重陽の節句を祝う

民の命を使って、国の平和が守られる、そんな道理は無いと思います

全体表示

[ リスト ]

箒星、

古事記 上つ巻 「七、日子穂穂出見の命」、 “海幸と山幸” の項に載せられてある 二つの歌。
 赤玉は 緒さえ光れど、  白玉の 君が装いし  貴くありけり。

 奥つ鳥 鴨著 (ど) く 島に  我が率寝 (ゐね) し 妹は忘れじ。 世の尽 (ことごと) に。

柿本人麻呂 の、次に挙げた 有名な歌 (百人一首) は、古事記 の、この 豊玉姫 と 山幸 との間に交わされた歌を踏まえていると、私は思います。
  足日木乃  山鳥之尾乃  四垂尾之  長永夜乎  一鴨將宿
 あしびきの  山鳥の尾の  しだり尾の  ながながし夜を  ひとりかも寝む

そして、‘〜 の尾の しだり尾の ながながし’ という語は、箒星 を表わしているように 思う、

その、‘遠くて見えない所に行って、そして、数年経って、戻ってくる’ 箒星 は、丁度、浦島太郎 (山幸) のようだ と、私は思います。


箒星 は、日本書紀 ー 天武紀 に、記載があります。

ウィキペディア 【ハレー彗星】 に、

 『日本書紀』「天武紀」13年条に「秋七月壬申彗星出干西北、長丈餘」との観測記録がある

とある、それが、ハレー彗星 のことであると認識されていると書かれてあります。


その 天武紀 には、10年 9月 16日 にも、箒星が現れた という記述があります。

天武朝の 13年 に、ハレー彗星が、そして、その 3年前 にも、別の 彗星 が現れた、ということです。

3年 と云えば、古事記 の記事で、山幸 が、海神の国 に行っている期間に当たります。 山幸は、3年経って、自分の国に帰って来るのです。

日本書紀の 箒星 の記載と、“海幸 山幸” ・・・「浦島太郎」 の お話し に、3年 という共通項があるのです。

記紀の編纂は、天武朝より後のことですから、そこに、天武朝期に起こった事柄を挿入することは出来る訳です。


そこで、この一連のブログ記事の始めに、書記の 雄略紀 に、「浦島子」 の記事があって、そこには、‘この話しは別の巻きにある’ と書かれてある と、紹介をしたことを 思い出します。
   → http://blogs.yahoo.co.jp/mizunoene17/44086858.html

雄略紀、22年に、「浦島子」 の記事を載せ、そして、その話しは別の巻、即ち、以前にもある、 と書いている、その 「浦島子」 とは、箒星 のことだと思って読むことが出来ると思います。

  ー ー 22年に 箒星 が現れた。 箒星 のことは、以前にも記載している。


さて、ここで、更に興味深いことが見つかるのですが、

雄略紀 22年 の 「浦島子」 の記事も、秋7月 とあって、天武紀 の 箒星 の記事と一致しています。

そして、雄略紀 22年 と、天武紀 13年 というのは、共に、その王朝が変わる前年のことです。 「浦島子」 が 箒星 のことだとして、雄略天皇 も 天武天皇 も、箒星 が現れた翌年に、崩御している、ということです。

紀記の “海幸 山幸” の記事も、夫々、上つ巻 (古事記)、神代 (日本書紀) の最後の記事になっています。



昭和が平成になったのは、1988年でした。 1986年に、ハレー彗星 が 回帰 (地球の空に現れること) した と、↑ の ウィキペディア の冒頭に書かれてあります。

 
 彗星の出現は、王朝の交替の予兆となることがあるようです。















.
五節句
五節句
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

茜、(あかね)

紅花、(べにばな)

蔓、(かずら)

鬱金、(うこん)

蓬、(よもぎ)

黄檗、(きはだ)

標準グループ

動画付き、別ブログ

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事