時予約で 2時間待たされたので…
 
「今1時半の予約の方が診察室に入られているので…ちょっとかかります」という。
(@_@;)、「えっ、じゃ、今4時だから7時頃になるのかしら?!」と聞くと
「さすが、夕方だし、それはないけど、6時ごろにひょっとしたらなるかも」という。
 
 大学病院だから仕方がないか…とあきらめ、
かねてから 読みたかった単行本を 無我夢中で読み始める。
 
  午後は再診ばかりだし、2時間も待てばいいかな、と腹をくくっていて、
単行本も好調に読み進んでいたが、6時なっても呼ばれる気配もない、
 
だんだん、広い待合室にいる人の数も少なく、廊下越しに、いくつもある
胃腸外来やら、他の科も案内板の電気も消え、看護婦さんの姿も見えなくなった。
 
 
乳腺外来の担当医の診察室も 忘れるぐらいの頻度で呼ばれる状況だったし
今はシーンとした診察室を見て、どうなってるのかしらん、
 さすがに不安になって 本から顔を上げると
前の席に座って、やはり本を開いていた中年の女性が振り返り
「…あの、予約は何時ですか?」と聞いてくる。
 「あっ、そうですね、私は4時なんですけど、おたくは?」と聞くと
「私は3時なんですけど…全然呼ばれなくて…」と不安そう。
 
 改めて 時計を見るとすでに6時50分を過ぎていて、
広い待合室には その女性と私だけで、
そこに若い女性が来たので、同じように聞いてみると
「私は家族で 母が3時半の予約で今入っているんです」という。
 
 それにしても、ひどいよね、とか何とか言っていると
突然、待合室が真っ暗になって、手元の本の字も見えない状況になった。
7時になって消灯されたらしい、(@_@;)!?
 
前の女性は ケータイで病院に電話して
まだ 待合室に二人待っているので 電気をつけてください、と言ってくれた。
 それと同時に 娘さんのお母さんが診察室から出てきて 
前の女性が出てきたドクターに呼ばれ、電気の付いた奥の診察室に
入っていった。
 
 出てきた親子が 会釈をして帰って行ったら 、広い待合室は
私一人になって、緑の非常出口の表示灯と診察室に続く 廊下以外
真っ暗になってしまった。
 全然、電気がつく気配もないので、怒りと不安が湧き上がってくる
 
  そこへ 書類を抱えた事務員らしき女性が ほかの診察室を
覗きに来たので、
「ちょっと、まだ、診察を待っているんだから 待合室に電気つけてください!」
と思わず 立ち上がっていうも、
「あっ、…ちょっと、お待ちください」と 謝りもせず、
小走りに駆けて行ってしまった。
 
本も読めないし、奥の診察室も白い扉が閉まっているので
いたたまれない思いで 暗闇の中待っていると 先ほどの女性が出てきた。
続いて、逆光に照らされたドクターの黒い影があらわれ
「水鳥さん、お待たせしました」という。 7時15分…
 
診察室に入りながら
「先生! 4時の予約なのに3時間も待たされて、
おまけに7時になった途端、待合室は真っ暗になってしまって…
ひどいですよね、」と言わずにはいられなかった。
「ホントにひどいなぁ、
電気は消さないように言ってるんやけど…」と恐縮される。
ドクターに言っても仕方がないことだったと思ったが、
大学病院ってのはなんなの…と思ってしまう。
 
「午後は 看護師もつけてくれないから 僕一人で
何もかもやらなくちゃいけないので、」とドクターも思わず言い訳と愚痴を…。
 大体、ドクター自身、お昼ご飯も食べられない状況で
ずっと診察や処置、検査など見ている状態だとは聞いていたので
大変は大変だと 思ったけれど、
なんて大学病院ってところは非人間的なところなんだろうと
改めて思う。
 
 ドクターも17年もこういう状況で たくさんの患者を抱えて
やってきたけど
「もう、いいだろう、」と大学病院から去る決心をしたという。
 
 最後の患者である私の前で やはり疲れの見えるドクターを見ながら
当然もう、検査室もしまっていて出来ないだろう血液検査は
次回することとし、
ドクターについて 転院するため 今までの資料と新しい病院の紹介状を
待って書いてもらった。
 
