感謝の話

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ふとした時に「あの日、あの時、あの人にお世話になったなぁ」と思い出す時があります。
名前も判らない人、ただ通りすがりのあの一瞬の出来事…
この場をお借りしてお礼が言いたいと思います。

ブロブを始めるきっかけとなったページです。
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お盆も終わろうとしています。
皆それぞれの時間を過ごされたかと思います。
私はバチ当りでしょうか、まだお墓参りに行けてません。
 
昔子供の頃、お盆になると必ず母の実家(名古屋中村区)に泊りがけで
行き、お墓参りにみんな揃って行ったものです。
その時必ず持っていた花が「ホオズキ」でした。
そのホオズキを遊び道具にした事を、今でも鮮明に覚えています。
 
母の実家は昔から代々伝わってきたご先祖さまがいて、
立派なご仏壇に祀られていました。
どういうわけかお墓も1つではなかった為、バケツに沢山のホオズキが
入っていました。
 
だから、ホオズキが一つ、二つ無くなっていても誰も何も言わず、
もぎ取っていました。
 
遊び方は母から教わりました。
 
ホオズキの果実からは種を除き笛を作ります。
なるべく破らないように小さな穴から種を取り出して
「プー」と吹き鳴らす。
 
なかなかうまく音が出なかったけど
私は
いかにホオズキを破らないで中身を出せるかを
毎年チャレンジしていました。
 
大きくなってから中身を上手に出せるようになって
母の実家から足が遠のいて
行かなくなり
 
それからは・・・
ホオズキ遊びはしなくなりました。
 
今では、遠い昔の思い出
 
夏のお盆の時期
 
ホオズキを見ると思い出す。
 
懐かしく楽しい思い出
 
そして
温かく楽しかった日々に感謝します。
 
 

息抜きに

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3日前の話です。
 
「何か、気分がすぐれないから海が見たいな」と言って
実際行ったのが名古屋港水族館でした。
一日時間が取れず、午後から行ったのでちょっと近場になったのです。
 
自分が想像したのは
『ザブーン、ザッブ〜ン』って波が立ってる太平洋の海
サーフィンとかやってる所でした。
 
だけどイルカショウを見て感動できた。
“気分はすっきり〜”とまではいかなかったけど
いってよかったです。
 
ショウの始まりにイルカが水からジャンプで出てきた。 
何故かドドッと、涙が出た。
 
なんでしょうね〜。
なんで涙が出るんでしょう〜。
ただ感動!!
イルカって素晴らしい!!。
ショウをやってる人達も素晴らしい!!
 
 
イルカを見て泣いてる人はいないだろうね。
恥ずかしかったから、カメラ越しにショウを見ていたよ。
 
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みんな一生懸命頑張ってるね。けな気だね。
 
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終わる頃には笑顔になっていたよ。
 
みんなありがとう。
 
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水中ではお腹を上向きにして泳ぐんだね。
 

車エピソード

 
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20歳くらいの頃、大はずれの車に乗っていた。
 
それはミッション車で、信号とかで止まる時とても技術を要した車だった。
 
「ブンブン」とアクセルをふかしながら、ブレーキをかける。それを交互に繰り返す。
 
そして止まったと同時にサイドブレーキをひき、軽くアクセルを踏みブンブンふかす。
 
そうしないとエンジンが止まってしまうからだ。
 
 
 
 
 
ある時、やや下り坂の下った所でブレーキをかけたらエンジンが止まってしまった。
 
セルを廻すが全くエンジンがかからない。
 
 
 
当時は携帯電話などなく、その場はひとりで対処しなければいけなかった。
 
何とかエンジンがかからないか頑張っていた。
 
 
そうこうしていると後続車の邪魔になる。
 
しかたないので車から降りて安全で迷惑の掛からない場所まで、
 
車を押す事にした。
 
 
 
 
ひとりで車を押していると
 
そこへ御夫婦が現れて・・・おっしゃった。
 
 
「私達夫婦にもあなたと同じくらいの娘がいる。
娘を見ているようだ。
どうしても助けたくなった。」
 
とおっしゃり車を押すのを助けてくださった。
 
そして安全な場所に移動したあと、
「娘も親もとを離れてひとり暮らし。娘に何かあったら誰かの助けが必要、誰かに助けてもらう事があるかもしれない。」と言われ、名前も告げずその場から去っていかれた。
 
 
あの時はありがとうございました。
心から感謝します
 
 
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当時乗っていた車

スカートが・・・

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ずっと忘れる事のない感謝の出来事


高校生の頃のお話しです。



当時、通学は電車だった。

下校の為、名鉄電車で新名古屋から帰る途中、岩倉駅でそれは起こった。

満員電車の一番最後に乗車した為、ドアにぴったりくっ付いたままで新名古屋を出発した。

その時は気づかなかったけど、セーラー服のスカートがドアに挟まっていたのだった。

春日井駅で少し客が下車して、その事実に気づいた。

その時はドアに居ても違和感無かった。

だけど・・・



岩倉に着く数分の間になんとかスカートがドアから抜けるだろうと、ひたすら頑張っていた。

スルッと抜けると安易に考えていたけど、なかなか抜けず・・・

ついに岩倉に到着してしまった。

岩倉では立っている客はまばらになり、ドアにぴったりくっ付いている状況が非常に恥ずかしく・・・

なんとかスカートが引っこ抜けないかと、ひとりで頑張っていた。


そこに・・・


ひとりの・・・


駅員さん?


ドアを開けようとしてくれる。

必死にスカートを引っ張りながら、横目で確認すると・・・

ブルーの駅員さんらしい制服が見える・・・

少しの隙間が開き、スルッと抜けた。


やった〜ありがとう!!

と思って御礼を言おうと振り向いた。



その瞬間、ブルーの学生服を着た高校生の男の子が、人ごみに紛れて行ってしまった。



お礼も言えず、どこのどの方かも判らず・・・

でもあの時の事は忘れません。


今心から、感謝を込めて、ありがとう('-'*)☆

゜・:,。☆(*'ー')/♪了└|力"├♪\('ー'*)☆,。・:・゜

高校生の頃に

16〜17才の頃だったイメージ 1

下校の帰り道、ひとりのおじさんに声を掛けられた。
そこはデパートの出口付近で、駅に繋がっている自分の通学路だった。
 
「お嬢さん、姓名判断してあげるよ。」

それは印鑑を売っている人だった。
ちょっと興味があったので観てもらう事にした。

「おじさん、お金ないよ。」

「いらないよ。」という事で姓名判断をして頂いた。


それから…おじさんのひと言イメージ 2


「いい名前だね。」
「本当?」
「私、将来看護婦になりたいの。なれる?」
「あー、なれるよ。」

その頃の自分にとってそれは、とても大きなひと言だったイメージ 3

なれるよ

その頃は自分を卑下して生きていた。
先生や親からも否定され、マイナス思考だった。

だからすごく大きなひと言イメージ 3だった。

今があるのはあのひと言のお陰。イメージ 4
あの言葉は魔法の呪文だったイメージ 5

名前も判らないおじさん、本当にありがとう。
今があるのはあなたのお陰です。

心から感謝を込めてイメージ 6

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