米川の水かぶり宿ブログ

米川の水かぶり行事について最も正統な伝承とご案内です。

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米川の水かぶりは宮城県登米市東和町米川に古くから伝わる火伏せ行事で毎年2月初午に開催します。米川の水かぶりはユネスコ無形文化遺産申請中の来訪神行事で、国指定重要無形民俗文化財です。
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 開催日
2018年(平成30年)2月7日 初午   水曜日 午前10時30分水かぶり宿出発。


催事会場 
法輪山大慈寺山門広場です。 米川公民館と町下数か所等無料駐車場予定です。

催事内容
あたたかい豚汁・ふるさと自慢市・水かぶり絵画コンテストと水かぶり写真展示・秋葉大権現火伏せお守り・水かぶり特製グッズ等予定・朝8時過ぎから正午ごろまで開催予定です。水かぶりをご覧の方は午前10時前にご来場願います。

特別催事 
平成29年は神楽団体の皆様を招待しました。

臨時送迎バス 
平成29年は登米市のご協力を頂き、往復の無料送迎バスを市役所前と大慈寺前で1便運行しました。

交通規制のお知らせ    
米川の水かぶり開催日の午前10時20分から午前11時30分まで東和町米川の町地区の国道456号と表道路で交通規制があります。車の通行止めにご協力お願いします。
 
主催  米川の水かぶり保存会 

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米川の水かぶり」行事伝承
初午の早朝、代々水かぶり宿を務める菅原家に集まり水かぶりの支度をする。米川の五日町の男だけが水かぶりの姿になり行事に参加できる。
水かぶり宿の伝承は火伏せを行事の主意とする。付帯意味として厄払いと新たに地域集団に迎える成人儀礼と通過儀礼の意味もある。参加者で厄年に当たる者は厄払いになる。還暦や厄年等の一人が梵天を掲げ水かぶり一団の先頭を務める。成人儀礼は、数え15歳前後の元服年齢の男が成人男性として、地域の祭りや行事や共同作業等に参加し地域を支える一員なる通過儀礼のひとつである。通過儀礼は、新たに地域に加わった者を行事や祭りを通して、地域集団の一員として迎える試練である。 
水かぶりの男達は、裸体の腰と肩にわらで作った「しめなわ」を巻き、「あたま」と「わっか(わ)」を頭から被り、足にわらじを履く。あたまの形は特に各自が工夫を凝らす。顔に火の神様の印であるかまどの煤(すみ、すす)を塗る。この水かぶり装束を身につけ男達は神様の使いに化身する。
水かぶりの一団は水かぶり宿を出発後、法輪山大慈寺(永享元年・西暦1429年中山良用大和尚再興・奥州三十三観音第十四札所)境内の秋葉山大権現様に火伏せ祈願をする。次に、藤原秀衡公が 嘉応2年(西暦1170年)建立の諏訪森大慈寺跡に火伏せ祈願する。水かぶりの起源は定かではないが、一説には、諏訪森大慈寺修業僧の行を水かぶりの起源とする。水かぶり宿の口伝では江戸時代中期既に行事が行われていた。水かぶりの一団は町に繰り出し、家々の前に用意された手桶の水を家に掛け火伏せする。人々は水かぶりが身に付けたしめなわ等からわらを抜き取り屋根等に上げて火伏せのお守りとする。
水かぶりの一団とは別に、手鐘を鳴らす墨染僧衣の火男(ひよっとこ)と天秤棒に手桶を担いだおかめが家々を訪れご祝儀を頂く。福をもたらす来訪神といわれ、火男は火の神様の仮のお姿であり、おかめはその相方である。この形態も古くから行われている。                   火伏せ祈願
 
 行事概略短文説明
国指定重要無形民俗文化財米川の水かぶりは、宮城県登米市東和町米川に古くから伝わる火伏行事で毎年2月初午に開催する。米川の五日町の男達が顔にかまどの煤を塗り藁で作った装束を身につけ神様の使いに化身し、桶の水を家々に掛けながら町地区を周り火伏せを祈願する。人々は男達が身に付けたわらを家の屋根等に上げて火伏せのお守りにする。
ユネスコ無形文化遺産申請中来訪神行事

