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富子さん(仮名)は一回り年上で私とは会社の元同僚。 その富子さんが 「ねぇ〜・・・聞いてよ〜・・・家の主人ったら・・・」 富子さんのご主人は、富子さんから言わせれば「亭主大関白様で自分勝手な我がまま者、仕切りたがりやのえばりん坊」で手に負えない人と言う。 そういう富子さんが 「ねぇ〜・聞いてよ〜・・・家の主人ったら・・・」と言って話したのは ある日、富子さんは会社を休むほどの風邪を引いてしまった。 気分もわるく、食欲もないので簡単な家事労働以外は家でしばらく臥せっていた。 それでも数日たってようやく直りかけたある日、ご主人が 「まだ具合悪いんだろう?無理することないよ、今日は俺が会社の帰りに夕飯になるものを買って帰るから、それまで寝ていろ」と優しい言葉を残して出かけたそうだ。 そして夕方、会社の帰りに夕飯用に買ってきたものは折り詰め寿司。 そしてどうだ! とばかりに意気揚々と 「ほら! ここの寿司屋は評判のいい寿司屋でさ、俺がわざわざ活きのいいものを選んで握ってもらってきたんだ!」と・・・ しかし、さほど食欲が回復していない富子さんは 「ずーっと寝ていたから、お腹もあまり空いていないし、知沙(娘)と先に食べてて・・」 「そんなこと言わずに、まぁ、食べて見ろって・・・活きがいいうちに食べるのが旨いんだから・・・いつまでもそんな風だと元気になれないよ」 ご主人の機嫌を損んじたくない富子さんは、それではと折り詰めの厚焼きタマゴに箸をのばすと 「これが今日入荷したばかりだと言ってた真鯛だよ。これから食べてみろよ、それにこの赤貝・・・コリコリしていてその辺の赤貝とは比べ物にならないくらい旨いよ」 それはそうだろうが・・・今タマゴだし・・・あとはおいおい食べるから・・という富子さんに向かってご主人は一向に構わず、寿司を指し示しながらあれから食べろ、これを食ってみろといちいち指図したそうだ。 だが食べ渋っている富子さんをみたご主人 「何だよ! 折角俺がお前のためにと思って、会社の帰り評判のいい店まで遠回りして買ってきてあげたのに・・・ あー! そうかい! そんなに食いたくなければ・・・オイ!知沙! 母さん寿司なんか食いたくないってさ! 捨てっちまえ! 早く捨ててしまえ!」 直りかけでまだ食欲もないのに寿司なんて・・・ と富子さんは思ったが、ご主人の折角の好意に無理して口にしているにも関らず、食べる順番さえ自由にならないと 富子さんは愚痴交じりに私に言うのである。 で? どうしたの? 捨ててしまったの? 「無理して食べたわよ〜・・まったく! 食べることすら自由にできないなんて・・・情けないやら、腹立たしいやら・・・気まずい思いで黙々と食べてやったわ!」 合縁奇縁と申しますか・・・夫婦とは縁なもの味なもの・・・面白き縁で結ばれし夫婦 まったく生まれも育ちも違う環境でそだった赤の他人の男女が、時間を経ることによるそこはかとない縁が取り持つ絆。 途中で切れることもあり、太く強い絆にもなったり、今にも切れそうになったり・・・ 縁は異なもの味なもの・・・まさにこれですかね 十数年前の話です。
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一人よがりのエッセイ
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先日ブログにピーマンと万能ネギに目鼻をつけた写真を載せて一人面白がっていたが、 それでフト思い出したことがある。 幼い頃の思い出・・・多分3,4才の頃?か?・・ 断片的にかすかな記憶のひだに隠れて覚えていたこと・・・ 母にそのことを言うと、「よくまあそんなことを・・・」と思い出して二人で笑ってしまった それは 私が初めて手にして遊んだお人形はダイコンだったということ。 実家は農家で、当時も今も稲作に野菜に果実などを作っています。 そのこともあったのか、母が私に最初にくれた人形は目鼻口をかいた白いダイコンでした。 それを貰って、喜んだかどうかは定かではないが、四六時中私はそれを抱いたり、おぶったり、時には一緒に抱いて寝たりしていたそうです。 かすかな記憶にあるのは親戚のおばさんが私を見て、笑いながら○○ちゃんはそのダイコン人形がお気に入りだね?って・・・ かすかな記憶にあるのは、そのダイコンを抱えて一緒にコタツに入っていたような・・・ かすかな記憶にあるのは、朝起きると母におぶい紐をねだってダイコン人形を背負わせてもらったような・・・ なんと健気な私だったのでしょうか(笑) そしてここから先は私の想像です ダイコンもまだ新鮮なうちはシャキっとしていただろうが、日にちがたつとダイコンも水気がなくなり徐々にしおれてきます。 青々としていたダイコンの葉っぱもいつの間にか黄色く変色し、あたかも人間の頭同様に一本抜け、二本と抜け、白いダイコンの顔には細かなシワが寄ってきます。 