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分からないまま、ずいぶんたちました。
いつもみたいに、ちょこっと更新が滞っているうちに、
突然、とてもさびしい、悲しいことがあって、
心の仕切りなおしをしなきゃなって思いながら、それでも毎日が過ぎ、
フツーに楽しかったり、忙しかったり、疲れて寝まくったり、ウダウダしたり。
かといって、気持ちの整理をしないうちに、たわいもないことを書くのも、なんだかな。
書こうと思うまでに、少々時間がかかりました。
恩師が、今月3日に亡くなりました。
あまりに突然でした。
亡くなった日の夜、不確かな情報の段階で一報を受けた時は、にわかに信じられず。
安らかに眠る先生にお会いするまで、嘘と真の狭間のような、フワフワしたところにいました。
いや、実際には、気配はあったのかもしれないけど、私はそれが分からないほど、
最近はご無沙汰していました。
勝手に、次に会いに伺う自身へのハードルを設けていて、まだ至っていなかったから。
恩師とは、アナウンス学校の先生です。
私が出逢ったのは、大学3年の初夏、先生がご自身のアナウンス学校を作られて1年も経たない頃。
話す仕事をしたいと思い始めていて、とにかく専門の学校に通ってみようと、
たまたま、所属していた大学の放送研究会に届いていたパンフのところにメールしたら、
先生の学校でした。
たぶん。
先生に出会っていなかったら、いまの私はここにいないと思います。
私は、いわゆる「アナウンサー」になりたかったわけではなくて。
「しゃべり手」になりたかった。
いわゆる「女子アナ」っていうのと、自分は類が違うなって思っていたし。
実は、今でもそう思っています。
でも、なぜか頑張れた。
アナウンサーになることよりもむしろ、自分を見つめ続け、なにをしたいのか考え、
少しずつでも向上していくのを感じられる、アナ受験対策が楽しかった気がします。
先生のカウンセリングは、話す技術はもちろんだけど、
それ以上に、私の心を整理し、まっすぐにする術を教えてくださいました。
人より少し時間がかかったけど、なんとかこの世界に入ることができて。
目標を達成するまで頑張ったのって、実は初めてだったかもしれない。
先生の元に集う仲間がいて、みんな頑張ってて、仲間の成功が嬉しくて。
そんな感情も、先生の近くじゃなかったら、むしろ悔しさやライバル心に変わっていたかも。
とにかく、先生の近くに行くと、気持ちがキレイになる。
心に汚い、弱い気持ちを隠し持っている時は、先生と目をあわせるのが怖かった。
私が先生に会うときは、だいたい気持ちが元気な時。
元気じゃないときは、閉じこもってしまう私。
先生はきっとそんな私を知ってて、
だから会いに行くと「よく来ましたね。来られましたね。」という暖かな目で包んでくれた。
暖かいからこそ、「畏れ」を一番感じていた人。それが先生。
先生が亡くなったいま、心のどこかの箍が外れてしまった気がして、無性にさびしい。
先生がいたからこそ、この仕事に就けた。
先生のためにも、仕事を頑張ろうと思えた。
先生にほめてもらいたくて、上を上を目指そうと思った。
先生に、ご恩返しがしたかった・・・
だけど。
先生はもういない。
心の中の先生に問うてみる。
「私、大丈夫でしょうか?」
『大丈夫ですよー』と、両手のこぶしを柔らかく突き出す先生が浮かぶ。
「先生のために」じゃない、自分自身に、もう一度聞いてみようと思います。
私は、どう生きたいのか。
「今を生きる」を全うした先生のように、私も今を生きていきたいから。
予定より遥かに早い、卒業です。
| 唯一の恩師、永井譲治先生のご冥福を、心から、心からお祈りします。 |
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