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フリーアナウンサーになって、丸2年。 走ったり、転んだり、休んだり、また走ったり。 なかなか自分の歩幅が定まらないのですが、この半年間は、スキップ♪で駆け抜けた感じ(笑)。 昨日、ニッポン放送の「トヨタハッピータウンサーキット」を卒業しました。 コーナー自体が終了したから、卒業というより、解散、なのかな。 4人のレポーターの中で一番新参者の私が、色んなところでトリを頂いてしまいましたよ。 ひとつは、親番組の「小倉智昭のラジオサーキット」内、「西村美月のハッピータウンリポート」。 レポーターが週替わりで担当していたんですが、最後の回が、巡り合わせで、たまたま私でした。 小倉さんとの出会いは、実は、さかのぼること10年ほど前なんです。 CXで小倉さんがMCをされていた「ど〜なってるの!?」で、 大学生だった私は、たまに、スタジオ内での電話受けのバイトをしていました。 一瞬だけ画面に映るだけだし、小倉さんにはバイトちゃん達の一人として挨拶させて頂いた程度。 その小倉さんと、番組でお喋りできるなんて夢のようで、特に最初は、すごぉく緊張したんですよ。 でも2回目が、これもたまたまの巡り合わせなんだけど、 日比谷公園で行われたニッポン放送のイベント「ラジオパーク2008」での公開生放送! ステージにあがると、目の前には何千人ものお客様が!うわぁぁぁ!! さすがに、ここまでスゴイとかえって開き直れるのが、ステージ好きの私です(笑) 小倉さんへの緊張も、この時を境にほぐれた気がします。 それでも、持って行ったお土産を紹介するのは難しくて、悩みました。 そこで、手製の資料を持参していくようにしました。 これが、最終回に小倉さんに褒めて頂けた!! 「美月ちゃんがいつも、可愛い新聞を作ってきてくれるんだよね。
これがあれば、自分で買いに行ける」って。
放送だけでなく、なんと番組終了後の打ち上げ会でも、同じように褒めて下さって!こんなに嬉しいことはありません!! 小倉さんのオーラに圧倒され、それでも立ち向かい、 次第に心地よくなってきたな…と思ったらコーナー終了。 たくさん学ぶこともありました。 もしいつかまた小倉さんとご一緒出来ることがあったら、 『成長したな』って思ってもらえるように、これからを頑張ろう。 本当に、ありがとうございました。 そして、本当のラスト。 「トヨタハッピータウンサーキット」中継の最後は、浅草から。 いつも通りに出発して、いつも通りに取材して、いつも通りに中継車の中で原稿を書いて、準備万端。 でも・・・いつも通りじゃないことが、ひとつ。 両親が、見に来ていました・・・!! 冗談交じりに「今日、行こうかなぁ」って言ってたけど、まさかと思って。 でも、なんか気になって、原稿を書き終えて念のため電話してみたら、 いた・・・。両親がこっちに向かって手を振っていた・・・。 平常心を保ってやろうと思ったけど、変な緊張、声はうわずり、、、んもう!! 仕事現場を両親に見られたのは、初めてです。 オンエアさえ、見られたり聞かれたりするの、すごい苦手なのに(笑) ・・・そんなハプニングもありながら、何とか終わりました。 最後の最後に、今後の課題が見つかった。 「何があっても動じない。親が見てても恥ずかしがらない」 でもぉ、恥ずかしいんだってばぁ。友達とかなら大丈夫なのにね。なんでだろう。 私は午後の1枠だけの担当だったから、 「高嶋ひでたけの特ダネラジオ」内での中継がほとんどでした。 だから、正確には違うんだけど、 高嶋ファミリーの一員のつもりで、この半年間過ごしました。 毎日、スタジオの高嶋さんと小口さんとスタッフの皆さんに「いってきます!」と言って出掛けていました。 いつも素敵なお父さんとお姉さん。 中継車の中で毎日お二人の軽妙なお喋りを聞いていて、 いつのまにか、番組自体のファンになりました。 だから、今回の卒業は、「特ダネ」からの卒業でもあったんです。 いつも温かな雰囲気のスタジオ。 スタッフの皆さんにも、色々助言を頂いたり、飲みにも誘っていただいたり。 すごく楽しかったです。 本当に、ありがとうございました!! そして。 たった半年でしたが、お聞きいただいたリスナーの皆様、 本当にありがとうございました。 中には、中継先に駆けつけて下さる方もいて。 私を見に、というよりも、ニッポン放送が大好きで、という方ばかりで、 「すごいなぁ、ニッポン放送は、本当に愛されている放送なんだなぁ」と、 毎度のように感動していました。 ニッポン放送の一員として応援して下さった皆様、 またいつか帰ってこれるように、これからも頑張っていきますね!
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