それでも私は飽きもせず相変わらず抱いたり、おぶったり一緒に寝ていたそうです。(母の弁) そして、季節は秋から冬になり、ますますダイコンは水気をなくし、しおれ、沢庵漬けするダイコンに成り果て、おぶうと後にグニャリとふんぞり返る始末。 頭髪葉っぱはもうすでに黄色からやや茶色に変色し頭頂部に1、2本あるだけ 母の書いてくれた目鼻も皺枯れた婆さん顔になり果て、やっとお人形の任をを終えることができたと言うわけなのでしょう。 先日見つけた人面ピーマンと言い・・・どうも、私はこの記憶が潜在的に残っていたのかもしれないと今ふと思っています。 追記・・・・絵をちょっと入れてみました。(#^.^#)
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かつて、私の学生時代においては給食という恩恵にただの一度もあずかることなく過ごしてきた。 山々に囲まれた片田舎に生まれ育ったせいかもしれない。というのは私より5才上の夫はここ東京で生まれ育ち学校では給食だったと言う。 しかし、戦後の給食は美味しいと感じることなかったらしい。 「味のないコッペパンと脱脂粉乳でさ〜・・・まずくて飲めたもんじゃないよ〜・・・・でも鯨肉は好きだったけどな!」と言い、今でも鯨肉のお料理には目がない。 私は食べたことがないので、まずくてもこの給食にややほのかな憧れを覚えずにはいられない。 私は弁当でした。 アルマイトの弁当箱・・・梅干を入れておくと穴があいてしまう弁当箱・・・。男の子は四角い弁当箱、女の子のほとんどは角の丸い色の付いた弁当箱だったように記憶している。 弁当のおかずについては全く記憶が浮かんでもこないから、たいしたおかずではなかったのだろう。 さて、寒い冬場では弁当は教室に設えてある薪ストーブの下に入れて暖めておりました。 温まってくると弁当のいい匂いが教室に漂いはじめ、我慢しきれず昼を待たずに食べてしまう子供もいたり、ほとんどの人が次々にストーブの下に弁当箱を入れるものだから、先に入れた人の弁当箱がストーブの奥まで入り込み、いざ食べようとすると黒こげになったりした。 中学校に入ると冬の間、弁当温め用扉付の戸棚が廊下に備付けてあった。 それは下段に火鉢が置けるようになっていて、上に金網棚が数段あり、そこに弁当を入れて置くのである。 弁当を置く位置によって温かさに格差があったが、焦げて食べられないとか、教室中に弁当の香りが漂うことはなかった。 |
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7月20日から学校は夏休みに入っております。 すると途端に世間全般も夏休みモード一色になりはじめる。 TVなんかでも盛んに「この夏休みシーズンに。。。」とか、「夏休みだからこそ。。。」「夏休みに行きたい避暑地」等と気分をあおりにあおりたてるもんだから、単細胞の私などもすでに気持ちは夏休みです。 そのためかどうか、このところ仕事も身に入りません。困ったものです(反省) さて、夏といえば暑い!やたら暑い! さらに、今年は猛暑日が多いとのこと。! そこで、涼しさを求めて避暑地に逃げ込む人、一日中クーラーに頼る人、冷たいものを食べて一時の涼しさを求める人、暑い時は水の中とばかりプール通いする人等など。。。 その中で涼しさを求めるにおいて異彩を放つのが「お化け屋敷」とか「おばけ話」です。 しかし、お化けといっても多種多様。 「ゲゲゲの鬼太郎」でお馴染みの妖怪変化は親しみ深く、意外とユーモラスな者が多い中、同じお化け族でも、こと幽霊と称するたぐいのものはどうもいけない。 幽霊と称する物の怪にはうらみつらみとか怨念とか、そういうおどろおどろしいものに私はとても恐怖を覚えて身震いしてしまうのです。 だいぶ昔の子育て真っ最中の頃のことである。 ある夏の夜、時あたかも草木も眠る丑三つ時、尿意を催した私は寝ぼけ眼を擦りながらトイレに行き、用を足して、トイレから戻る際見てしまったのです。 廊下の奥の薄暗闇の中にボワーっと浮かぶ白い物影を。。。。 目を凝らしさらに凝視。 白い浮遊物はわずかであるがユラリ、ユラリと漂いながら、私の方に迫って来る?。。。ように見えた。 途端に全身が総毛立ちました。 急いで部屋に戻り、高いびきで寝ている夫を揺り起し、夫の背に隠れながら覗いてみると、依然として白い物影が漂っている。 しか〜し、さすがは男たる夫! ひるむことなくその白い物影に向かって数歩足を進めると?。。。私に向かって言いました。 「幽霊の正体みたり枯れ尾花。。。よく見てみろよ!」 それは何と、前日に子供に買ってやったゴム風船で、ややガスが抜けかけたため廊下の真ん中で中途半端な位置にプカリプカリと浮かんでいただけなのでした。(ーー
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