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私の好きな 「万葉集」 には、どう読めばよいのか 分からないことば が、沢山あります。 食薦敷き 蔓青煮持ち 来梁に 行膝懸けて 息むこの公 (すこも しき あおな に もち こうつはり に むかばき かけて やすむ このきみ) という歌があります。 この歌には、題が付いていて、「行膝、蔓青、食薦、屋梁を詠む歌」、というのです。 解説によると、行膝 (むかばき) は、当時の人が足を保護する為に着けたもの、蔓青 (あおな) は、蕪のことであるともいうが、むしろ青い菜の総称、食薦 (すくも) は、食事の時に敷くむしろのこと、屋梁 は読み方は不明ですが、字の如く、家の屋根を支える梁のこと。 これは、殆ど関係の無い四つの事物を一首に取り合わせた戯れの歌、なのです。 ただ、この四つの事物というのが全て、植物と木を用いて、人の手が掛けられて作られたものである、ということを理解した時、私の中に、無性に、興が湧いてくるものがあります。 鳥取県の 『青谷上寺地遺跡』 は、目下 ‘弥生の博物館’ とも呼ばれて、夥しい数の弥生時代の木製品が出土したことで注目されています。(写真は、その出土した木製品です)。 この戯れに詠まれた歌を、現代の日本人がたどたどしく読み、漸く読むことが出来ても、そのものの形がすぐには分からなかったり、又、どの様に作るのかを知らない、 正に、そういうことによく似て、この出土した木製品の多くは、現代人には復元が困難なものだと云われているのです。 その難しい復元に、人間国宝の名工達が取り組んだ、という記録映像をテレビでみました。→http://www.pref.tottori.lg.jp/dd.aspx?menuid=79229 この中で、名工達は云っていました。 この遺跡を作った人々は、木のことをよく知り、作ることを楽しんでいた、 この歌も、戯れに詠まれた、と云われている訳で、ものを作る人々の心と、歌を詠んだ人の心に一致してずれた処の全く無いことを、つくづくに感じます。 弥生時代を生きた人々と、後の万葉集に収められた歌を歌った人は、同じ文化の中に暮らして居たのです。 |
古代への想念
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いとこさんよりきました。いつも思っていますが、横穴に入ってこんなのがでてきたら、早速展示しましね。出てこないかな〜。
2008/3/4(火) 午後 10:51
「はむちゃん」、コメント有難う御座います。
そうですね、古墳から木製の副葬品が出てきたというのは、聞いたことがありませんね。木棺、ぐらいでしょうか・・。
2008/3/5(水) 午前 11:05
五節句さん、こんばんは。
万葉集からの古代日本のものの見方・・興味深く読ませていただきました。
2014/3/22(土) 午後 8:56 [ totoro ]
totoroさん、コメント有り難う御座います。
この記事も読んで頂きまして、大変有り難う御座います。 私は万葉集と古事記は、何度も読みます。 でも、日本書紀は、殆ど、読みません。 万葉集と古事記の、特に歌の、その興味の深さは底なしです。
2014/3/23(日) 午前 10:50