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突然の訃報で信じられなかった。パトちゃんが天国へ旅立ったなんて。パトちゃんはいつも120%楽しんで生きてた。パトちゃんの人生はとっても濃い。
昔、TVKでパトちゃんと一緒に番組をやっていて、そこからの付き合い。
写真は私の地元のお祭りに行ったロケの時の写真。
つい先日もメールでずっとやりとりしてたし本当に信じられない。。。でも受け止めなきゃいけないんだよね。。。。
パトちゃんは私にとって本当大切な人だった。いつもちょーハイテンションポジティブパワーで、私を元気にしてくれてた。
自分の体が辛くても、私の体を気遣ってくれたり、落ち込んでる私に「ブスちゃ〜ん、そんなこと考えてたら、もっとブスちゃんになっちゃうよ〜。そんなことより楽しいこと考えよーよ。あんたは、おバカなんだからぁ〜難しいこと考えるのできないでしょ〜。ぎゃははははーーー」って、おちょくいながら楽しいことへ引っ張ってくれてた。
このお祭りロケの最中に、ヤンキーっぽい人たちが火のついたタバコを私の下駄めがけて投げてきた。素足だから熱いけどカメラが回ってるから我慢してロケをやり続けた。カットになった時「熱い、いっぱいタバコ投げられた」って言ったら、「え? なにそれ? 誰よ!その時に言いなさいよ。みずほの体に何してんのぉ? 跡残ったらどうしてくれるの? 許さない!誰だー!」って人がギュウギュウにごった返してる中に走って飛び込んで、犯人を探していた。「誰だか分からないし、いいよ。ありがとう」と言うと「これから、何かあったらすぐ言ってね。パトが守るから! でもかっこいい男だったらどうしよ〜ぎゃははははーーー」ってwww いつでも全力投球で守ってくれた。
番組が終わってからもパトちゃんがDJしてるとこ行って、みずほになんかあったらいけないからって、ホールではなく、DJブースに入れてくれて、パトちゃんがまわしてる横でガンガン踊って遊んでいたりしてた。
その後私は、体を壊して闘病生活になった。パトちゃんとツボ治療に一緒に行った時、「なんで私だけ病気しなきゃいけないんだ。悔しくて悔しくて、思うように動かない体に苛立つの」と言うと、パトちゃんは「僕は愛してる人にもらった病だから後悔はしてない。そこはみずほと違うところだけど、病気というのは同じ。病気は宝。病気をしなければ分からなかったことにたくさん気づくから宝物なんだよ」と言い切った。
「病気はベイビーなの。自分の子供だと思ってよい子にしてって一緒に生活する。ベイビーだと思ったら可愛いでしょ?だから一緒に成長しなきゃいけないんだよ。僕のベイビーは小学生。成人式まで一緒にいれるかな?」って。私はその時、妙に納得して、なんて私は小さい考えだったんだと思った。
パトちゃんが「どん底に落ちるだけ落ちた方がいい。そしたら光しか見えないから!」っていつもちょー笑顔なんだけど、この時だけはとっても優しい目で真剣な顔で言ったのが印象的だった。
私はこの言葉で救われた。
パトちゃんの言う通りどん底へ落ちてみた。本当にどん底は深すぎて闘病生活から復活するのに10年かかっちゃった。でも後悔してない。パトちゃんの言う通り楽しい人生になった。
闘病生活中、パトちゃんと疎遠になってしまい(動くとしんどかった……)連絡先も分からなくなった。復活して彼氏できて結婚できて、デート中になんとパトちゃんとばったり再会! とっても似てるけど老けたなぁと、首元のタトゥーでパトちゃんと確認しw声かけた。そしたら「ぎゃーーーーーみずほ!!!! 会いたかった!!!って言うか、あんたババぁになったね、ぎゃははははー」旦那を紹介すると「え???こんなババぁでいいの? でも嬉しい!みずほのことよろしくね」って変わらないパトちゃんだった。そこからつながり、パトちゃんの入院のお見舞いに行ったり……って、このお見舞いが最後になっちゃった。。。
そこで話したのがFBの使い方! 分からない私にこーであーで、絶対マスターして!って言ってた。FBでようやくつながって(遅い!って怒ってたけどw)、FBのメールで話してたから、会ってる気してた。