 診察室を出たら、やっと待合室に電気がついていた。…しかし
2階から 一階のロビーと総合受付に降りようとしたら
そこはやはり、非常灯以外は事務室の扉のガラスの向こうに
辛うじて電気が見えるだけで エスカレーターも止まり、広いロビーは
真っ暗で 階段の位置も確かめてなかった為、足元もそろそろ辿りながら 
止まっているエスカレーターを降りた。
真っ黒で広いロビーはやたらだだっ広く不安が掻き立てられる
 玄関も消灯されていて 出られないようだ…
 
  振り返ると 病棟の方にいく廊下には電気がついているのが見えた。
 
 ドクターからもらった処方箋を持ちながら、明るい方へ歩いていくと
夜間出入り口の表示灯が見えて、そちらに曲がると
数人の人が出たり入ったりしているのが見え、救急車の赤い回転灯が
回っているのが外に見えた。
 
 ほっとして 夜間窓口で清算してもらい、駐車券にもハンコを押してもらって
大きな大学病院の外に出た。
 
すでに暗くなった駐車場から振り返った大学病院は
無数の窓には煌煌と電気がついているが 真っ黒な巨大な建物で
寒風が吹き付けるなか、よそよそしく冷たく見えた。
 
 先ほどの女性は 先生が変わっても大学病院に残る、と
言っておられたが、
私は こんな融通の利かない、巨大な大学病院に今後は通いたくないと
つくづく思った。
 
本当に検査や鑑別診断など、難しい事例など
大学病院でしか設備がなく、専門技術の特殊性などある場合を除いて
 患者は もっと身近な医者を選び、親身に対応してくれる病院に
通うべきだと思った。
 
 遅くまで働き続けて、疲労の色濃いドクターの顔を見ながら
大学病院で扱うべき患者さんというものも
もっと厳密に選別して、何でもかんでも大学病院で見てもらうと
いうのは無理があると思った。
 
 大体が大学病院は午前中で外来は終わるようだが、
再診の患者をたくさん抱えてさばききれないドクターが
身を削って、看護婦もつけてもらえず お昼ご飯すら食べないで
長年診察をしているなんて、ドクター本人の要領の悪さだけと
考えて良いものかどうかとも、考えながら帰った。
 
 一つだけ良いことは、
 忙しさにまぎれて なかなか読めなかった本が
      ほとんど一気に読めたということだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
お友達から 地震可視動画サイト、you tubeを教えてもらいました。
今更ながら いつもどこかで地震が発生しているような不安定なうえで
生活していることが恐ろしくなりました。
 
 東日本大地震の時は震え上がり、心が乱れて、どうしたものかと
考えがまとまりませんでしたし、
 必ずまた大地震が起こる、100パーセント起こると言われながら、
まさか、今、ここで起こらないだろうと思っている自分がいましたが。
 
 頻繁に 日本の近海に小さな地震、世界のあちこちに起こっている地震の
環を見ながら 
3月11日 前触れもなく 突然爆発的な地震の環が起こるのを
見たら思わず震え上がってしまいました。
 
 お友達も よくもまぁ、こんな地域に
原発を置いたものだ、と信じられない思いです、と書いてありました。
 
すでにyou tubeで 見ておられる人も多いと思いますが
一人でも多くの人に見て頂きたいとご紹介します。
 
世界地図の可視動画も一緒に教えてもらいました。
 こちらも 世界のあちこちで絶えず地震が起こっていることをみて
今更ながら 戦慄しました…
 

菅首相がんばって!