ユネスコ無形文化遺産の登録については別のページを参照下さい。
シャルル・フレジェ氏のYOKAI NO SHIMA については別のページを参照下さい。
英語の御案内記事は別のページを参照下さい。
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春寒に 国書に記する 水かぶり  平成13年2月国指定書受領記念句

水かぶり行事は地域の先人から受け継がれ、今日では無形民俗文化財指定のために米川の水かぶり保存会が主催し関係各位のご協力で開催しています。昭和46年10月8日東和町無形民族文化財指定、平成3年8月30日宮城県無形民俗文化財指定、平成12年12月27日国指定重要無形民俗文化財になりました。水かぶりの意味等ついては、唯一代々行事を行ってきた水かぶり宿が伝承しています。その全てを他に話すことは火伏せの神様へ畏敬に接するために控えていました。
しかし、誤った内容の説明等が多く見られるので、正統な行事の意味を伝える為に公開します。
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登米市東和町米川(旧 狼河原)の風景、左の山が諏訪森大慈寺跡、中央に若草山と八幡山と小学校と町地区、奥に蚕飼山、右に国道346号線、雪景色の田園地帯から北側を望む。 

交通手段
新幹線 くりこま高原駅 ・JR 瀬峰・新田・石越駅。 東北自動車道 築館IC・金成IC 。
三陸道 登米IC・登米東和IC・三滝堂IC。
高速バスは仙台から登米市役所まで乗り、市民バスかタクシーに乗り換えて東和町米川診療所前で下車、近くの大慈寺までおいでください。高速バスと市民バスの詳細は登米市HP参照願います。
道の駅林林館森の茶屋がお寺から約3kmにありますので観光バスの待機場所等に、そして、お土産やお食事や休憩にご利用いただけます。
宿泊施設はくりこま高原駅前・登米市佐沼・南三陸のホテルや民宿をご利用ください。
米川の水かぶり行事に関する問い合わせは、登米市東和総合支所と商工観光課を窓口にお願いします。電話番号は登米市HPを参照下さい。重要な要件は登米市経由で水かぶり宿と連絡可能です。
周辺観光地は宮城の明治村登米市(とめし)登米(とよま)町・白鳥と渡り鳥の楽園伊豆沼・南三陸・気仙沼・世界遺産平泉・鳴子温泉等です。
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水かぶり見学に際してお願い
警察・交通指導隊・警備関係の指示に従い事故防止にご協力お願いします。
水かぶり行事の進行にご協力お願いします。
撮影等は民家に迷惑を掛けないようにお願いします。空撮ドローンは使用しないで下さい。
撮影に脚立を用いる等、水かぶり行列の進行を妨げないで下さい。
水を扱う行事なので、撮影機器は水に対する備えをして下さい。
皆様の身体や衣服が水に濡れる場合がありますのでご了承願います。
水かぶりは顔にすすをつけています。皆さまの身体や衣服に黒いすすが付着することがありますのでご了承願います。
水かぶりの行列の中に入らないで下さい。事故を防止し整然と行事をしたいのでお願いします。
水かぶりの姿を多くの皆様に見て頂き、来訪神である水かぶりの姿で火伏をしたいので、「あたま」や「わ」等を行事開始早々に取らないで下さい。お守りはしめ縄から数本引き抜く程度で充分です。
米川小学校生徒の皆さんは、若草山から学校に水かぶりが降りてきてからに願います。
おかめと火男の素顔や名前は公表しない慣例です。例えば、おかめに人としての名前を呼べば来訪神から人に戻る為です。「おかめ」「ひよっとこ」として称します。 
水かぶりの関係者や見学の皆様の顔や姿が各媒体の写真や映像で公表になる場合があります。
各駐車場に於ける事故防止は各自でお願いします。また、各駐車場は善意で借用しています。ゴミ等を散らさないで綺麗に使用願います。

このブログに関する他の記事はすべて表示でご覧になれます。時々、水かぶり以外の雑事記もあります。宿とは神様の宿るところ、立ち寄るところ、そのお世話をする役目です。
 
火伏せのお守りの取り扱いについて
水かぶりから頂いたしめなわ等のわらをどのようにするか質問がありましたのでお答えします。屋根に上げたり、家のどこかに飾り火伏せのお守りにします。ただし、火気のすぐ近くは禁止です。その後は、風に吹かれて落ちても自然に任せて下さい。土に還すもよし、どんと祭に出すもよし、それぞれが神様に感謝する気持ちがあれば良いです。昔は古いしめ縄や御札などを家の御明神様にお祭りして自然に還していました。
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水かぶり行事に関して見受けられる相違点について
   寒水に 映す姿は 異形なり
                 