そんな中、去年の夏ぐらいにパトちゃんが「HIVのための薬を飲むのをやめます。2000年までしか生きる事ができないと言われたのに、その後の13年元気すぎ。もう薬の強さに疲れたから愛する人と僕のLAST DAYSまで向かうことにした」と書いていて、びっくりして、なんて言っていいか分からなくなった。。。
だって、生きることに全力だったのに、最後の日に向かうだなんて。。。
お見舞いの時、ラスベガスでやりたいことあるの!ってあれほど夢言ってたのに。。。最後の日まで全力で向かうのは分かるけど、、、その考え私にはつらすぎるよって思った。薬をやめて体調が悪くなり仕事も辞めて、金銭的にも大変になってFBでのSOSが!去年のクリスマス前だったかな。大きい段ボールにこれでもかっていうぐらい食料詰めて送った。パトちゃんから「届いた!みずほのプレゼントは宝箱みたい!お肉嬉しい!チョコも!何が入ってるかわくわくしながら全部出したよ!今日は久しぶりのお肉で嬉しい!ありがとう!」って無邪気に言っていたから、そこまで深刻だとは思っていなかった。不死鳥みたいなポジティブ・パトだから、また復活してくれると思ってた。
お友達もパンや野菜を送ってくれたり、食料ないとFBに書いてあると送ったりしてたけど、「今日は鍋にしたよ。美味しかった!今だったらみずほの材料あるから家来て!振る舞うわよ!」なんて冗談も言ってた。1ヶ月前も、チャットでやりとりした。新居をギャラリーにしたいとか夢をいっぱい言ってて、パトちゃんの新居を一緒にネットで探したりした。
引っ越しが済み、住所を教えてもらわなきゃって思ってた矢先だった。
訃報が。。。。あっけなさすぎて。。。。私にはいつも変わらない元気なパトちゃんだったから。。。。恋人のことばかり心配していたから。。。。本当は、食べることすらできないぐらい、悪かっただなんて。。。もっと甘えてほしかったな 直接言ってほしかったな 料理振る舞ってほしかったな 薬を飲んでいる時のつらさと飲まなかった時のつらさはどっちが本当はつらかったのかな? でもパトちゃんが選んだ人生だからね。後悔してないもんね。
ごめんね。パトちゃんが私に言ってくれた言葉は全部宝物だよ。パトちゃんのおかげで私は今ここにいれてる。
ありがとう。
パトちゃんの誰に対しても平等でパトちゃんが歩くと周りに愛の花を咲かせて、みんなをハッピーにしてくれてたこと、みんな感謝してるよ。だからみんなパトちゃんのおかげでどんどんつながってきてるよ。さすがパトちゃんだよ!パトちゃんの想いと愛はこれからもつなげていくね。
ベイビーも成人式むかえていたね。すごいねパトちゃん!最後の最後まで愛する人と一緒に前へ前へ歩いていたこと素敵だったよ。
私もパトちゃんのように、まっすぐ歩くね。本当にありがとう!心からご冥福をお祈り致します。
パトちゃんの素敵な本あるの。みんなに読んで欲しいな 『パトリック・ボンマリートの生活と意見―僕の幸福論』(木魂社) 1993年来日以来、クラブDJ、サウンドプロデューサーとして知られる一方、HIVポジティブとしての取材や講演活動など幅広いフィールドで活躍。「HIVポジティブで、ゲイセクシャルで、外国人。僕にとってはこれが "ノーマル”」という視点から、ファッション、ライフスタイル、恋愛、HIV、これまであまり語ることのなかった家族など、すべてを語ったパトリックのファーストブック。自らの "ハッピー"の中身を追求する幸福論となっている。 |

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パトちゃん亡くなっていたんですね。
昔雑誌のSPAか何かでコーナーを連載していてよく読んでいたのを覚えています。
最近テレビでパトによく似た外人が現れたのでふと思い出し検索をかけたらもう五年になるのですか。
福島の震災辺りだったんですね。
人とは儚いものですね。
[ cxy ]
2017/6/18(日) 午前 6:21
この白人、よく出会い系サイトで見た、HIVなのに生でやりまくってたよ
[ ish*ka*ar*ouga ]
2017/7/8(土) 午前 8:21
生かどうかなんて、貴方やったわけ?
[ ois***** ]
2017/10/21(土) 午後 4:16