菅新首相、菅内閣が発足
 
 オバマ大統領と電話で会談されたそうですね。
 
早速 娘が聞いてきたギャグに笑ってしまった・・・
 
「我々は これからも仲良くできるかな〜?」とオバマさんが言った(としたら・・・)
イエス、アイ カン〈キャン)」と 菅首相が言った〜、ヾ(;´▽`A``アセアセ
 
  うしちこの母さんのブログでも
こんな可愛い漫画が・・・http://blogs.yahoo.co.jp/ushichiko1/35443747.html
ビックリしましたね〜
 
 鳩山さんが米軍普天間飛行場移設問題で、再び辺野古移設を持ち出した時、
容易ならざる事態になり、福島大臣の罷免に続く社民党連立政権離脱、と続いた時は
袋小路に入り込んで、断末魔のあがきと見えたが・・・

 …しかし、あっさり、辞任表明となると
そんなんでいいのかぁ〜と、今更ながらに愕然とするのだ。
 
 平成に入ってめまぐるしく15人もの首相が入れ替わったらしい・・・
    近年は毎年…(* -"-)
 
   心ここにあらず、という状況で、息も絶え絶えに涙ながらに辞めた人
    最後まで何を考えているのかわからぬまま、
  最後に「私はチャンと考えているんです、あなたとは違うんです」とはじめて毅然と名言〈迷言)を残した人
   名門出のお殿様でさっそうと登場するも、最後は「あほう首相」と揶揄されて、なす術もなく退陣。
 巷では、漢字が出来ない小学生をタロチャンと言ったり、空前の漢字ブームを呼び起こした。
 
鳩山政権は、長年の自民党支配から、連立政権ながら
歴史的な幕開けとなるはずだった。
 クリーンな政治を目指して、支持率67パーセントを越える船出
であったはずだが
自身の母親からの政治献金偽装問題や小沢幹事長の土地取引などで
起訴されるかどうか
、「政治と金」問題も噴出して
結局、民主党といっても、元自民党で、同じ穴のむじなじゃないかと、思った。

 けれども 天下り、税金の無駄遣いをばっさり切り捨てる「仕分け」などなど
新しい風も感じていた。
沖縄問題も、今更ながら、身近な問題として、関心を持つようになった。

 長い間の自民党支配で淀んだ政界を切り裂き、新しい人材もこれから、
生まれると期待した。
 確固たる知識や、集積された問題など取捨選択する器量もないまま、
官僚を切り捨て、「公約」をはたそうと、躍起となる未熟さも、
これから克服して欲しいと思った。

 一段一段、経験し、専門家や,ノウハウを知った官僚とうまく折れ合いながらも
「道は曲げない政党」で、混沌とした日本を導いて欲しいと思った。

 たった8ヶ月という鳩山政権、
小沢さんから飛び立って、平和の象徴として世界に羽ばたく前に
「小鳩体制」のまま、挫折した。
 小沢さんも道連れに、クリーンな民主党を守った、と
親指立てて、晴れやかな顔だったと言う
 
 これから先、日本はどうなるんだろう…、
     日頃、政治に疎い、私のようなものでも、深刻に思う・・
 
 「子供手当」も、今後いったいどうなるんだろう。
 もう支給体制に入ったところもあるが、出稼ぎ外国人の国許に残した実子だけ
ならず、たくさんの養子まで申請されたことも記憶に新しい。
また施設に入所している子供たちの子供手当ての行方など、
一口に一人13000円と言っても問題は山積みだ。
赤字が深刻な日本財政のどこから膨大な子供手当の財源を確保するのか・・・
働きたい女性が子供を抱えて働けない現実を 傍らにして、子供手当てを
慌てて支給するのはいかがなものか…
…何を優先するべきか、もっと討議をして欲しい。
継続的な支援、根本的な施策を後回しにして、
単なるばら撒きで終わってはいけないとおもうが・・・
 
 少子化大臣の福島さんも退陣・・・
連立政権に名をつらねながら、「辺野古」の文字が入ったら、認められない、
社民党は沖縄を裏切らないと、主義を曲げないと胸を張って、サインしなかったのは、
それほど立派なことだったんだろうか。
 理想と現実は違うと言われるが、首相と十分な話あいがなされて
いないこともあるだろう。
党派を超えて連立を組んだのだから、事前にもっと協議を重ねて、
すり合わせる必要があったのではないか。
首相、大臣は一丸となって、この難しい政局にあたるべきなのに
、いったい、この内閣はどうなっていたんだろうと。
福島さんがサインしない、ならば罷免する、と言うドタバタにはあきれた・・・
 どっちもどっちだなと
 