厄年や年男中心?
火伏せが行事の主意。五日町の元服以上の男が参加する。厄払い と成人儀礼と通過儀礼は付帯意味。参加者で厄年に当たる男は厄払いになる。水かぶりが厄年の男を中心とする説明は違う。その年の干支に当たる男。または、年齢に関係しないで正月に神様の世話をする男が年男であるが、年男が関係する意味は水かぶり行事にない。男の厄年は数え15・25・42・61歳で、年男は干支の場合満年齢で12・24・36・48・60歳等12の倍数である。厄年の数え25歳と61歳が年男の満24歳と満60歳は重なるが意味は別である。小学校高学年の男を数え15歳前後の元服年齢として水かぶりに参加を認めた。大人の仲間入りの成人儀礼である。五日町の男として参加する。
 
わらみの・腰みの・藁冠?
 しめなわ・あたま・わっか(わ)で伝わる。しめなわの一形態、全体として水かぶり装束。

諏訪山大慈寺?
諏訪森大慈寺(すわもりだいじじ)。諏訪森大慈寺の行を起源とする説明の場合は、諏訪森大慈寺が天台宗なので禅宗の修行僧の雲水ではなく単に修行僧の行とする。 また、奥州三十三観音第十四札所は曹洞宗法輪山大慈寺であり、諏訪森大慈寺 を奥州三十三観音第一四札所として建立したとする説明は三十三観音各寺院の建立主と宗派が異なることから違う。諏訪森大慈寺は藤原秀衡公が平泉を中心とした浄土世界の実現と平泉を防衛する拠点として建立した。尾根伝い頂上は標高約三百余りの八森山である。ここで狼煙を上げると東は同様の寺があった標高約五百の田束山や北西の一関方面に連絡出来る。八森山の南に物見峠があり平泉に伝令が出来る。
 
秋葉神社 ?
大慈寺では秋葉山大権現 あきはさんだいごんげん。静岡県の秋葉山に秋葉神社の本社があり、古くから神仏習合で火伏の神様である。
 
あかいいろのものを食べない?
初午との関係であって水かぶりとの関係ではない。家により違う。
 
道の両側から水を掛け合ったが語源?
方言で「道の両側の家に水を掛けて歩いた」の聞き違い。
 
かさこし?
「かさごす」 が伝承のままの発音である。行事の後で神様をもてなした慰労の席。かさごすの語源は不明である。長年考えてみて「ごす」は御酒のことと思う。昔はおかめの手桶に酒を家々から頂いた。「かさ」は手桶の酒の埃除け。または、火男おかめが昔は笠を被っていたためか。もうひとつとして、古い言葉の「かしこし」と思う。ありがたい・恐れ多い・もったいない・かたじけない等の意味がある。現在では、水かぶり各催事に関係した皆さんに参加していただくために水かぶり宿から五日町会館に場所を移した。

5の日の16年毎の大祭 
五日町の5日と初午の日が重なる年に祝いの祭りをする。祭りの由来は水かぶり行事と別である。水かぶりとは別の集団の祭りであったが、近年、地区の行事として水かぶりと共催する。旧暦では16年周期にならない。五日町は大慈寺門前町で過っては五のつく日に市が開かれた。住所表示で五日町は無しで、町・町下・町裏・四十田・山根等の表示になっている。現在では町内会名と住民が使う通称である。
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結びに
昔の人々は自然の力を畏怖し神様として祭りました。自分たちに災が及ばないように逆らうことではなく、神様の姿を借りて祈ることで自分たちを守護して頂けるように祭りや行事として行い長年伝えてきました。原始的な宗教に神仏等が結び付いた形の一つが水かぶり行事です。火伏せとは、火が人々に恩恵をもたらし、災いにならないように火の神様に祈願することです。ご覧頂いた皆様の火伏せと御多幸を心からご祈念申し上げます。 
米川の水かぶり宿      更新 2017・9・21


 
 
 

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