…首相は沖縄にも日米共同声明の直前まで沖縄に足を踏み入れなかったと
言われているが、
実際、前線で根回ししていたはずの側近の誰もが信じられなくなったと
鳩山さんは言ったらしい。
 一国の首相ともなると、緊急の課題や重大な問題が山積して、おまけに突発事項も、日々起こってくる。
その一つ一つが国を揺るがす火種になるほどの懸案事項だ。
首相も人間だから、その一つ一つに沈思熟考している時間はないし、
斟酌しているひまはない。
首相の軸がぶれないよう、首相を取り巻くブレーンが進言、仕分けして
首相を支えなければいけないのは
当然のことだが、鳩山さんがそういう有能な信頼できるブレーンを
持てなかった不幸は大きい。
 
 さて、後任の首相だが、誰がなっても同じと言う街の声など、
テレビでも繰り返し放送されている。
いずれにしても2〜3日のうちには参院選を前に新しい総裁選があるらしい。
 現在副総理である管さんが早速、立候補したらしく、
立場上、菅副総理が妥当なところだろうと、夫も言っていたが…

 菅さんは、気が短くてすぐにカッとなったりするらしいとの風評で
この政況を我慢強く乗り切れるのか知らん?
 街の声でおばちゃんたちに人気があったのは 
無駄にハンサムと言われる前原大臣…〈政治家としては…(;・・A
官僚相手に海千山千の攻略戦術は確かに難しいかも…
もうちょっと、あのつるりとした顔は、もまれてシワを増やさないと…(;・・A
 
 宇宙人と言われた鳩山さん、理想は高かったと言われるが、
ノウハウに精通した官僚をうまく使いこなせず、
側近に有能なブレーンを持つことが出来ず、
小沢さんの影響力から抜けることが出来ず、沖縄問題も迷走を続け、
最後にはつるべ落としに支持率10パーセント台と
言うていたらくとなっては、辞めるより選択肢はなかったとは思われるが
 
もう少し何とかならなかったのかなぁ、と…
 民主党の新しい風に期待したのに、無念じゃ・・・
 
 首相の器、というものが確かにないと、結局人形の首をすげかえるように
いつまでたっても 首が据わらないということになるんだろう。
 
 鳩山さんの功績は、一つ政治に疎い人も政治に関心を向けたこととも
言われる。
 
…確かに私も、沖縄問題といい、仕分けといい、子供手当てといい、
新しい政党へ興味を持ったのは本当だ。
 
            ☆:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:☆
 
司馬遼太郎の「竜馬が行く」をまだ読んでいるが、幕末のぬるま湯に浸って
時代の流れに逆行するような、支配者やその取り巻き、
それぞれの藩のなかでしか、一喜一憂できない人々のなかにあって
、坂本龍馬は藩と言う後ろ盾もなにもなく、日本人として世界に目を向けていたと言われる。
 時代の流れ、大局から物事を見、性急に直情的に進もうとする勤皇志士からはなれ
反目しあう薩摩と長州の同盟を推進して、大政奉還と言う大儀をなしとげたという。
時代を駆け抜けたという偉人は、確かに司馬遼太郎の本の中で読む限りすごいと思う。
 
 世のトップにたつひとの資質と言うものは確かにあると思う。
 
信念や、展望は持っている人でなければいけないが
理想だけではいけない。
 人々を味方につける卓越した人間性と頭脳も必要。
人の意見を広く聞き、熟慮して、決断できる勇気、などなど・・・
 
 凡人には計り知れない領域かもしれない。
 
 それにしてもアメリカのオバマ大統領は、まだ、頑張っているんですよね。
アメリカの抱える問題は 日本の比ではないぐらいじゃないかとも思うけど…
 
 
 

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.
水鳥
水鳥
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事